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Flying Report -中村直幹の思いと軌跡-

スキージャンプの2020-2021ワールドカップが、いよいよ始まる。

2020年11月20日、ポーランドのヴィスワでの開幕戦を皮切りに、2020年3月末のスロベニアのプラニツァまで行われる予定になっている。
新型コロナウイルス禍により昨シーズンは終盤に中止され、選手や関係者には、今シーズンにかける並々ならぬ想いがあることだろう。
だが、新型コロナウイルス禍は収束するどころか再び猛威をふるっており、期待と不安の中での開幕になる。

スキージャンプ 選手の中村直幹は、昨シーズンとは違った想いで今シーズンを迎えようとしている。
自身の不調に加えて、中止に終わった昨シーズンは、決して満足のいくものではなかった。

だが、それから半年が過ぎて、状態は大きく変わってきている。
ワールドカップ直前の国内7連戦では、4戦で入賞するなど、調子のよい状態が続いている。
これはオフシーズンに、よい準備ができた表れであろう。

中村直幹は、どん底だった状態から、どうやってリカバリーしていったのか?
このオフシーズンに、何が起こっていたのか?
パソコンの画面越しに、胸の内を明かした。



***



フィジカルの進化を活かす、マインドができてきた


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ーー11月3日のNHK杯では2位、他の3戦でも入賞するなど、良い結果が出ています。昨年の同時期と比べても良い状態と見受けられますが、何か変化がありましたか?

「今年は新型コロナウイルス禍の影響で、夏に遠征ができなかったのですが、フィジカルの強化に時間をかけることができました。
特に、コーチやトレーナーの方とも相談して、筋力アップを集中的にやりました。世界レベルの人は、ウェイトを自分の体重の2倍くらいは上げます。去年の僕は70kgぐらいを上げていたのですが、今年は世界を目指して、ウェイトを10kgずつ上げていく計画を立てました。70kgから始めて110kgまで上げることができたので、おそらく1.3倍〜1.4倍のパワーに耐えられる体になったのではないでしょうか」

ーーフィジカルの強化は、技術面にも影響を与えていますか?

「去年まではパワーが無くて、ふわーっと飛んでいたのを、パワーがついてきたおかげで、多少不利な条件下でもしっかり飛べるようになりました」

ーーフィジカルの強化などの練習により、その効果がしっかり出てきているわけですね。

「この強化期間でたくさん練習していた人、特に佐藤幸椰選手はキレのある体をつくられていました。今年の幸椰さんは止められないんじゃないか? そう思っていました」

ーー佐藤選手は、NHK杯で優勝されるなど結果を出されていて、日本選手陣にとってもいい影響が出ているのでしょうか。

「昨年までは小林陵侑選手の一強に近い状態だったのですが、今年は他のみんなが食いついていってるみたいな感じです。代表メンバーの全体的なレベルがドンっと上がっていて。
そんなハイレベルな中で表彰台に上がれたことは、とてもよかったことです。ここは去年と大きく違いますし、僕自身の進化したポイントでもあります」

ーー進化したのは、フィジカルや技術だけでなく、メンタル面でも変化が表れているのでしょうか。

「強化したフィジカルを活かせるようなマインドを、つくれたのが大きかったです。僕が主宰するコミュニティで応援してくれる人がいたり、ふだんから刺激を受けられる選手が周りにいたりとか、支えてもらっています。
これまでの僕のありがちなパターンは、連戦の疲れとともに順位も下がっていくことでした。でも今年は逆に、順位をだんだん上げていけるようになったのは収穫でしたね」



いろんな考え方を、教えてもらえるコミュニティ


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ーーメンタル面に影響を与えたコミュニティ。9月からオンラインコミュニティ「FlyingLaboratory」をスタートされて、まだ2ヶ月しか経っていませんが、どんな影響があったのでしょうか。

「正直言って、僕が思い描いていた以上のことが起きていて、びびっています(笑)
例えば、練習や試合の前後でライブ配信をして、そのときの考えや気持ちをコミュニティのメンバーに伝えているのですが。みんなに伝えるには、考えを整理して言語化しなければなりません。
その過程で自分の考えに気づいたり、『ワールドカップに俺は行くんだ! 行ってくるぞ!』みたいに、試合と向きあう気持ちをポジティブにもっていくことができています」

