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『胡桃の箱』7 最後の記念写真



日曜日の夕方、春樹と直樹と直之が揃ってやって来た。

髪をセットしてビシッとスーツを着た三人が、格好つけながら母の店に入って来る。昨日とは全く別人の姿に、僕は思わず噴き出した。

「なんで笑うんだよ。春人だって、なかなかのもんだぞ」

「ごめん、ごめん、あんまりカッコいいから、変な笑いが出ちゃった」

僕は笑いながら、涙をふいた。

「ほんと、スーツ着るとグッと大人っぽくなるわね。誰が誰だか、一瞬分からなかったわ」

母も同意した。

「成人式、どうだった?」

「うーん、君が代歌って、市長の話聞いて、写真撮って終わりだったよ」

「そうか」

「まあ、特にニュースになるような騒ぎもなかったしね」

「あと、変なメモ帳みたいなのと飲酒マナーのリーフレットを貰ったよ」

三人とも僕に気を遣って、それほどでもなかったアピールをしてくれる。みんな優しい。

「そうそう、りこぴんに会ったよ」

「誰だっけ?」

「岸野理子。春人と小学校一緒じゃなかったっけ?」

「ああ、あいつね。成人式に来てたんだ」

「うん、住民票を安中の親戚の住所にしてたんだって」

「ふうん、その手があったか」

「なんか、春人に会いたがってたよ」

「なんで?」

「知るかよ」

僕は、話題を変えた。

「なあ、カレッジリング、つけてきた?」

「ああ、つけてきたよ」

僕らは高校の卒業記念に、それぞれの誕生石の入ったカレッジリングを、お揃いで作っていた。

僕のはアクアマリンが入った指輪だったが、指にはめるのは今日が初めてだった。

この年になってお揃いのアイテムを身につけるのは、かなり照れくさい。でも、こんなことをするのも最初で最後かもしれない。


「春人、指長いな」

「そうかな」

「お前のオニュキスの指輪、渋いな」

「誕生石じゃないけどね」

「そうなんだ」

「さあ、秋人さん待たせると悪いから、そろそろ行こう」

「拗ねるもんな」

僕らは、ぞろぞろと隣の写真館に移動した。中に入ると、叔父が待ち構えていた。

「やあ、来たな」

叔父はブルーのシャツに渋めのペイズリー柄のチーフタイをしている。

「なんで秋人パパも、お洒落してんの?」

「俺も一緒に写りたいからさ、今日は源ちゃんが撮ってくれるんだよ」

「ちわーす」

アシスタントの源ちゃんが挨拶した。

「あ、そういうことか」

「そうさ、俺だけ仲間はずれにすんなよな」

そう言うと叔父はジャケットを羽織り、鏡の前で髪を整えた。

「それじゃ秋人さんは椅子に座って、みんなは後ろに立ってください」

源ちゃんが指図する。

「じゃあ、こっち向いて、悪い顔してくださーい」

「悪い顔?」

「ゴッドファーザーみたいなイメージで撮ってくれって、秋人さんの注文でーす」

「らしいな」

叔父は一人がけソファの肘掛に両手を置き、脚を組んで座った。その後ろで僕らは腕を組み、カメラを睨み付けた。

後でウィキペディアを調べたら、ゴッドファーザーの映画では、誰もそんなポーズはとっていない。僕らが真似ていたのは、ただのチンピラだった。

それに、悪い顔というのは結構疲れる。けれど僕らは、源ちゃんに言われるがままにポーズをとった。

「あ、いいね、いいね。いい感じ。秋人さん、普通にしてても、十分悪そうですよ」

源ちゃんが笑わせるので、僕らは悪い顔ができなくなった。それでもお構いなしで、源ちゃんはシャッターを切りまくる。

「お揃いのリングもヤバそうだね。折角だからリングが見えるように、ガッツポーズしてみようか。で今度は、みんなで秋人さんを殴るふり」

もう源ちゃんは、やりたい放題だ。

「俺たちで遊んでるな」

秋人パパも苦笑いしていた。

「いや楽しいので、つい。でも、いい写真撮れてますよ」

「よし、次は俺がお前らを撮ってやるよ」

アシスタントに任せきれなくなった叔父は、立ち上がって上着を脱ぐと、源ちゃんからカメラを奪った。

「最高に格好よく撮るからな」

叔父は源ちゃんに背景や照明を変えさせ、あらゆるアングルから僕らを撮った。そんな叔父の姿は、格好よかった。

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