見出し画像

斎藤裕vs平本蓮-心を「ゆたか」にする極上の非日常-

数値化できないプライスレスな体験

2023年4月29日(土) RIZIN landmark5
斎藤裕vs平本蓮

大晦日にこの試合が発表されてから、僕はどうしてもこの試合を【現地で】【自分の目で】見たいと思い、10万円を払って、VIP席のチケットを購入しました。

自分がサラリーマンであり、趣味で投資をしていることから、お金を払う時はどうしても「払った金額への対価」が頭をよぎってしまうのですが
その対価を得た今、「10万円を払って、この試合を観に行って本当に良かった」と心の底から思えています。

試合に辿り着くまでの不安な時間
選手達を目前にした時の高揚感
試合に見入っている時の極度の緊張感
心身が本気でぶつかり合う音と光景
巻き起こる斎藤コールでの熱狂
人の勝利を自分の事のように感じる幸福感

この全てが数値では表せない価値であり
「死ぬまでに経験できて良かった」と思える
「楽しいエンタメ」だけではない
自分にとっては色々と思うことがある、プライスレスな人生経験でした。

不気味な物語と迫り来る新世代

試合が終わったから文字に表しますが、正直なところ試合前は
「ここで万が一斎藤選手が負けてしまうと、もう斎藤選手の試合を見ることはできないんじゃないか・・」
という不安が常に頭にありました。

現地に行く事を決断したのも「斎藤選手の試合が見れなくなる前に、本気で勝ちに行く姿を目に焼き付けておきたい」という気持ちが大きかったです。

また、今試合が「2連勝中の新世代」vs「3連敗中の元チャンピオン」という構図であることや
朝倉未来vs平本蓮の機運が高まっている中で行われることから
「新世代が元チャンピオンを倒して、スターへ駆け上がっていく物語」
を興行主が作ろうとしているようにも見えて
斎藤ファンとしては、正直とても心地が悪かったです。
(煽りVのタップダンスの足音が、新世代が迫り来る様を表現してるように聞こえて、ゾクゾクしました)

そのような中で相手の平本選手は、打撃は少なくともK1チャンピオンクラスで、前戦ではプロ4戦目にして元DEEPのチャンピオンを完封したばかり。

ポテンシャルも底が知れず、SNSでの発言とは裏腹に、格闘技に対してはとんでもない努力家で若干24歳。

対する斎藤選手は35歳で修斗とRIZINの元チャンピオンであり、打投極なんでもできるオールラウンダーながらも、当時3連敗中。
試合運びも極めの強さというよりは、打撃で試合を作ることが多い為、平本選手側から見ても圧倒的に相性が悪いようには見えませんでした。

その為、興行主が思い描く物語は
「平本蓮が過去のチャンピオンを超えて駆け上がっていく姿」なんて思ってしまうような、
不穏な気持ちが頭の片隅から離れませんでした。

試合が始まるまではそんな不気味な感覚の中で、戦前に斎藤選手が話した、勝ちに徹する強い意志にすがるような心境でした。

物語が魅せた試合

当日は会場に入り、開幕から第7試合まで豪華な顔ぶれの試合を見て、めちゃくちゃ興奮しながら名勝負を楽しんでいたのですが
予想外に太田選手が倉本選手を早いタイミングでKOしてから「いよいよか・・」と心拍数が上がり、一気に緊張感が高まりました。

また、この試合から会場のボルテージも一気に上がり
会場を包む拍手の音や声援も一際大きくなって、
いかに多くの人がこの試合を楽しみにしていたのかが伝わってくる、もの凄く高い熱量が代々木第一体育館に充満していました。

僕個人としては、
少し近くに挙動が怖いお兄さんが座っていたことや
平本選手が入場した時の拍手や声援が自分の近くからもとんでいたことから
「やっぱ平本選手めちゃくちゃ人気だな」
と内心少しビビっていました。

しかし斎藤選手が入場すると、
これまた各所からすごい声援がとび
入場を終えた頃には、興奮で自分がビビっていた事を忘れ去り
斎藤選手に向かっておもいっきり声援をとばしていました。

戦略的な試合の構図としては
タックルに入り、寝かせたい斎藤選手
vs
タックルを防ぎ、打撃で戦いたい平本選手
という分かりやすいものであったことから
タックルに行けば斎藤ファンが湧く
防いで打撃に戻れば平本ファンが湧く
という展開でした。

この構図が明白であった為
斎藤選手がタックルで平本選手を金網に押し込み、膠着状態になるという動きの少ない展開が多かったのですが
見る人の緊張感や熱は試合終了まで両選手の一挙手一投足に集まり続けていたように思います。

また、勝ちに徹する斎藤選手が「絶対に負けない」と幾度となくタックルに入る姿や
その猛烈な威力のタックルに対して
平本選手のテイクダウンディフェンスが上手く、
デビュー戦から見てきた人にとっては以前と比べものにならない程強くなった姿に、とてつもない努力が滲み出たことから
見るもの達は両者の物語がクロスする瞬間を固唾をのんで見守っていました。

そして3ラウンドでは場内に斎藤コールが響き渡り、それに呼応するように平本コールも始まるなど
試合は見る者をもひっくるめて、一進一退の攻防となりました。

この会場が一体となった攻防は5分3ラウンドの15分では収まりきらず、
3人のジャッジの判定を待つ瞬間まで続きました。

試合終了後、個人的には3-0で斎藤選手の勝ちだと思っていたので
最初に平本選手に1票投じられた時には思わず「え!?」と叫びを上げていました。

その後、別のジャッジが斎藤選手に1票を投じて1-1となり、最後の1票を待つ間、
斎藤選手が仕切りにファンを煽っているのが目に入る一方、平本選手も目を閉じて、胸に手を当てた状態で自分の勝利を祈っているかのように見えました。

