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5.1/fゆらぎとフラクタル

今回は1/fゆらぎとフラクタルとの関係を書きます。

前回は枝分れモデルによって1/fゆらぎが発生するメカニズムを説明しました。もう一度そのモデルを説明する図を示します。粒子が二つに枝分れしたり吸収されたりしながら粒子数が変化する系で、それらの粒子を何らかの検出器によって検出(観測)した場合にある検出と次の検出の間の検出間隔の変化が1/fゆらぎとなるというものでした。

図1 枝分れモデル(Branching Process Model)

そこで粒子数変化(図2)と検出間隔の変化(図3)をグラフで表し、それらの一部を拡大してみましょう。拡大した部分を赤線で示してあります。これらの図を較べてみてどの様なことを感じられますか。

図2 粒子数の変化
図3 検出間隔の変化

粒子数の変化は比較的なだらかな変化なので、その一部を拡大すると拡大した部分によって変化の形に違いが見られます。一方検出間隔の変化の方は拡大する前も後も図としての特徴に違いが感じられません。この様に全体と一部が同じ特徴を持っているものをフラクタルと言います。あるいは別の言い方をすれば、粒子数の変化では全体の変化よりも一部の変化のほうがフラクタル次元が小さいが、検出間隔の変化では全体と一部のフラクタル次元がほぼ同じだと言いかえることもできます。フラクタル次元については後に説明します。つまり1/fゆらぎにはフラクタル性があると言うことです。その理由についての私なりの考え方を示したいと思います。

その前にフラクタルについてもう少し詳しく説明をします。下の図を見て下さい。

図4 物の形

人、塔、バス、それぞれ遠くから見れば小さく見え、近くからは大きく見えますが、大まかには右端に示したような特徴のある形を持ち、しかもどの様な位置から見てもそれらの大体の寸法は分かりますね。人ならば大体1.5〜2m高さを持っている、というように。一方、これらの物の一部は全体とはかなり異なった形をしています。例えば、人の頭は人そのものよりむしろボールに近い形をしています。

ところが次に示すような雲の場合はどうでしょう。

図5 雲の一部を拡大

写真があまり鮮明でないので分かりにくいかも知れませんが、雲には各部分はほぼ同じ形で特徴のある形や長さがありません。もっと鮮明な写真であれば全体と部分との区別は付かないでしょう。

この様に部分と全体が大きさや形で区別できないものを、「自己相似性」を持っていると言います。言い換えると自己相似性とは、さまざまなサイズで見ても基本的な形の特徴が同じで、大域構造が局所構造そのものであるということができ、これがフラクタルを特徴づける基本的性質です。そして後に述べるように自己相似性を持つものは、図形の次元が非整数となります(次元が1,2,3という整数でなくて1.4や2.3のような数字となる)。フラクタルという概念はマンデルブロ(Mandelbrot、1924~2010)が1975年に作ったもので、語源はラテン語の形容詞Fractusが元になっています。

我々は通常「いれもの」としての空間の次元を考えます。例えば、平面という空間は前後、左右という独立した2方向にしか移動できないので、これを2次元空間といい、前後、左右に加えて、上下という独立に移動可能な方向が加わると3次元空間と言います。それに対して図形そのものの持つ次元の一種として、フラクタル次元というものが考えられます。

図6

図6のように線分、正方形、立方体のそれぞれの辺を1/2に縮小した図形を考えると、それぞれ2、4、8個に分かれて縮小された相似形の2=2¹、4=2²、8=2³個によって全体が構成されます。この右肩の1,2,3という数字は図形の次元と一致します。あるいはそれらの次元はそれぞれlog2/log2=1, log4/log2=2, log8/log2=3と計算することもできます。そこである図形が、図6の例と同様に考えて、1/aに縮小したaのD乗個によって構成されているとします。いま構成要素の数をB =a のD乗とすると、図形の次元は
         D=log(B)/log(a)
と考えることができます。

