第6波対策に関する意見書(新型コロナウイルス感染症対策分科会(第14回)2022.3.11)

2022年3月11日に開催された第14回の新型コロナウイルス感染症対策分科会に事前意見書を提出して、参考資料として配布されました。


第6波対策に関する意見書

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員 大竹文雄

1.これまでの経験を踏まえた第6波対策の考え方

(1) オミクロン株の重症化リスクとまん延防止等重点措置を実施する根拠について

3月4日変更の基本的対処方針には、「限られたデータではあるが、肺炎の発症率については、季節性インフルエンザよりも高いことを示唆する暫定的な見解が報告されている。」が加えられました。しかし、まん延防止等重点措置を実施する政令要件は「相当程度高い」となっています。追加された文章の根拠となるアドバイザリーボード資料は疫学上の知見であり、私権の制限をともなう措置が必要なほどリスクが高いかは、対策の意思決定として別に検討を要する問題です。このような措置が必要なほど高いとはなっていないと考えられます。

「新型インフルエンザ等対策ガイドライン」では、季節性インフルエンザの致命率を0.1%以下としています(別添資料1)。今までアドバイザリーボードに示されたデータによれば、現状のオミクロン株の致命率は、これよりも相当程度高いとは考えられません。なお、「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」では、新型インフルエンザの致命率の想定を0.53%(中等度)、2.0%(重度)とされています。(注1)

(注1) 東京大学の岩本康志氏は「季節性インフルエンザの致死率」についてブログで「私権の制限をともなう措置を実施するにあたって、病状の程度をできる限り科学的、客観的に評価するための情報が開示されていることは、非常に重要である。」と指摘しています。(http://iwmtyss.blog.jp/archives/1080249049.html)

現在の基本的対処方針では季節性インフルエンザの致命率を0.02-0.03%としていますが、これをはじめ基本的対処方針に示されている数値には出所がないものが見られます。以前は、基本的対処方針等諮問委員会の資料には病状に関係するデータが出典とともに示されていました(別添資料2)。政策の透明性を高めるため、出典を示すべきだと考えられます 。

(2) 重症化リスクの計測について


ワクチン接種の状況、変異株ごとに感染の伝播力と重症化リスクが異なることが明らかです。そのためワクチン接種状況を前提にしたウイルスの特性に応じた対策をいち早く取ることが必要です。変異株の特性に応じた対策を取らないと、医療提供体制や保健所の機能を適切に運営できませんし、過剰な私権制限により社会経済に大きな影響を与えます。

アドバイザリーボードに提出されていた資料から、沖縄県や大阪府のデータから詳細な年齢別の情報が比較的早くから得られていたと思います。具体的には、60歳未満の重症化リスクが極めて低く大半が無症状か軽症であること、高齢者・基礎疾患をもった人たちに重症化リスクが限られていること、亡くなられる方の多くは新型コロナ感染症が主な死因でないことがわかっていたと思います。

重症化リスクは、感染の波が終了しないと完全には計測できないという意見が専門家から出されていました。しかし、感染者数、重症者数のデータという公表データと平均入院期間に関する仮定からリアルタイムに重症化リスク、致死率を計測する手法も開発されています (注2)。

リアルタイムで得られた情報をもとに、私権制限を必要とするレベルの危険性をもった感染症であるかを柔軟に判断すべきだったと思います。正確な情報がないと政策に反映すべきでないという考え方もありますが、正確な情報を待つ間に、適切とは言えない対策を取り続けることで、医療提供体制の整備や保健所の対応が遅れ、過剰な私権制限が行われることによる損失も考える必要があります。

また、重点措置の延長を判断する際には、高齢者への3回目ワクチン接種率の進捗状況を考慮して想定した今後の重症化リスクを判断基準とすべきです。

(注2)仲田泰祐・岡本亘(2022.1.10)「第6波における重症化率・致死率モニタリング」https://covid19outputjapan.github.io/JP/files/NakataOkamoto_ICUDeathMonitoring_20220110.pdf、仲田泰祐・岡本亘両氏によるリアルタイムの重症化率・致死率の最新情報が毎日信頼区間とともに更新されています。「第六波の重症化率・致死率: 東京」https://covid19outputjapan.github.io/JP/icudeathmonitoring.html

