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再生記(2.14)段ボールの中の苦いチョコ
写真:塩田千春の作品
よく眠れて、目覚めスッキリだった。けどふさわしくない曇り空。今日はバレンタインだな。まーなんもしないけど。
朝起きてご飯食べた。
毎朝作る濃い目のココア。今日はあんまり満足しなかった。熱すぎてすぐ飲めなくて、飲んだら飲んだでくどかった。
朝の8時半から9時半まで、無駄にしてる時間の一つだと思われる。つい布団に帰ってしまう。今日はそのことに気がついてた、からこそ嫌悪で布団により一層こもってしまった。
たぶん部屋に帰ってすぐスマホ触らん方がいいんだと思う。明日は朝起きたら電源切ろうかな。
数学を解いた、すごく面白い。
昼ごろ布団を抜け出した。
インターホンがひっきりなしに鳴っていて、大家さんでもないのに対応しようと外へ。
家の前にでっかいトラックが止まってる。
わあ……
にこやかな配達員さんが私の名を呼ぶ。
はい、いかにも私がそうですけども…
身に覚えがない荷物…Amazonになんかやってたかね?
よくわからないままサインをして、受け取ろうと思った。
配達員さんが手のひらに収まるような小箱をひょいと手渡す。かわいいリボンつき。
それから、長方形のキラキラした包装紙の箱。
赤い箱。黒い箱。白い箱……この高級感のある包み紙、もしかして、チョコ?
箱たちは私の腕に抱えきれなくなった。
腕からあふれる箱たちはかなり重い。
それでも配達員さんが乗せてくるので、箱はこぼれて足元に積み上がってゆく。
まだあるという。
もういらないです、と断っても、そうはいかないんです、と頑なな配達員さん。
埒があかないからと、とうとう庭に荷台を傾けてなだれ込ませてしまった。箱がずさぁっと地面に敷き詰められる。キラキラした色彩が多すぎてくどい。
トラックの荷台はすっからかんになって、配達員さんが挨拶をした。途方もない数の箱たちに圧倒されていたら、運転席に帰った配達員さんが戻ってきた。段ボールを抱えて。
「私からも…どうぞ」
へ……段ボール?チョコにしては…?
中を覗くと白い。
白くうごめくものが…!
「お返しはいらないです、ホワイトチョコなんで!」
と、言い残し、配達員さんは今度こそトラックで走り去ってしまった。ホワイトチョコはホワイトデーだと言いたいのか?
白猫がにゃあと鳴く。なきたいのはこっちの方だ。
猫なんて飼ったことないよ……このアパート、ペット禁止だよ……
箱に埋もれながら、段ボールから出した猫を抱く。リボンのような赤い首輪。とりあえず名前はチョコかな。単純か、チャコかな、ちよこかな…
いけないいけない、飼う方向で考えてしまった。しかしまあ、きれいな猫。バレンタインに猫なんて。そもそも猫の贈り物なんて。
そういえばあのトラック、シロネコ宅急便かあ。あーそういうことねワカッタワカッタ〜ぜんぜんわからん。
立ち尽くしていたら、大家さんが来てしまって怒られた。庭をめちゃくちゃにして!とぷんすかしてる。
ごめんなさい、不可抗力だったんです……
でもとっさに隠した段ボールの中の猫は気がつかれなくてよかった……
コヨネと名づける。これでも1時間くらいかけて考えたのでゆるしてほしい。
チョコレイトとネコをまぜたお名前。
なんだかんだ飼ってしまうんだろうな。かわいいし、コヨネ。
コヨネin段ボールを部屋に入れてから、庭の箱をすべて部屋に入れる。四畳半の部屋半分ぐらい埋まりそうだ。うひゃあ。コヨネが震えてるからエアコンをつける。ごめんな隙間風がひどくて。
コンビニで猫の餌を買ってきてから、一個ずつ開けてみる。包装紙だけでどれだけのものになるだろう。ひとつひとつを愛でる余裕もないまま剥いてゆく。
なんだ、半分くらいキャットフードだった。よかったよかったちょうど必要だったんだー!って、なんでだよ、猫宛てじゃん。てか誰からのものなんだろう。何にも言ってくれなかったな送り主について。なんだよう手紙もなくて。
残り半分はチョコレイト。デパートで売ってるやつだ。一気に部屋中がチョコの匂いで満たされる。ここは工場か。ショコラティエか。
クラクラする、甘ったるいよ。
一口チョコをいただく、トリュフみたいなの。甘い、けど上品。
美味しいな〜、めちゃあるじゃんどうしよう。
ふと鏡を見ると前歯が黒くくすんでいた。
はて?こすってもとれないし歯磨きしても落ちない。なんだなんだ?カカオが強すぎるのか??
