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#4 シンキング・アバウト・ユー

アンダース・エドストローム写真集: ANDERS EDSTROM: SPIDERNETS PLACES A CREW / WAITING SOME BIRDS A BUS A WOMAN
横田陸

SPIDERNETS PLACES A CREW / WAITING SOME BIRDS A BUS A WOMAN (Steidl Mack 2004)

 スウェーデン・フロソ出身の写真家、アンダース・エドストロームによる、2004年に出版された写真集。
出版社は、高品質のアートブックを作り上げることで有名な「Steidl Mack」(イギリスの会社「MACK」の前身)だ。
アンダースは、1990年にパリへ移住し、そこからファッションデザイナーのマルタン・マルジェラと出会った。以降は、メゾン・マルタン・マルジェラ(現メゾン・マルジェラ)の撮影を手がけており、1993年からは、『Purple magazine』や『Dazed & Confused』などの雑誌でも活躍している。

本作品は、上記のような雑誌からイメージされる「ファッション写真」とは少し異なる。内容は『waiting some birds a bus a woman』『spidernets places a crew』の二冊セット。どちらも、アンダースが日常で見かけた何気ない景色の隙間を映している。カフェの店内、街中、湖のほとりなど様々な場所で切り取られた場面の数々。いくつか白紙のページがあるが、めくると前のページとは撮影された場所が切り替わっているように見てとれた。
また、バスを待つ人々や柔らかい日光を浴びる蜘蛛の巣の写真からは、どれも共通して温かな脈動のようなものを感じる。二冊の各タイトルがそのままに表れた写真を、ページをめくりながら見つけるのも答え合わせのようで面白い。

全ての写真を通して感じたのは、被写体について思わず想像を膨らませてしまう回数が多かったということだ。「この人はこの場所へ来るまで何をしていたんだろう?友人と喧嘩した帰り道だろうか?」など、それは小説を読んでいるときの思考パターンにどこか似ていた。

二冊それぞれの中から、特にそう感じた写真をいくつか挙げたい。

○『spidernets places a crew』

・校内
理解するまでに時間がかかった。1枚目の写真よりも2枚目の写真の方が、先にシャッターを押したように見える。
1枚目の黒色のタートルネックセーターを着た男性は、2枚目の写真では、3人の男子生徒が通る廊下の奥にぼんやりと映っている。
この写真で面白いなと感じたのは、対象となる人物以外の生徒の動きが、2枚の中でそこまで見受けられないということだ。1枚目で、壁に寄りかかって友人と話す生徒は足を組んでいる。2枚目でも足の角度はそのままだ。ボーダーのスエットを着ている女性の距離感もあまり変化がないように見える。

・ショッピングモールの店内
モールの通路脇に白人と黒人の女性が居る。一見すると、酔いか何かで吐き気に苦しむ白人女性と彼女を懸命に介抱する黒人女性だ。しかしよく見ると、白人女性は嘔吐ではなく、床に這う珍しい虫のようなものを捕まえている風に見える。黒人女性は虫が苦手なのか、それを必死に止めようと何かを叫ぶ。
「ちょっとあんた見てよ!珍しい見た目のクワガタがいるんだけど!(黒人女性の袖を引っ張る)」
「やめて!あたし、虫全般ホントに無理なんだから!」といった印象だ。

・茶色いブルゾンを着た男性
アンダースは、そのとき屋内から街を歩く人々を観察しながら写真を撮っていたのだろうか。ある男性に見つかる。颯爽と街中を行き交う人々の中で、唯一、立ち止まってこちらをじっと見つめる男性がいる。
ページをめくる自分の手が止まり、一瞬ドキッとさせられるほどの、何かを訴えかけてくる眼差し。
奥に立っている、コートを着た眼鏡姿の男性とは対照的な雰囲気だ。こちらを凝視する男性は、茶色のブルゾンに無精髭、左手には白い袋をさげ、鋭い視線をカメラに向けている。
「カメラで撮ってること、気づいてるからな」。

・カフェ
アンダース含め4人で食事をしているところを収めた2枚。とはいってもシャッターを押すのはアンダースであるため、必然的に彼の席は空いた状態で映っている。アンダースの隣の席に座るのは、小学校低学年くらいの男の子で、向かいの席がその両親とみられる人たちだ。
テーブルにはパイなどの料理が並ぶ。黙々と食べ進める二人を前に、男の子は食事を中断しており、再開しようとしない。では何をしているかというと、外の車を真剣に眺めたり椅子を触ったりしている。とにかく食事に集中できない様子なのだ。
子どもの頃に誰もが経験したことのある、見るものすべてが輝き、新しく、興味をそそられる感覚。向かいの席の二人もその様子を注意する気配はない。
料理が載った皿でいっぱいのテーブルを挟み、親子の温度差のようなものが発生しているところが、不思議とより一層ほほえましく思えた。

○『waiting some birds a bus a woman』
タイトルの一部にもなっている、「バス」に乗る「女性」からスタートし、停留所で待機する人々の写真が登場する。

最初の待ち人は三姉妹もしくは仲の良い友人達だろうか。よく見ると全員が形状は異なるにしても、同じゴールドの、大ぶりなフープピアスを着けている。三人中二人がカメラと同じ方向を向いており、顔は残念ながら見えない。他の待ち人もダウンベストを着ていて、季節は秋口にみえる。
次ページの待ち人女性二人は、先程の写真の女性とは違い、ノースリーブの服を着用している。一人は数十メートル先を見ながら、にんまりとした表情を浮かべ、もう一人はどこか陰鬱そうな表情でうつむきがちにしている。二人の間の空間に対照をなす線が浮かび上がってくるような正反対のオーラを切り取った写真だ。

その後も、停留所でバスを待つ人や周辺の街路の写真が数多く登場する。それらはすべて肌寒い時期に撮影されたようだった。何人かは鼻を赤くしていたし、また、人物のいない写真では木々が枯れ、空気が白くなっていた。

読み終えて、真っ白の液体だけの写真や、風景を映したものも多かったが、僕には人間観察を強く提案してくる作品に感じた。

アンダースは、完成したこの写真集を自分の母親にプレゼントしたそうだ。
ぜひ手にとって、指の腹に吸い付くような紙の質感とともにこれらの写真を見てみてほしい。

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執筆者
横田陸
1999年 高知県出身 
ジュエリーを勉強中
写真、映画に興味があります
漂流旅に行ってみたいです
IG : alienheads28
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サポートされたい。本当に。切実に。世の中には二種類の人間しかいません。サポートする人間とサポートされる人間とサポートしない人間とサポートされない人間。