ーー他のコミュニティにも参加されていますが、自分で主宰する場合と何か違いはありますか。

「自分で始める前は、不安がありました。僕が見てきたコミュニティの中には、ガンガン突き進む感じで、スピード感があるコミュニティもありました。見ていてスゴい!と思いました。
でも、僕にそんなことができるのだろうか?とも感じていて。僕はどちらかといえば、マイペースで過ごしてきたので。
仮にできたとしても、僕や周りの志の強い人が出てきてガンガン動くことで、それ以外の人は意気消沈して何もできなくなり、いつの間にか自然消滅みたいなことになったりしないか。自分ばかりが発信して、周りがついてこれない雰囲気をつくってしまわないか。
そんな心配がありました。
でも、思いの外みんなが仲良くなってきて、みんなの熱量が入ってきて、想像以上のことが起きていますね」

ーー熱量というのは、どんなところに感じられますか。

「例えば、Facebookのスレッドやzoomのチャットへ積極的にコメントを入れてくれたり、アイデアを出してくれたり、そんな状態を楽しんでくれているコメントがあったり。
ゆっくり少しずつ進んでいくのかなと思っていたので、こんな反応があるのは嬉しいです」

ーー2ヶ月とはいえ、スピード感も感じているということですか。

「スピードはありますが、キツいスピード感ではないです。タスクやスケジュールがきっちり決められていて、追われるようなスピード感ではなくて、お互いのペースをみながらのスピード感なので。ゆっくりだけど早い、そんな感じです」

ーーコミュニティに参加されている人には、年齢や性別、職業、居住地域など、いろんな違いがあります。そんな方々との交流を通して、自分の中での気づきや変化したことはありますか。

「このコミュニティには、経営者、ライター、編集者、動画クリエイター、プログラマーなど、いろんな業界の方々がいらっしゃいます。
それぞれの業界でいろんな経験を積まれた方ばかりなので、そんな方々の経験に、僕が勝てる余地はありません。僕は大学を出て、知識のないままに会社を始めたので(笑)。
だから、みんなからいろんな仕事のしかたを教えてもらっている感覚です。
教えてもらっている色々な知識やノウハウなどは、たぶん、実業団チームに所属しているだけでは絶対に経験できないことだと、勝手に思っています(笑)」

ーージャンプ界の他の方々が得られない経験を得られているぞ!という実感があるのですね。

「ありますね。表現がおかしいかもしれませんが、脳みそがいっぱいある感覚です」



3つのことから、SDGsを目指してみる


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ーーコミュニティを始める前の想いを綴ったnoteでは、スキージャンプでの世界一とSDGsへの貢献という二つの目標を掲げています。SDGsについては、どんな取り組みを考えていますか。

「SDGsへの取り組みとして、スキージャンプ ・移動・生活と、3つのアプローチでの貢献を考えています。
一つ目のスキージャンプでの貢献として、『NAOMETER』をやります。『NAOMETER』とは、僕がスキージャンプで飛んだ距離×10円を寄付するというものです。僕が遠くへ飛べば飛ぶほど、寄付する額が増えて試合の順位も上がるので、SDGsに関心のある人やスキージャンプ好きの人が面白がってくれればいいなと思い、昨シーズンから始めました。でも、僕の調子が悪いのとワールドカップが中止されたこともあり、5813mしか飛べませんでした」

ーー「NAOMETER」での寄付は、どちらにされたのですか。

「『BRING PLA-PLUS』という再生プラスチックを活用するプラットフォームの運営団体に寄付しました。プラスチックのリサイクル工場を北海道に作って、SDGsの先進地域を目指す考えに共感したからです。でも、寄附できた金額は少額なので、今シーズンはもっと頑張りたいですし、SNSでの発信にも力を入れていきたいです。

ーー2つ目のアプローチ「移動」では、どんなことを考えていますか。

「これはコミュニティ内から発案されたアイデアで、まだ仮称ですが「移動のやつ」という取り組みです。
スポーツ選手の行動の中で、エネルギーが最も排出されるのは、トレーニングでも食事でも試合でもなく、移動です。僕はこれからヨーロッパに行きますが、日本の羽田空港からドイツのミュンヘン国際空港まで行くと、約12,000kmを移動することになります。この飛行機でのCO2排出量は、1.2t(1,200kg)になります。この排出量をカーボン・オフセットするためには、3本の杉の木を30年育てないといけません。
この「移動のやつ」の取り組みでは、まず、僕が今シーズン中にどれだけの距離を移動して、どれだけのCO2を排出しているのかを計測し、明らかにすることから始めます。CO2排出量を明らかにした後は、僕に何ができるかを考え、できることを行っていきたいと考えています。このプロセスは、SNSで発信していきます」