基本的なフラクタルの例をいくつか見てみましょう。
(1). コッホ曲線
 図7に示す様に線分を3等分し、その3等分の線と同じ長さの線をもう一本加えて真ん中に突起を作る。この操作を次々と続けてゆくことでできる曲線です。1/3に縮小したものは元のものと同じ形をしています(自己相似性)。

図7 コッホ曲線

縮小したもの4個で全体を構成しているので、そのフラクタル次元は
  D=log4/log3=1.2628…….
です。この次元が1.26……ということは、コッホ曲線という平面曲線が、曲線でありながら1次元をはみ出して、2次元に滲み出していることを表しています。
(2). カントール集合
 図8左上図のように1台のモニターを後ろにおいて画面を撮影すると、画面はある一点に収れんしますが、モニターを2台にすると収れんしません。このモニターを線で表すと図8右のように書けます。図は隙間だらけで、どの点の周りにも無数の点があるというものになるのです。

図8 カントール集合

そのフラクタル次元は
  D=log2/log3=0.6309……
となり、1より小さくなります。
(3). シルピンスキーのガスケット
 図9のように三角形の真ん中をくり抜くことを繰り返してできる図形です。このフラクタル次元は
  D=log3/log2=1.585…..
となります。

図9 シルピンスキーのガスケット

図5に示した雲の例からも分かるように自然界では多くの図形は規則的な構造になっていません。例えば海岸線の長さを測る時、図10のようにある長さのコンパス(線分)で長さを測ると、短い長さのコンパスで測るほど細かい凸凹の長さを正確に測れるので、海岸線は長くなります。この様にしてフラクタル次元を推定すると、三陸海岸、志摩海岸、四国西岸などの次元は1~1.3となり、単純な線の次元1より高い次元となります。

図10 海岸線

同様に平面図形では、多くの同じ大きさを持った小さな正方形で覆い、覆い尽くす正方形の数から面積を推定します。そしてこの正方形の大きさを変えてゆけば、小さな正方形で面積を測るほど全体の面積は大きくなり、この様にして海岸線の場合と同様にしてアマゾン川流域全体(図11)のフラクタル次元を推定すると1.85となり、平面の次元2より小さくなります。

図11  アマゾン川

その他の例としては、ナイル川流域の次元は約1.4でアマゾン川より分岐が少ないことを示しています。人間の肺はおよそ2.17で空間を埋め尽くす3より小さく、こうもりの翼の血管は2.3、人間の脳は2.73~2.79(しわが多い)、樹木や草の分岐構造では平均として約1.5など自然界には多くのフラクタル図形が存在しています。

さて上の図3で見たように、検出間隔のゆらぎにはフラクタル性が認められました。一体これは何故でしょうか。

1/f ゆらぎが観測されている現象は(これ以上小さな過程に分解できない)素過程でないものが多いのです。例えば
  A+B → C+D
という化学反応では、化学レベルではそれ以上微小な現象に分解できません。しかし1/fゆらぎが見られるような現象、例えば「ゆらぎと音楽」で示しされた、そよ風の強さ、小川のせせらぎや波の音、ろうそくの炎の揺れ方などはここで言う素過程ではありません。そよ風の強さの場合ならば、局所的な風であってもそれを更に細かく見れば、その風の中の更に小さな部分の間はそれぞれ因果関係の連鎖で結ばれていると考えられます。これらの連鎖の段階は少なくとも分子レベルまで重層的に重なっていると考えられます。つまり上記の図1で表されている因果関係もそれらの個々の現象を更に細かく見れば一つ一つが更に細かい因果関係の連鎖で出来上がっています。この様に考えてくると大きい連鎖の個々の部分には小さな連鎖が含まれていて、その小さな連鎖は更に小さな連鎖を内包しています(図12)。これらの連鎖の段階は少なくとも分子レベルまで重層的に重なっていると考えられます。様々な空間・時間スケールの現象が重層的に重なったものを観測しているという観点から、フラクタルと密接に関わっているのではないかというのが私の考えです。

図12

次回は仏教の唯識論などについて考えます。


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