(3) 医療提供体制について

 第5波は65歳以上高齢者におけるワクチン接種が進んだ状況で発生しました。そのため、ワクチン接種が進んでいなかった65歳未満の重症化リスクが高く、感染初期の段階で中高年層に向けた酸素吸入が重要で、その治療のための医療提供体制が逼迫しました。その結果、各自治体は第5波と同じタイプの流行に備えた対策をして、第6波に備えました。

実際の第6波は、感染伝播力が強いけれど、60歳未満の感染者に対しては、無症状か軽症で終わることが早い段階で知られていました。しかし、1月中は、軽症者もすべて入院させる方針を取り、病床が不足する状態を続けた自治体が多かったと思います。その後、重症化リスクが高い感染者に入院を絞っていった自治体が多いと思いますが、その実態がよくわかりません。診療報酬では、ICU等に入院すると加算されるということもあり、人工呼吸器やECMOを使っていない患者でICUに入っている患者の比率もかなり高かったと東京都や大阪府のデータからは分かります。適切に医療資源が使われていたのか、という点について検証をする必要があると思います。

新型コロナについては軽症であるけれど、他の疾患が重症であるというタイプの患者をコロナ確保病床で受け入れることが患者の治療にとって望ましいのか、高齢者施設で感染した人をコロナ確保病床で受け入れて治療することが本人の健康を改善することに効果的なのか、といったことは再検証すべきです。もともと患者が治療を受けていた医療機関や高齢者施設に、専門分野の医療者が治療に出向くことで、より適切な医療を提供できたのではないでしょうか。そのボトルネックとなっていた制度的な問題があれば、その改善をすべきです。

 病床が逼迫する理由として、コロナ患者受入病院の入院期間が長かったことも挙げられます。この背景には、診療報酬が入院期間に応じて支払われるという従来の報酬体系が続けられたことも一因だと考えられます。例えば、一入院包括型(DRG)と呼ばれる診療報酬体系を導入するなどで、軽快した患者の転退院を促すことが効果的だったと思います。

 なお、先般決まりました2022年度の診療報酬改訂は「中小の急性期病院に厳しい」という評価がなされております。コロナ禍で患者が減っている中小急性期病院の看護配置基準を一時的に緩和することで、そうした病院の人件費負担を下げながら、コロナ受け入れ病院の医療体制が逼迫しないように看護師の移動を促すなど、今からでもできる対応はすべきだと考えられます。

 新型コロナ患者の病床確保や受け入れ数を増やすための補助金制度が設計されましたが、それによって、どの程度コロナ患者の受け入れが増えたのか、という検証作業が必要です。効果的な補助金・診療報酬制度を設計しないと、いつまで経っても、新型コロナ感染症に対する脆弱な医療提供体制が続きます。

最後に、オミクロン株では通常医療の患者が病院でPCR検査を受けて陽性になりコロナ病棟に入院する事例が増えております。その結果、いわゆる「コロナ専用病院」に直接搬送される例が減り、せっかく準備した専用病院の稼働率が低くなっている懸念があります。通常医療と両立させなければならない一般病院の医療逼迫を防ぐことにも寄与しますので、専用病院の稼働率を効果的に引き上げる方策についても検討すべきだと考えられます。

(4) まん延防止等重点措置の効果

 飲食店の営業時間規制を主な内容とするまん延防止等重点措置(重点措置)については、感染が拡大した後では、大きな効果がない可能性が高いと考えられます。内閣府AI-シミュレーションチームの名古屋工業大学の平田晃正教授の予測では、まん延防止等重点措置による感染者数減少効果は小さいとされています(注3) 。また、差の差分析という因果推論をもちいた分析でも重点措置が感染者数に与えた影響はほとんど観察されません(注4) 。重点措置の効果が小さい理由は、感染者数が増加した段階で、人々は感染リスクが高い飲み会などの行動を控えることが考えられます (注5)。

 感染者数に関する情報によって人々が行動変容をしているのであれば、飲食店の営業時間規制による感染者数減少効果は限定的です。効果がゼロではない可能性があっても、効果が小さい対策に協力金として巨額の税金を使うことは望ましくありません。重点措置の決定の際には、協力金に関わる予算とその感染者数抑制効果の大きさも判断材料に使うべきだと思います。

