#6 Universal, Under Exposure Journal
Yuri Shibuya: Universal, Under Exposure Journal
伊藤 明日香
もう一度、最初から始めよう。
初めて買った写真集のことを思い出してみる。
写真作家の作品集、参考書、展示会のブックレット、図録、ZINE、当時は好きだったアイドルのものから、なんで買ったのかわかんないけどそれがないと誰かと馴染めなかった本まで、なんでも。
私が最初にお金を出して買えたのはZINEだった。たしか¥1,000くらいしたのだが、¥100マックでお腹を満たすような私の生活にその金額はとても高かったように思う。居酒屋に挟まれた中野の細い路地を進んでいくとローカルしかいなくて、なんか、はじめ居心地の悪い、Flotsam Booksみたいな感じのスケートボードショップに置いてあったんだっけ。
もう今から15年くらい前の話。私にとってアートってグラフィティとかモノクロのことだった。
“カルチャーが好き!”っていう子が好きになりたくて、よくわからないけど”あの子たち”が聴いてる音楽とか読んでる雑誌とか、どこにその視線が集まってるのかとにかくなんでも知りたかった。そしてShibuya Yuriはその中にいた。そんなひとだった。
スケーターとつるんではいても、スケートボードの写真を撮る女性を当時は見たことがなかった。
でも、彼女の写真に写っているのはエクストリームな瞬間やソリッドなドキュメンタリーではなかったから、そのときはなんだか物足りなかった気がする。このくらいの写真なら私にも撮れそうだなって正直思った、日常。刺激の少ない写真。その証拠に、15年ほど経った今でもZINEはピカピカしている。大事にはしていたけどあまり開いてはこなかった。
最近になってようやく思うことは、あのとき欲しかった刺激ってもう周りでみんなが撮っていたということだろう。撮るぞって気持ちで構えていたら、その瞬間は実は逃していても、その前後はなんとなく、写っているものだ。もはやそういった誰もが思い描く瞬間を彼女は通り過ぎて、”あった あった。”というように彼女の世界を拾い上げていく。心配をしなくても、シャッターを切れば写ることや、目の前にすでに在る世界のデティールが残ってくれることを知っていたのだ。
それでも、世界を信じることはとても難しいことだと私は思う。
目の前の光景、私に向けられたその表情、その喉から出てくる声までも、どうしたら信じることができるのか。その疑問が撮影者の声を閉ざし、時には高揚させ、最終的にシャッターを押す指に伝わる、のだろうが、彼女がシャッターを押す指は本に添えられたエッセイを随筆をする指と近いように感じられる。
よく、こういう写真家って写っている被写体が柔らかいっていう話になる傾向にあると思うのだけれど( ならないかな?)。あの人は表情を引き出すのが上手いとか、じっくり時間をかけて会話をして、その人の中身を引き出してるとか。でも私はあんまりその辺の話は信じないようにしている。写真に写る人って、撮る側の”鏡”みたいになってくれるんだとShibuyaの写真に思う。
鏡といってもおそらくは姿見とかではなくて洗面台にあるようなやつ。
人の本当の中身なんて絶対にわからないし、ましてや写真にも写るわけがない。写真1枚で人生を語られるような人はいない。だからこそ、被写体は自分の話よりも目の前の彼女のことを語りだすのではないのか。そうだとしたら、柔らかいのは被写体ではなくて撮影者の方。たまたま写るのはその日のその場のその空気感。Shibuya Yuriはそこにいた、ということが写っている。 のだと思っている。だから彼女の写真はその土地土地で関わった人々を捉えつつ、ドキュメンタリーというよりもエッセイや自伝を読んでいるような気にさせるのかもしれない。(UNDER EXPOSURE JOURNALに関しては彼女のエッセイが本の半分を占めているが写真だけを読んでも、この本がドキュメンタリーではなく世界をまわる中での彼女の自伝であることが感じられる。)
選ばれた瞬間と選ばれた写真に写っているのはそこに暮らす人々の真実。とかではなくて、むしろ彼女の方。どんなに世界と関わりたいのかという姿勢、そして彼女にとって世界はどうあって欲しかったのか。
フォトジャーナリズムというと事柄のピークをとらえるという目標があるように思われてしまうが、この本から読むことができるものはそうして誰もが目を向けた瞬間と時を同じくしながらも、違った視線がそこにもあり、マッチョな光景だけに価値があったのではないことをみせてくれている。2006年に亡くなってしまったハロルドハンターが友人のスケーター達と写っている様子はどこか懐かしさがあり、贈り物のような写真だ。
今回は手元に残っていなかったが、その後に出版されたCamp 4 Yosemite(2014)にもその世界は健在で、彼女の希望という感情にも近いような”ヨセミテ”の風景が収録されている。
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執筆者
伊藤 明日香
言葉が好きです。写真も好きです。
instagram @asukait
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