その両者の姿からは、戦いが終わってもなお
「何がなんでも自分が勝つ」
という思いが伝わってきたし、それに呼応するように自分も「赤!!!」と叫ばずにはいられず、同時に平本選手のファン達からも「青!!!」という大きな声が上がっていました。

合理的に考えると
「煽ったところで判定は変わらない」
というのが最もなのですが
そんな事すら頭をよぎらない程興奮し
皆がその瞬間に熱狂する。
久しぶりに日常にある全ての物事や存在を忘れて、その瞬間に没頭する「非日常」を味わうことができました。

そして最後のジャッジから
赤コーナーである斎藤選手の勝利が発表された瞬間、
自然と自分の腹の底から「よっしゃあぁあぁあぁ!!」という声とガッツポーズが飛び出していました。

そしてそれは自分だけではなく
会場全体でも地鳴りのような歓声と落胆の声が交差すると同時に
この試合にまつわる物語は幕を閉じました。

社会人になって家庭を持つと、寝る前でも仕事の事が頭をよぎって不安になったり
休みの日でも仕事の連絡をチェックしたり
家族をおいて出かけた時、どこか罪悪感を感じたりするものです。

しかし、この瞬間ばかりは
自分の立場とか義務とかタスクとか
自分に纏わるもの全ての存在を忘れた上で
祈り、声をあげ、歓喜しました。

両選手がそれぞれ物語やリスク、立場を背負って、全身全霊で勝ちをとりに行ったからこそ
ただの傍観者である自分がここまでのめり込めだのだと思うと、そんな試合を創り上げた両選手には尊敬の念しかありません。

ただのさえないサラリーマンが、10万円をはたいて、【自分の為だけに】【現地で】【近くで】、斎藤裕vs平本蓮を見た経験は、自分にとって極上のエンタメであり、他の何物にも変え難い自己啓発でした。

令和の修斗伝承者の人間味溢れる強さ

自分の心の動きや観戦の状況をツラツラと書き綴ってきましたが、今回の試合を見て
「やっぱり斎藤裕は強い」
と、改めて感じました。

「正直に」と書いてばかりですが
牛久選手に2度目の敗戦を喫した時は
「強さのピークを過ぎてしまったかも・・」
「でも人となりとか斎藤選手の紡ぐ言葉が好きだから、どういう道を行っても応援したい」
なんていう気持ちが出てしまっていましたが、
リフレッシュした斎藤選手はめちゃくちゃ仕上がっていましたね。

今回の試合も斎藤ファンとしては、
相手の持ち味である打撃の展開になる度にすごくヒヤヒヤしましたが
そのスタンドの攻防でも、平本選手相手に何発か良いパンチが入っていたり
とてつもない速度のハイキックを反応良くガードしていたりと、物語抜きの攻防として見ても、とても見応えのある戦いでした。

また、タックルの威力と金網際への押し込みやその後の攻防を見ていていても
「本当に日本屈指のオールラウンダーなんだ」
と、ど素人ながらに改めて感じるものがありました。

これは余談になりますが、
平本選手が試合後のインタビューで
金的を蹴ってしまった時の斎藤選手の反応について話すエピソードがありましたが
斎藤選手は普段「争いごとが好きでない」と言っているものの
勝負が絡むと人格が変わるタイプだと思っています。

ケラモフ戦後の「あなたは勝ったと思いますか?」という問いに対しての「RIZINルールでは」という言葉だったり、
朝倉未来戦2での金的指摘の場面だったりと、通常平和主義者であれば発するのを躊躇うであろう事を、いざという時には躊躇せずに指摘し、露骨に勝ちにいく一面もあるファイターだと思っています。
また、過去対戦した朝倉未来選手も斎藤選手を「試合になるとめちゃめちゃメンタル強くなるタイプ」とも評しており
普段は飄々としていても、「絶対勝つんだ」と言う気持ちは誰よりも熱いところに、ファイターとしての拘りや人間味を感じます。

そんな勝利への強い拘りを持った選手が3連敗を喫し、激闘の末にようやく掴んだ勝利とその後に残した言葉と表情には、強く胸を打つものがありました。

格闘技は究極のスポーツ

人は生きていれば良い時も悪い時もあるし
どれだけ不条理な事に耐えて努力しても
それが報われる時もあれば
そうでない時もあります。
それくらい人生とは厳しいものですが
頑張って前を向いて生きていけば、必ず良い事があります。

一般的に言われる何の捻りもない道徳感ですが
僕は斎藤選手のこれまでの物語を通して
それを自分の事のように喜び、悲しみながら、その上り下りを体感してきました。

更に今回は、実際に現場で自分の五感を通してその様を見てきたので
創作物や人のアドバイスを耳にする以上に
圧倒的な説得力を持って、自分の中に落とし込まれました。

もちろんそれは斎藤選手だけではないし
その他の選手やそれを追うファンの人達それぞれに、様々な物語があります。

競技としての戦いの技術だけではなく
人と人とが物理的に戦う事でノンフィクションのドラマを生み
見る者の心を打つ格闘技は
誇張なく究極のスポーツだと思います。

自分も凡人ながら生きているので、
きっとこれからも人生の中で色々な事があるのだろうと思いますが
10万円を投資して、かけがえの無い経験をさせてもらったので
ここで感じた気持ちを少しでも自分が日常に向かう上での燃料にして、日々歩んでいきたいなと思います。

そんな事を思わせてくれた、2023年4月29日の激闘でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?