美味しいからもひとくち。もう一箱……
あーもうたくさん、お腹いっぱいカロリーの過剰摂取。夕ご飯食べれないかも。
美味しいなーと思った、けどあれ、歯が真っ黒だ。前歯だけじゃなくて、全部だ。奥歯まで全部。え、えええ??
痛い!!!虫歯なのか?虫歯じゃんキーンてする。うっわなんだこのチョコ!!!
鏡をもってあたふたしてると、靴下がぬれた。ん?
茶に染まる靴下・・・????
チョコで浸水している!!
エアコンであたたまってしまったの????溶ける溶ける溶けるチョコ。器用に泳ぐコヨネ。毛についた油分がすごいよ…
泳いでエアコンのリモコンを切っておく。ドロドロだ、なにもかも。着ている服も真っ白だったコヨネも。
なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。ただ生活してただけなのに。チョコもコヨネも嬉しいけど。あの配達員さんはいったい誰なの?
机のナイフを取る。固まり出したチョコを体から剥ぎ取る。
なんだか自暴自棄になってしまった。歯が痛み出したぐらいからヤケクソなのかも。
全部夢のような気がする。二度寝してしまったかな。
確かめたいという出来心だった。腕の内側にナイフを押し当てて、力を込める。やわらかい皮膚に食い込む刃。ぴっと線がひかれて、じわりと液体が染み出してきた、うわーグ、グロイ。
いたいな……痛いよ痛い
ダラダラ液体が垂れる、あれ…なんか濁ってる?
ちょっと舐めてみたら甘かった。つーかチョコだ。この味。鉄分てかカカオじゃんどこいった赤血球、茶色だぞこれ。
切っても切ってもチョコが沸く。私の身体の中はチョコレートが巡っているのか。
いくつもの線を身体に刻んで、チョコレートドリンクができそう。
おかしくなってしまったんだ。
一瞬で虫歯になったり、血液がチョコレートになったり。しかもこのタイミングで今朝のココアとチョコの胸焼けがきた。きもちわるいのフルコンボ。
もういやだ〜!!開けっぱなしにして部屋を出る。うんざりだ、甘ったるい部屋も甘ったれた自分も。泣けてくる涙まであまい。
吐きたいよ、つかれたよ、やだよ。神聖おふとんも茶色になって、もう私の部屋じゃない。
全部いらない、いやだいやだ。
玄関先で靴を履こうとすると足元に温もりが。コヨネが後を追ってきている。
おいていけないのか、おいてっちゃだめか。
すり寄られたらつらいよ、抱きしめてしまう。茶色のネコとチョコまみれの人間。ぼろぼろの腕でネコを抱く。にゃあと鳴く。
痛む歯も腕も胸も、ぜんぶ生命を懸命に主張している。 つらいよ、苦しいよ、けど身体は生きているんだな。痛いから生きてる実感がする、なんて思わないわけじゃない。
腕から伝わる温もりは互いのチョコを溶かしてゆく。コヨネが私の顔のチョコを舐める。愛おしいやつだ。
やっぱり生きてたほうがいいのかな。
身体が異常でも、怠くても、死んで0になる前にこのマイナスの世界に一個でもプラスが見られたらいいよね。なんとか生きてたらコヨネみたいなプラスに出会っちゃうかもだもんな。わからんけど。
とりあえず寝よう、今日は出てゆくかわりに眠ります。おやすみなさい。
次の日、目が覚めた。
相変わらずの甘い匂いの部屋。今日もなんとなく、いちおー、生きるか。
段ボールの中のコヨネは、冷たかった。ネコはチョコ食べちゃだめなんだ、子猫なら死に至る。サイトの文字が目に刺さって、部屋がずいぶんと寒いのに気がついた。茶色に染まった毛にチョコの油分が白く浮いている。
白くなったね、コヨネ、真っ白だよ。
私はとりあえず、しばらくの間そっちにいかないようにする。
だからごめん。長く待たせるかもしれないけど、いつか純白のお返しをするからね。
庭にコヨネを埋めた後、そこはカカオの木が育った。
つくることへ生かしてゆきます お花の写真をどうぞ