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【にゃんこちゃんとぱんこちゃんのおはなし】

にゃんこちゃんとわんこちゃんが「にゃんこちゃん」「わんこちゃん」とよばれているのを聞いて、ぱんこちゃんは(わたしはぱんこちゃんだ)と思いながら、食品だなの中でしずかにしていました。

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「にゃんこちゃん、おはよう」
「にゃんこちゃん、ごはんだよ」
「にゃんこちゃん、おいでー」

にゃんこちゃんがおうちの人によばれるたびに、食品だなの中のぱんこちゃんは、心の中で「にゃんこちゃん」のところを「ぱんこちゃん」におきかえてみるのでした。

(ぱんこちゃん、おはよう)
(ぱんこちゃん、ごはんだよ)
(ぱんこちゃん、おいでー)

そうすると、ちょっと楽しくなります。
でも、今日もぱんこちゃんはよばれません。

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おうちの人によばれたにゃんこちゃんが、ごはんを食べています。
おさかなの形をしたビスケット。

(おいしいのかなあ、どんな味かなあ)ぱんこちゃんは想像します。

にゃんこちゃんはおいしそうにごはんを食べ終わると、おふとんのところにもどって、両手をぺろりぺろりとなめては、お口のまわりや長いおひげをふきました。

(にゃんこちゃんみたく、おいしそうにごはんを食べたりできたら、おうちの人に「ぱんこちゃん」とよんでもらえるかな?)

(にゃんこちゃんみたく、お口やおひげをふいたりできたら、おうちの人に「ぱんこちゃん」とよんでもらえるかな?)

ぱんこちゃんは、おさかなのビスケットを食べるところを想像しました。
ふくろのふちまわりをふいているところを想像しました。

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にゃんこちゃんはしばらくのんびりしたあと、のびをして立ち上がると、玄関のほうへ歩いて行きました。

「にゃんこちゃん、おさんぽに行きたいの?」
おうちの人が立ち上がって、玄関の方へ行きました。とびらを開ける音がしました。
「気をつけて行ってきてね」

ぱんこちゃんのいるところから玄関は見えません。
おうちの人のやさしい声だけが聞こえました。

ぱんこちゃんはまた、心の中でにゃんこちゃんをぱんこちゃんにおきかえました。

(ぱんこちゃん、おさんぽに行きたいの?)
(気をつけて行ってきてね)

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(にゃんこちゃんみたく、のびをして立ち上がって、おさんぽにでかけたりできたら、おうちの人に「ぱんこちゃん」とよんでもらえるかな?)

ぱんこちゃんは、食品だなの中で、のびをして立ち上がるところを想像しました。
それから、ドアをすりぬけてお外へ行くところを想像しました。

でもぱんこちゃんには足がないので、にゃんこちゃんとおんなじようにはいきません。

ちょっと悲しくなって、ぱんこちゃんは目をとじました。

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いつのまにか、ねむっていました。にゃんこちゃんもいつもよくねむっているので、ぱんこちゃんは(にゃんこちゃんみたく、よくねむるのはいいことだ)と思いました。

それにしても長いことねむっていたようです。おうちの人がおやつを食べる時間になっていました。

「あんこ、どこやったかな」
おうちの人が食品だなのほうへ歩いてきました。

(あんこちゃんはいつも、よびすてだなあ。どうしてかなあ)ぱんこちゃんは思いました。

「あんこ、だいすき」とおうちの人がよく言っているのを聞いているので、あんこちゃんがこのおうちで大の人気者だということは知っています。

あんこちゃんがおうちの人の手のひらにのせられて、食品だなを出て行くのを、ぱんこちゃんは見おくりました。

(こんどあんこちゃんがおとなりにきたら、聞いてみよう。とくべつだいすきだと、よびすてにするの?って……)
ぱんこちゃんは心に決めました。

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夜になりました。

「にゃんこちゃん、ごはんだよ」
おうちの人がかんづめを開けて、にゃんこちゃんにあげました。

「さて、おゆうはんはコロッケにするかな」
おうちの人はじゃがいもを、麻ぶくろから出しました。

「ぱんこ、どこやったかな」
おうちの人がつぶやきました。

ぱんこちゃんは、ドキンとしました。
おうちの人に、よばれたのです。

しかも、よびすて!

