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「夢破れて山河あり」返信

勇敢なヘラジカさんへ

最初はコメントで済ませるつもりだったのですが、案の定と言いますか、感想が記事の分量になりました。
知っての通り自分語りしがちな性分ですので、ヘラジカさんの真意を置いてけぼりにして1600字も書き連ねてしまいました。

お時間がありましたらお付き合い頂ければ幸いです。

私の書いた「夢に殺されるくらいなら捨てろ」につきまして。自分が書きたいだけで見た人の役には立たないと思っていたのですが、意味があったみたいです。まずはそれを示して下さりありがとうございます。


“自分の見苦しい部分を出す”。私もきっかけが無ければ自分から書くことはありませんが、普段は越えない心のバリアを言葉が越えて、隠していたものを書くことがあります。リレーエッセイや、他の人の記事がバリアを越えるきっかけになります。
ヘラジカさんが「夢破れて山河あり」を書いてくださり、そのような経験がこの世に一つでも増えたことがとても嬉しいです。


自分の夢を決めつけた誰かを恨みたくなる気持ちは、分かる気がします。
自分で言った、又は自分も言った手前、後で否定するのには勇気がいります。
でもおかしいですよね、自分の夢なのに。なんで他人の夢にまでなっちゃうのでしょうか?


私は大学受験で失敗し、でも辛うじて現役で受かった大学に進学しました。「これ以上は頑張れない」と本気で思っていたし、これで良いと思っていました。
スタエフで話した内容と被りますが、大学で楽しくやっていると言っても「本当にそれでいいのか」と、終わった話を蒸し返してくる大人が結構いました。「私は今幸せだ」と言っているのに、他でもない本人が言っているのに、なぜ「私は不幸だ」と言わせたがるのでしょう?夢を叶えられなかった人間は叶えるまで幸せになってはいけないのでしょうか?

まあいいです。他人の幸せを決めたがる暇人は放っておいて、一刻も早く自分を幸せにした方がいいです。


とはいえ、受験を成功させる手段をありったけ行使できる環境は、恵まれていると言えます。安心してください、私は十分そちら側、恵まれた側です。当時使えたお金や時間については、後からですがその有難みを分かるようになりました。
当時の精神状態や周囲の対応が良くなかったことと、お金と時間を使わせてもらったことは別問題で良いと思っています。私は感謝すべきところに感謝しつつ、恨みたい部分は存分に恨めばいいと思っています。


私は大学で、私を知らない、先入観の無い人達の中で、初めて勇敢になれました。
「人からすごいと言われたい」という承認欲求にはまだまだ囚われていたけれど、それでも高校まででは出来なかった“面白そうなものに取り敢えず飛びつく”ということが出来て間違いなく人生は良い方向に変わりました。

私も、夢がなくなった先は拍子抜けするほど明るかったです。


勇敢なヘラジカさん、こちらこそ、出会ってくれてありがとうございます。考え事と文章と感情を大切にされる方と交流できて大変嬉しいです。

私は勤勉でも優秀でもありません。お世辞ではなく本当にそう見えているのだとしたら、それはきっと私が不真面目を覚えて上手いことnoteの読者やスタエフのリスナーの方々を騙せているからだと思います。
どうであれ嬉しいことです。勿体ないお言葉をありがとうございます。


ヘラジカさんが提案してくれたアゴラリレーエッセイのテーマ、「夢の見つけ方」と「夢の畳み方」をセットにしたところまで、良いテーマだと思いました。

私のように夢を危険視する人、夢を肯定する人、夢に他の見方を持つ人、夢に興味がない人。アゴラが、全員好き勝手に文章で存在できる場所であることを望みます。


※私の「夢に殺されかけた」件は大学受験とは別件です。それは、もしも書く機会があれば。

※夫も「勇敢なヘラジカさんの文章は素晴らしい。とても共感する」と言って涙目になっていました。「友達ともこのテーマについて話してみたい」と申しております。

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