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はじまりの物語㉝ 来迎

一水を始めとする僧侶の抑揚のある経の合唱
一般のものも一緒に
手を合わせ 声を合わせ 心を合わせる

一昼夜行われるというのに、その声は一向に
衰えることを知らず大きくなってくる
その中には戸籍を失ったいわゆる乞食もいたが
手伝いやなにがしかのものを投じて参加していた

道風が蛇にいう

ほら、文殊菩薩も身をやつして来ているぞ
きっと天帝も天上から見ているな

使徒はいい
人の姿で一緒になって交わることができる
それはそれで苦労もあるのさ
何度も身を変え地上に来る道風は達観していう
でも別れだけはいつまでも慣れないねえ

そろそろか、

道風が西の空を見てそういった

西に落ちていく日に照らされて
雲がむらさき色に染まっている
経の音色が心地よく水のように揺らめいている

皆が今ぶつかることをせず
ゆらゆらとゆったり揺蕩っている

道風、例の件、くれぐれも頼んだぞ

蛇は岸の向こうの一水をまぶしく見つめた

ふるい皮を脱ぎ捨て見えないように姿を消した

この南無阿弥陀仏を称して出された皆の『おもい』
すべて呑んで天上に持って行ってやる

すうーと大きく息を吸うように『おもい』をのんだ
だれの思いも
ただただこの一瞬を一緒に過ごす幸せに溢れ軽かった

蛇のからだは皆のおもいで大きく大きく膨らんだ
そしてゆっくり空に浮かび上がっていく

彩雲は仏が来迎するという天上へ流れつく雲
一水の使命は天の計画でもあった

振り返らない、振り返ったら我の重いで落ちていく
上を向き水の中を揺蕩うように高く高く昇っていった

一水は蛇と通じる不思議な力を持っていた
姿は消していたが、みんなのおもいを呑んで
天上に向かう蛇を感じて天を仰いだ

気配が消えていく寂しさを振り払うように
また鴨川の水面に目を向ける
夕日が一筋差し込みキラキラと光る

空になくても
皆もまたキラキラ光る水である
仏の像の優しい目を思い出す
そんな目で映しとれているだろうか

まだまだこれからだ、一水はそう思った


   第2章 この者 ーおわりー


ーこの者こぼれ話ー
250年後、皆を映しとりたいと願う仏師が現れた
実頼の遺品で市で游行する一水上人の絵と2つの光る玉が出てきた
その慈善を記した書に感銘を受けて一体の像を造り上げる
その目に光る玉を入れて
1000年近くの年月を経てなおも魅了する像である

一水のモデルは空也上人です。ぜひ像をご覧ください。
 きっと生き生きと一水が目に映ることと思います。


まだもう1話(で終わると思うけど)
続きます
どうぞよろしくお願いします。

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