就寝前の恋の駆け引き
就寝前、LINEの通知がなった。0時すぎ、ベッドの中でぼんやりしている時だった。
仕事の連絡かも知れない…、と通知を見る。
するとそこに久しぶりに見る大好きな名前があった。ロックを解除して見てみると、『誕生日おめでとう』とお祝いのスタンプ。
タイムラインの誕生日通知から知ったのだろう。
彼は、私がひそかにずっと恋心を寄せていた高校の時の同級生。
彼はまさに私の“理想の男の人”といったような人で、今でも時々何かと用事をつけては食事に誘ったり、連絡を取ったりしていた。憧れの人なのだ。
「あー、今日って誕生日かぁ」
独りごちながら虚しくなる。
大人にとって誕生日なんて何の特別性もない、忙しない日常の一部でしかないのだ。
【ありがとう…!久しぶり!】と返す。すぐに返信がきた。
『久しぶり、元気してる?』
【ボチボチ、そっちは?】
『似たような感じー。って言うか、夜中にごめん。寝てると思った』
【いいや大丈夫〜】
すぐに寝付ける気配も無いので、ぽちぽちと会話を続ける。
内容はなんでもいい。彼と話ができる事が楽しかった。
薄暗い部屋の中でスマホの画面だけが明るい。
『明日って何か用事ある? 誕生日だし』
【あるわけないじゃん…、平日よ。仕事行って働いて寝るだけよ】
【彼氏もいないし】
『いや、寂しすぎるだろ』
【つらたん】
『それな』【えー? そっちは彼女いるんじゃん?】
『いないわ! あれは本当にアイツの冗談だったんだって』
【二人でタクシーで帰ったって聞いたぞ】
『あの子は実家暮らし! 同じ方向だっただけだし!』
【ふーん?】
『マジで違うんだって!』
「すごいムキになるじゃん」
ニヤニヤしながら、またポツリと独り言を呟く。
本当は、彼に彼女がいないことは知っている。知らないふり。
こんな聞き方をしてしまうのは、もし彼に彼女がいても【羨ましいな〜、私も彼氏ほしいわ】とからかい半分で返事ができて、惚気話をされても、私の心が失恋で深く傷つかないからだ。要は予防線を張っているだけ。
【そうかそうか、分かった分かった】
『本当に分かった?』
【うん。でもそれがもし本当だとしたら、お互いに非リアってことか。人生って厳しいね…。本当だったら】
『まだ疑っている⁈』
【そりゃあね、モテるし】
『俺がモテてたら苦労ないわ。そんなことより、次いつこっちに帰ってくる?』
【うーん、年末かな。って言うか前あったのっていつだっけ?】
『一年ぐらい帰ってないよな』
これも、本当は覚えてる。覚えてないふり。
少し間があいて、彼が答える。
『えっと、LINEの会話履歴だと…1月だ。ご飯食べに行ったじゃん』
【おお、懐かしい〜、美味しかった〜、また行きたい】
『お前っていつも冬に帰ってくるよな』
【え、そう?】
『俺、お前の長袖ばっかり見てる気がする。私服の半袖とか見たことないもん』
【確かに…!笑】
『お盆も帰ってくればいいのに』
【夏は忙しいんだよ…】
『お疲れ様です』
【そっちもね。お疲れ様です】
それからしばらく会社の近況の話になる。
上司のグチ、後輩の話、取引先のトンデモ話など。お互いに職種が似てるから話が弾む。本当は電話がしたいけど、夜が深いから我慢だ。話し声が近所迷惑になりかねない。都会の安アパート暮らしは世知辛い。ご近所トラブルは勘弁だ。
『だいぶ話したけど大丈夫? 明日早い?』
【大丈夫、大丈夫。いつもこれぐらいまで起きてるから】
嘘だ。本当はとっくに寝ている時間。少し眠たい。
でも、せっかく話しかけてくれたんだから、まだ話していたい。
『本当? 明日遅刻とかするなよ』
【大丈夫、アラーム大量に鳴らす…!】
『全然大丈夫じゃないじゃん⁈』
【しょうがない…起こしてくれるボーイフレンドがいないんだ…!】
『急に寂しいこと言うなよ…俺が電話するわ…起こすわ…』
【それは最高の朝になりそうな予感】
【でも私にモーニングコールするぐらいなら違う子に連絡した方が良いわ…。好きな子ぐらいいるでしょ】
ついつい恋愛話を振ってしまうのは私の悪い癖。
最近の女の子関係を探ろうとしてしまう。ぼんやりとした目で画面を見つめる。すぐに返信がきた。
『いや、好きな子ぐらいはいるけど…突然電話したらびっくりさせるじゃん』
「え、好きな人いるんだ…」
知らなかった。頭の奥がスッと寒くなる。
彼女がいないから、勝手に好きな人もいないと思い込んでいた。
【いるんじゃん! 青春か】
失恋に痛む気持ちを隠したくて、テンション高めな返事を返す。
『いや、でも全然そんな感じじゃないし』
【伝えてないの?】
『無理無理! いろいろ事情があるんだよ』
【何よ、事情とかカッコつけちゃって。いい大人なんだから、とりあえず伝えて、当たって砕ければ良いのに】
『砕ける前提かよ』
【分かんないじゃん。チャレンジあるのみ…!】
【だってもう結婚して出産してる友達とかもいるんだよ? 頑張れよ】
『めっちゃ言うじゃん』
「……。」
別に応援したいわけじゃない。ただ背中を押す言葉しか出てこないだけだ。
【むしろ今電話かけてしまえ…!】
『いや、ド深夜〜』
【関係ない…!思い立ったが吉日よ】
『なるほどね…、とりま電話してみるわ』
【うん。good luck!】
「……」
彼が画面を切り替えたのか、最後のメッセージに既読がつかない。
本当に告白するのかな…。誰なんだろう。私の知ってる人…?
自分で発破を掛けたくせに、辛くなって画面を閉じて、スマホを布団に放る。
しかし、すぐにそのスマホが明るくなった。同時に、ブブブと電話着信用に設定したバイブが鳴っている。
画面を見ると、そこには大好きな名前があった。
「…もしもし?」
緊張した声で出ると、向こうも少し緊張しているみたいだった。
2021年9月6日 カクヨム公開作品 再掲載
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