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関心・意欲・態度

「だってあなた、あたしに全然興味ないでしょう」

隣に座る彼女が、俺の顔を覗き込むようにして言った。何もかもが突然だった。
ふいに、嫌いになったの?と問われ、わけを聞き返すとそう答えられたのだ。

「いいや」
「ないのよ、わかるの、もう無理なんでしょ」
「そんなことないさ」
「ごめんね、あたしわかんないの。関心がないってことは好きじゃないってことでしょ、なんで?なんで一緒にいるの?」
「なんでって言われてもなあ」
「うん、わかってた。もういいよ、解放したげる。どっか好きなところに行きなよ」
「好きなとこ」
「好きなところに行って。あなたの気の向くままに」
「いや……ここにいるよ」
「いなくていいって言ってる」
「なんで」
彼女がすうっと息を吸った。
「ムカつく、ムカつくムカつくムカつくの、なんであんたは興味のない人と一緒にいられるの?あたしばっかりあんたのこと気になっちゃって、そんなの全然対等じゃない。離れてよどっかいってよ嫌よあたしだけ永久に片想いなんて」
「落ち着いて、話そう」
「嫌!あなたの落ち着きなんて嫌い、あたしみたいに壊れればいいんだわ、あなたはずっと平然として、あたしだけパニクってほんと馬鹿みたい」
「別に俺だって平然となんか」
「あなたの感情をこの眼でみたかったのに、あたしには無理だ、剥き出しにして、原色そのまま齧り付きたかった。あんたは強い、ムカつく」
「強かないよ、俺はずっと
「嫌い嫌いだあんたなんて、どうしてあたしと付き合ったの?意味わかんない、どっかいってよあたしのことどうでもいいくせして。あたしなんでこんな気にするのかな、やだよ、もうやなんだよ」
「……分かったよ、もう、分かったから」
「わかるわけないじゃない!今の今まで、あたしに興味なくて、そんなの今わかるわけない。あたしはもうとっくに、わかられないってわかってたのに」
「ごめん」
「どうして、どうして、言っちゃうんだろ、もう諦めてた、もう仕方ないから、わかられないから、あなたはあたしに興味がなくて、それが嫌、それもわかられないこと、仕方ない、あたしは聞き分けのいい子、もう、だめ」

彼女は取り乱して泣きじゃくった。俺は背中をさすってあげたけど、途中で振り払われた。手持ち無沙汰になっても言葉はかけられない。彼女の言うことを否定すれば嘘になる。俺が面倒くさくなりそうだから隠していたことを、彼女は見抜いてたようだ。

言い放たれた言葉をもう一度反芻する。
感情を見たかった、と言われたのが気にかかる。クールで素敵ね、と言い寄ってきたのは彼女の方だったというのに。

感情、ないわけじゃないさ。でも教えてたらもっと長続きしなかったろ。ろくなこと思わねえもんな。思ってること、口にしたら、こんな感じだぜ俺は。
しかしなあ、なんでこう、いちいち興味を持たねばならんのだろ。
まったくダルいなあ。関心なんてあるわけないよ、こんな女も、この場所も。どうでもいいよ、どうであれ。
女のメイクや髪や服がどうであれ俺に知ったこっちゃないし。てか変わんねーし。別に俺はオシャレしてくれって頼んでないのにな。毎度毎度遅れてくるの、やめてほしい。
どうでもいいなあ、こいつ。あー、確かになんで一緒にいたんだろうな、わかんねーや。本当に「関心がある=好き」なら、俺は違ったんだろうよ。

なあ、こんなのを俺の感情と呼ぶのならさ、もう全然好きじゃないだろ?表面を見て好きになった奴が、中身まで好きになろうとするなんて、贅沢なんだよ。
せっかく、お前が好きそうな俺をやってたんだけどな。

「別れるか」
俯く彼女を見ないようにして、声を投げる。あとはこいつが、OKすればいい。
「うん」
決まり。お別れだ。
とっとと帰って寝よう。荷物を持って玄関へ。

靴を履いた時、背中に矢のような声が刺さった。「まって」
え、いや、未練?ダサいなあ、今さらどうにもなんないよ。

振り返る。途端、腹に走る衝撃。
打撃に次ぐ打撃。みぞおち二発、すね五発。おまけの顎一発。
餞に彼女の鉄拳制裁がお見舞いされた。というか殴られてやった。

彼女は息を乱して鋭い眼光を向ける。俺の顔がどう映るのかは知らない。なにか、求めている?
俺は帰るよ、じゃあ。
黙って彼女のアパートのドアを閉める。階段を降りる度に、体のあちこちが悲鳴をあげていく。

ああ、つくづく、俺の痛みは気になるよ。

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