見出し画像

はじまりの物語⑭ 一葉


一葉(かずは)という名前だったね

どこにでもいっていい

そういう意味でつけたそうだよ

蛇は驚きを隠せずまたスックと頭をあげた

ああ、勘違いしないでくれよ
いたく僕を可愛がってくれてね
夜は怖くてよく寝所に入れてもらったりしてたんだ

まだ幼き日のこと
雨風が吹きすさび隠れるように
法衣に滑り込んだその時
衣越しにもはっきりと分かる稲光りがして
大きな雷鳴が響いた
夜が明けるまでずっと続くかのような恐れを抱き
上目遣いに尋ねてみた

これは菅原公の祟りなの

祖父はぐっと息をのんだ
少し背すじを伸ばしひとつ大きく息をすると
僕のことを正面に抱きかかえるようにして
膝に座らせこう尋ねた

一葉は菅原公が怖い人だとおもうのかい

だって、みんながいっているよ

そうか、では私の知る菅原公について話しをするよ
それでどう感じるかは一葉の自由だ

そういっておもむろに朗々と声をだした

何人寒気早  いづれのひとにか かんき はやき
寒早○○〇人  かんははやし 〇〇〇〇〇 ひとに 

菅原道真 寒早十首

いづれのひとにか かんき はやき
かんははやし なにがしの ひとに

もう一度、今度は問いかけるように諳んじた

どんな人が冬の凍えるような寒さを一番に感じるかい
寒さに凍えるのが早い人は  こんな人だよ
そんな問いから始まる漢詩というものだ

一葉はどんな人が寒さに凍えるのが早いと思うのだ

考えながら真似をして諳んじる

いづれのひとにか かんき はやき
かんははやし
ええーと、かしわで(膳)のひと

ほお、そうか
どうしてそう思う

あさ、早くから水をくむでしょ
それにおさらを洗うのも手がこごえるといつも
おしゃべりしているよ

そうか、よく見ているな
目を細めて褒めてくれる

一葉自身が寒さに震えるのはどんなときだ

バツがわるそうにまた上目づかいになる

冬の寒い日に
いたずらをして叱られたとき
うすぐらい納戸に入れられて
ごはんも抜きで
小さくうずくまってもちっとも温まらなかったよ

そうだなあ、そのとおりだ
先ほどのは菅原公が讃岐で読んだ漢詩である

人身貧頻 じんしん ひんひん

人の心身が貧しくてそれが続くこと
それを韻として踏んで
凍えるような厳しさを詩に諳んじたものだ

例えば なにがし は
土地を捨ててでていくもの
土地を捨てて出てきたもの
決まった仕事も居場所もなくて瀕

身寄りのない孤児
身寄りのない孤児にしてしまうかもしれない病の片親
寄るものがなくただ涙すること頻

薬草を取るもの
馬の世話がかり
大切な仕事をしているのに実入りが少なく貧

船乗り 魚釣り 塩職人 老いた木こり

いろんな人を慮って
米作りをすすめたり手助けしてくれる場所を
紹介したりしたんだよ

慈悲深く国の在り方を常に考えコトバにする
またその言葉が軽やかでな
諳んじれば真実になるような気がしたものだ

確かにそのときまでの嵐のような
どよめきは過ぎ去り
先ほどの韻をふんだ漢詩で頭の中はいっぱいだった

おぬしの名前もほんとはつけて欲しかったのだ

ため息とも取れるぐらいのほんの小さな声でつぶやいた

人としても優れ、詩才文才実務どれをとっても
尊敬できる御仁であった
しかし、世のため人のためになることであっても
この宮中では阻まれ妬まれ身動きが取れなくなっていく

私は法曹の世界に隠れたが
一葉よ、
おまえは風にのってどこへでも飛んでいくがいい

幼子にわかるはずもない、
そう思ってはいながら
かつての同志に語り掛けるように
話して聞かせたのであった


第14話まできました
24話ぐらいまでいけば規定の文字数には到達できるでしょうか

三連休も投稿続けます
(編集さんはお休みしてくださいー)
なんのはなしですか

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?