(もしかして、おうちの人は、ぱんこちゃんのことがだいすきだったの!?)

ぱんこちゃんはずっとしずかにしているばかりだったし、あんこちゃんみたく「だいすき」と言われたこともありません。

(まさか、そんなはずないよね)ぱんこちゃんは思いました。

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おうちの人の手にのせられて、食品だなから出て、キッチンの作業台へと向かいます。

作業台の上は、ダウンライトにてらされて、ステージのようにキラキラしています。

「わあ、こんなきらびやかなところに、出て行っていいのかな」
ぱんこちゃんはドキドキしました。

ごはんを食べ終わったにゃんこちゃんが、作業台のとなりのスツールにぴょんととびのると、作業台のふちに手をかけて、のぞきこんできました。

「にゃんこちゃん、ここはだめだよ」
おうちの人はにゃんこちゃんを作業台の上に来させてあげません。

キラキラのステージの上のぱんこちゃんは、にゃんこちゃんを見下ろしてから、おうちの人を見上げました。

「ゆめのようだなあ」光をあびながら、ぱんこちゃんは作業台のすみにすわっていました。

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じゃがいもがほかほかに蒸されて、蒸し器からボウルの中へすべりおりました。

たまねぎがつやつやに炒められて、フライパンからボウルの中へとびおりました。

おしおとこしょうが、はるか上のほうからボウルの中へ、いさぎよくとびこんでいきました。

ぱんこちゃんはみんなの大かつやくを見守りました。

こんどはボウルの中でみんながこねられて、丸い形になって出てきます。

いよいよ、おうちのひとは、ぱんこちゃんのふくろの口を開けました。

さらさらさらり、と、ぱんこちゃんはふくろのなかみを銀色のトレーにおろしました。
白い、こまやかなつぶつぶが、光にあたってかがやいています。

丸い形になったみんなは、ひとつずつ、たまごの中をくぐってから、ぱんこちゃんのトレーにやってきて、ごろんごろんと転がりました。

まんべんなくぱんこちゃんを身につけたら、油のプールにとびこむのです。

みんな、次々に油のプールにとびこんでいきました。

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ぱんこちゃんはきらびやかなスペクタクルを見て、そしてさいごには自分もそこに参加することになって、すっかりこうふんしました。

コロッケになって、カラッと晴れやかにお皿にならぶと、みんな今までよりもさらにかっこよく見えます。

みんなで力を合わせた成果に、だれもがほこらしげです。

食卓で、おうちの人が言いました。
「うーん、おいしい!」
「コロッケがおいしくなるのは、ぱんこのおかげなんだよねえ、ありがとうだわあ」

それを聞いてぱんこちゃんは、とんでもなくうれしくなりました。

にゃんこちゃんみたくお魚のビスケットを食べられないし
お口やおひげをふいたりもできないし
のびをして立ち上がったりもできないし
おさんぽに出かけたりもできなくて
ぱんこちゃんはいつも食品だなの中でしずかにしているだけですが、それでもおうちの人に大切に思ってもらえていたのです。

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この日からぱんこちゃんは、にゃんこちゃんと同じように「ぱんこちゃん、ぱんこちゃん」とよばれる日をまつことはしなくなりました。

にゃんこちゃんみたくいつも名前をよばれなくても、だいじょうぶ。

ぱんこちゃんは、ゆったりと安心して食品だなの中にいて、にゃんこちゃんや、あんこちゃんや、みんなのかつやくを楽しく見ているようになりました。

おしまい


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