 感染伝播力が強いオミクロン株で、感染者数を減少させる対策を取るのであれば、ワクチン接種率が低い20歳未満の子どもや若者の行動規制が必要になります。具体的には、重点措置で規定されている保育所、学校での行動制限の強化です。しかし、保育所、学校の休園・休校措置や活動制限は、子どもの発達に大きな影響を与える可能性があります。また、休園・休校は、親の就業に大きなマイナスの影響を与えます。これらの社会経済的なマイナスの影響を考慮して、重点措置の延長の妥当性を考えるべきです。

(注3)「新規感染者数、重症者数などの予測#3- Update」(2022.0301)https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article279/

(注4)北村周平「まん延防止等重点措置の政策評価レポート」(2022.03.09) https://www.dropbox.com/s/2l3ruklzl7a7sn2/Mambo_v1.pdf?dl=0

(注5)渡辺・藪両氏の研究によれば、日本では感染者数に関する情報で人々が行動変容するため、緊急事態宣言や重点措置などの行動制限の影響が小さいとされています。渡辺努・藪友良(2020)「日本の自発的ロックダウンに関する考察」https://www.centralbank.e.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2020/08/cb-wp026.pdf、Watanabe T, Yabu T (2021) Japan’s voluntary lockdown. PLoS ONE 16(6): e0252468.


(5) 効果的な対策

 感染力が強く、重症化リスクが高いのはワクチン未接種の高齢者と基礎疾患を有する人に限られるというオミクロン株への対策としては、つぎのものが考えられます。

 第一に、高齢者と基礎疾患をもった人への3回目接種を促進することです。順調にワクチン接種が進めば今後の新規感染者で重症になる人の比率は減少するはずです。

 第二に、高齢者や基礎疾患をもった人が感染した場合に、早期に治療につなげる体制を構築することです。高齢者施設でのクラスターが発生した場合に、その場所で治療・投薬を可能にする体制を充実することです。できるだけ多くの医療機関がコロナ患者の診療をできるようにすることです。

 第三に、高齢者や基礎疾患をもった人に対して行動制限を行うことです。重症化リスクが低い人たちの行動制限をしても感染拡大は完全には防げないのですから、重症化リスクが高い人の行動制限に集中すべきです。

 第四に、保健所による濃厚接触者の調査・特定作業、感染者の全数把握作業を中止し、高齢者等の重症化リスクの高い人への対応に集中することです。オミクロン株は感染から発症までの期間が短いため、保健所による濃厚接触者の調査・特定による行動制限では、感染拡大を抑制する効果が小さいことが明らかにされています。軽症者が大多数を占めるオミクロン株の全数把握を続けることを止め、全体の感染状況を別の手法で把握することに変えるべきです。効果が小さい対策から効果が大きな対策に保健所の人員が行う仕事の中身を変更すべきです。

2.第6波の重点措置終了の考え方

 第6波の対策として、飲食店の営業時間規制を中心とする重点措置を継続することに説得的な理由はないと考えられます。したがって、即時に終了とすべきです。

3.ワクチン/検査制度について

 ワクチンの感染予防効果がオミクロン株については一時的にしかないという様々な研究結果を踏まえて、ワクチン検査パッケージを考える必要があります。重症化予防効果が中心ということであれば、ワクチン検査パッケージでは大きな感染拡大抑制効果を期待することはできないことになります。また、もともと重症化リスクが小さい人にとっては影響がありません。そうすると、ワクチンの接種や検査の使い方としては、感染防止安全計画の策定程度にすること、重症化リスクが高い人については特にワクチンを接種していない場合は行動を控えるように呼びかける程度のことしかできないのではないかと思います。飲食、イベントの制限をするよりは、重症化リスクが高い人、その周囲にいる人のワクチン接種率を高め、行動を抑制することが重要だと思います。

 感染リスクの高い行動をとった人は、その後、重症化リスクが高い人に会うことを数日間控えるか、検査をしてから会うということを呼びかける程度が適切だと考えられます。ワクチン接種を促進する環境を政府が設定することができれば、あとは重症化リスクの高い人の自己判断になると思います。


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