大人になれない女性の独白
黒い舞台の真ん中に白い箱(椅子代わり)がひとつある。
女、板付き。箱に座っている。
白いシャツ、黒いスキニーパンツ、パンプス。
女の胴くらいの高さに色のついた照明が当たる。話の内容によって色味が変わっていく。
明転。
地元の思い出って、なんだかくすんで感じるんですよね。
北の方の生まれだからでしょうか。
ほら、魚とか虫とかも、南に生息してるやつの方が色鮮やかって言うじゃない?
建物も空も人の服装も、どうにもくすんだ色味が多い気がするんですよね。
それに、経済的にも都会に比べたら低いんでしょうね、看板なんかがね、古くて色あせたままになってたりするの。
電車の中吊り広告の少なさに気づいた時には少し切なくなったなぁ。
一応地方とはいっても、地方都市なんですよ?
やっぱり大都会東京は違うなあ。地元になんて戻らなきゃよかった。
10年前の記憶だから色あせてるのかと思ってた街は、10年経ってホームドアがついたって、やっぱりどこかくすんでいたの。
空が青いのは一瞬で、気付いたら風景は全部白く染まっている。
地面が硬くて平面なことがこんなに有難いだなんて知らなかった。
いいこともね、まぁ、そりゃ、あるんだけど。
夏にまとわりつくような汗をかくこともないし、
地価が安いから、東京じゃ同じ値段で今の広さの家には住めません。
人が優しかったり、電車で座れたり、水道水を飲めることとか……(言葉を切る)
(話題転換するように)私、今年で30なんです。そう、30歳。残り6か月。
嫌だなぁ。ずーっと嫌だった。30でパッと死にたい。って、高校生のときにも言ってた。
大人になる自分なんて想像できなくて、その先を生きることになんの価値も見出せなかった。
今も。今も同じ。
もうすぐ二十代最後の春が来るの。何も残せない春が。
桜の散るままに過ぎ去っていく春が。白い青空が。
(急に元気に)でも気付いたんだけど、最近私、ミニスカートを履いてないなって。
若いつもりでいるし、若くいたいんだけど、自然とこういうところから老け込んでいくのよねヒトって。
あと自分より年下と話してると、気付いたら「若いな〜」って言ってたり。
流行りの音楽を知っていることに安心したり。
やっとカラオケで歌えるようになったと思ったら「あー懐かしっ」て言われてダメージ受けたり。
「え!?この名作知らないの!?」って驚いたり、
「え!?この人が亡くなるの!?」って有名人のニュースが流れたり。
何もかもが、私を置いていってはくれないの。
でも、そう、なんの話かって、なんの話かって言うとね……
要は、私の二十代って、もう終わってるんじゃないかなってこと。
東京を離れた時点で、もう、その前には、すでに、終わらせていなければいけなかったのよ。
私の二十代って東京によって作られていて、私の東京って私の二十代によって作られているの。
だからこんな気持ちになるんでしょうね。
東京には戻れるけど、二十代には戻れない。
6か月後を怖がる理由もない。だってもう足を踏み入れているんだもの。
若いってだけで、クラスメイトってだけで、仲良くしてくれた人たちはもういないの。
自分の中身で歩いていくしかないの。
パッと飛び込むには、ホームドアが邪魔なのよね。
電車が到着してホームドアが開く音。
女、立ち上がって舞台奥に歩き出す。
暗転。