【書いてみた】短編|ネイル
『ねぇ、時間ある?いつものやってくんない?』
「え⋯」
『自分じゃ上手く出来ないし、ネイルサロン行く余裕もないんだもん。』
「そんな」
(そんな見え透いた嘘、つかなくてもいいのに⋯)
味はしないが少し重たい嫌味を、私はそのまま飲み込んだ。
ネイルを塗ってとせがんで来たって事は⋯
今日は大事な仕事でもあるのかな。
私はセッティングをした後、あの子の爪に彩りを付け始めた。
「⋯今日はどんなお仕事?」
『商談兼ねて接待だよ。』
「じゃあ、遅くなる感じか。」
『これも仕事だよ。稼ぐから期待して。』
「⋯私は」
『よそ見禁止。』
顔を上げた私は小さくため息をついて、すぐお互いの指先に視線を向け直した。
あの子の仕事用ネイルは、血色カラーの薄い色。
パッと見じゃ分からないカラーだけど、塗った気になるらしい。
こんなことを始めたきっかけは、私が限定カラーの真っ赤なネイルを買った事。
滅多に立ち寄らないコンビニで、たまたま見かけて。
どうしても、その色に惹かれた。
最近頑張った自分へのご褒美、という名目を立てた途端、ネイルと共にレジへ向かった。
帰ってから自分の爪に塗ってみた。
ドキドキしながら丁寧に。
けど⋯
私には似合わなかった。
何故か、そう感じた。
買うんじゃなかった⋯
変な気まぐれを起こした後悔をネイルオフで全てリセットした後。
何気なく、窓越しに入る太陽光にネイルのビンをかざしてみた。
その時ふと⋯あの子の姿が浮かんだ。
夜。
仕事で疲れ切って帰ってきたあの子の腕を掴んで、リビングのソファに引っ張りこんだ。
『なっ、何なに!?一体なに!』
「⋯コレ、塗らせてくれる?」
私はあの子にネイルを見せた。
『なっ!ヤダよ!!』
「⋯お願い。すぐ落とすから。」
そう言って、あの子をそそのかした。
『ヤダよ⋯男がネイルなんて⋯しかもそんなハデな色ぉ⋯』
あの子は、やっぱり最初は戸惑う顔をした。
けど。
あの子もまた、私と同じく好奇心に負けた。
10本の指に塗り終わったネイルを見た途端、あの子の表情が変わった。
目を見開いた戸惑いの、その奥。
美しさと強さを自覚した確信が⋯見え隠れしていた。
それからは
事ある毎に、私があの子の指にネイルを塗るようになった。
「これで、いい?」
私があの子にそう聞くと、塗り上がったネイルを上にかざし、目をキラキラさせた。
『⋯うん!ありがとう!』
「まだ乾いてないから、動かさないで。」
『分かってる分かってる。ねぇ今度一緒に買い物行こ!ネイル道具そろそろ新調しよ?』
「⋯話聞いて。それに私は別に今」
『じゃあ俺の買い物に付き合って?新しい仕事用の靴が欲しいんだけど⋯俺よりも美意識高いんだから選んでよ!』
「だから話⋯」
あの子の顔を見ると、にこにこしている。
きっと嘘も偽りもない、純粋な気持ちなんだろう。
「⋯時間が合えばね。」
私はそう言いながら背中を向けて片付けを始めた。
きっと今、自分が変な表情を浮かべてしまった気がして。
しばらくするとネイルも乾き
あの子が仕事に向かう時間になった。
『じゃあ、行ってきます!』
「うん、行ってらっしゃい。」
スーツという鎧を身にまとったあの子の背中を見送る。
あの子にネイルをする度、いつも思い出す事がある。
あの時から私の中に住み着いてる気持ち。
あの時⋯私とあの子が好奇心に負けた日。
あの子の赤くキレイに染まった指先を見て⋯
その美しさに、嫉妬した。
どうせ⋯あなたには分からないでしょう⋯
私があなたに、どれだけ羨ましいと思わされているか⋯
辺りが色を消し、モノトーンの世界になり
握りしめた右手からは、ゆっくりと液体が垂れた。
だけど。
だけど、あの美しい指先は
その存在は
他の誰でもないこの私が、染め上げている⋯
握りしめた右手をゆっくり開いてみると⋯
私の爪に真っ赤なネイルが綺麗に塗り付いていた。
握りしめていたネイルと⋯同じ、赤。
ぎょっとした私はもう一度手を見た。
さっきネイルオフした、まっさらな自爪。
今のは、何?
それにこの気持ち⋯
この気持ちに名前が付くなら、なんなの。
私は⋯未だにその答えを出せずにいる。
でも
今も、これから先も。
もし、この気持ちに名前が付いても。
あの子にこの気持ちは⋯言わない。
私はあの子みたいに、素直じゃないから。
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