ーー3つ目のアプローチ「生活」では、どんなことを考えていますか。

「これもコミュニティ内から発案されたアイデアです。生活用品、特に僕が日常的に使うトレーニングウェアやシューズなどについては、再生資源やSDGsの再生コンセプトに合う製品を使っていこうという取り組みです。例えば、パタゴニア社は、再生プラスチックやオーガニックコットンなどの素材を製品に使う取り組みをしています。また、allbirdsというシューズメーカーでは、ウールやユーカリなどの天然素材やリサイクル素材から製品を作っています。まずは、こうした製品を使うことから始めて、コミュニティ内での情報共有を密に行いながら、できることをやっていこうと思っています。

ーーSDGsへの取り組みは、アスリートだけの課題ではなくて、一般の方々にも他人事ではない問題ですね。

「僕たちは、ただスポーツをやっているだけでなく、スポーツをやる責任があります。目標としては、もっともっと発信していくことで他のスポーツ選手にも波及して、一緒にやろうという人が増えたりすると嬉しいです。
これが企業やスポーツ選手だけでなく、一般の方々にも広まれば、SDGsの目標を達成できると思っています」



ワールドカップでは、みんなのために飛びたい


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ーースキージャンプとSDGsのため、コミュニティと連携していく動きをされていますが、何か反響はありましたか。

「一緒に遠征へ行っているメンバー、特に実業団に所属する人は、こうした動きをすることが難しいので、おもしろいことをやってるねって声をかけてくれています。葛西紀明選手や伊東大貴選手、原田雅彦さんなどの先輩方も気にかけてくれていて、とてもありがたいです」

ーーそういうふうに周りの方々から注目されると、これからの行動に重みが出てきますね。

今までにいない人だよねって、面白がってくれています(笑)

ーーいよいよW杯が始まります。今回は、新型コロナウイルス禍の影響もあり例年以上の長期遠征になるそうですが、意識していることや、やりたいことは何かありますか?

「まずは、2月の世界選手権で飛ぶことです。昨シーズンは代表に選ばれながらも試合に出ることができなかったので、気持ちがメラメラしています。
もう一つは、フライングヒルでのパーソナルベストを更新したい。今のパーソナルベストは217mですが、どうにか240〜250mは飛びたい。進化した自分がどこまでできるのか楽しみです。
それと、コミュニティのメンバーを楽しませることも何かやりたい(笑)」

ーーコミュニティの存在は、メンタル面でも影響がありそうですね。

「こうやって楽しむことがリラックスになります。スキージャンプのことばかりを考えていると、精神的にまいってしまうので。
こういう気持ちになれたのは、コミュニティがあったからです。コミュニティのために飛びたい。コミュニティというか、僕は完全にチームと思っているんですけど(笑)」

ーーこうしたオンラインコミュニティをよく知らない人からすれば、興味があっても入るには、ハードルが高いのではないでしょうか。

「実際のところ、思い切って入ってみる、それに尽きるのかなと思います。こうしたハードルをなるべく下げるようにしてますし、メンバーの方々には、他を排除するようなタイプの人はいないので(笑)」

ーースキージャンプの調子だけでなく、いろんなところで昨シーズンと違う変化が起こっているようですね。

「全く違いますね。去年もモチベーションは高かったのですが、まだ世界に出ていくドキドキ感が勝っていました。でも今は、コミュニティのみんなを世界の舞台に連れて行きたい!という気持ちの方が大きいです」


ーーいま、楽しいですか。

「めっちゃ、楽しいです!」



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昨春に大学を卒業し、実業団に入らず1人で活動してきた中村直幹は、孤独に等しかった。
ジャンプを通じて得た喜びや悔しさのすべてを、一人で抱え込んでいた。
不調に終わった昨シーズン。
孤独感が、自分を追い込んでくる。
「日本に帰りたい、僕は日本代表として、この場にいるべきではない」
そこまで自分を追い詰めていた。

あれから半年が過ぎた。
「楽しいことばかり考えていたい。荒れた精神は、スキージャンプにも周りの人に対しても良くない。余裕のあるマインドは、他の人にも伝播する。これがみんなに伝われば、自分もみんなもゆったりして、楽しい気分になれる」

中村直幹の脳裏には、半年前とは違うイメージが描けている。



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文・編集: 浅生 秀明



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