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はじまりの物語 ㉗約束の地

この丘から見える先に何があるのか

下りの道は木々の隙間から差し込む光が
苔の水滴をキラキラと照らし出す
逸る気持ちと裏腹に足元を見ながら下って行く

谷の分岐までやってくる
このような場所にも経路が整えられている

こんな地まで朝廷とはすごいものだな
一水はそう思った
この陸奥の国は百年もたたない昔は蝦夷が住んでいた
それを遠征して平らげたのだ
坂上田村麻呂 生まれた御世は先になるが
文の菅原道真、武の坂上田村麻呂と称される
確か、清水寺も創建したはず
この辺の寺院もそうであろうか

渓谷の分岐、丘陵尾根の先端部に突如として現れた寺
名を達谷西光寺という
城内は東西に広く、西側には高く高くそそり立つ岸壁を
利用した懸づくりの窟堂となっている
それも簡易なものではない
九間四面の朱色の厳かな精舎
清水寺の舞台が眼前に現れたような錯覚を興す

西光寺の僧に挨拶をしたあと、堂の中を案内いただく
おびただしい数の毘沙門天像
その数なんと108である
毘沙門天は四天王の一人で最強の武人だるとともに
すべてのことを一切聞き漏らさない知恵者という

祖父法王より、天才と誉れ高い道真公であっても
文章試験の前は毘沙門天に祈ったと教えられた
そして幼い頃は吉祥丸と呼ばれていたと

毘沙門天と吉祥天女は夫婦である
道真公の奥の方は、みずからを同じ吉祥と名乗り
吉祥天女の伴侶である毘沙門天を西に仰ぐ

なんという繋がりだろう

蓂發き桂 香しくして半 圓ならむとす
三千世界一周する天
天 玄 鑑を廻らして
雲 将に霽れむとす唯 是西に行くなり左遷ならじ

ここは約束の地であったのか
時の磁力に抗えぬ三千世界では分かたれるとすれども
涅槃の地では一緒であるから気には留めぬ

君はそれを覚えているだろうか
そう漢詩にしたためて、妻に送ったのではないか

骨などは心のままに葬ってくれと息子に託し
心は妻の待つ地に飛んでくる

東から吹き来る梅の香を頼りに

一水の目から涙がほとばり走りでる

互いの絆を信じ
あの世に希望を感じ言葉を紡ぐ
人の心というのはなんと深くてあたたかい
そして今生の後に浄土があるとはなんという倖せか

108ある毘沙門天像の顔もよく見ると一つ一つが
異なっている
自身の掘っている衆生のための一躯の仏像
みなの表情をひとつ残らず映し取りたい
やはり作るべきは十一面観音像だ

できる、そう思った
後ろの面は未練なぞ残さず大笑いして涅槃に
旅立とうとする清々しいお顔にしよう

じっくり腰を据えてこの地で彫ろう

寺の一室を間借りして
一心は無心に完成に向かって彫り進めた






毘沙門天と吉祥天女には子がいます

末っ子の名前は禅尼子童子(ぜんにしどうじ)

毘沙門天の変化身で
信仰するものの前に現れて福徳を授ける仏法を守る神と
いわれるそうです
そして吉祥天女の手には宝珠
もしかしたら蛇さんは付き添って見守る吉祥天女のお使い
かとも感じてきました

そして菅家後集は妻へのラブレター

押しへの妄想が膨らみます

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押し愛に溢れる愛しきnote写仏部の皆さまへ


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