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纏う空気のきれいな人

先日、仕事関係の飲み会に呼んでもらって、大人の人たち(自分もだよ)にご馳走になってきました。

楽しかったー。
私は普段からあまり口数は多くない方だけど、聞いているだけでもものすごく面白い話がたくさんある会だった。
混ぜてもらえてありがたかったな。

オンラインでどれだけでも人と繋がれる時代だし、文章や映像からだけでも伝わる人柄みたいなものってあるけれど、やっぱり直接会って感じるエネルギーって情報量が段違いだよね。

そこでタイトルの通り、ひとり、纏っている空気のきれいな人がいた。
なんていうのかな、「きれい」と言ってもいろんな綺麗さがあると思うんだけど……
例えば、気高さとか品とか。あるいは、キラキラ楽しげな感じとか。はたまた神社みたいな神聖な感じとか。


今回はどれも違って、この人の場合はなんていうか、「混じり気がない感じ」。
”自分”というものに混じり気がない、というのかな。

純粋に自分が「面白そう」「楽しそう」「この人いいな」と思ったものに素直に関わりに行って、たくさん吸収して学んで、どんどん自分の世界を広げていっている人。それも無理のない自分自身のペースで。リラックスして。
そんな感じの人だった。


「この人は明るくて、周りの人を大切にする、人が寄ってくる人だよ」ってその場でも言われていたけれど、多分それはその人自身が自分自身をオープンにしているからだと思う。
まずは自分がドアを解放して素直に関わりに行っているから、周りも警戒心なく寄ってこられる……みたいな。そして混じり気のない感じ(邪念のない感じ?)が伝わるから、みんな安心して関われる。

そうなったらもちろん、その人はもっと自分の世界が楽しくなって、そしたら周りの人のこと、そりゃ大切にもしたくなるだろうと思う。
この人の世界には、素直で素敵な循環ができている。そう感じました。


でも、「自分の世界をもっと楽しくしたいんだー!」みたいな圧はないの。
ただ単純に、楽しそう〜って本当に素直に関わりに行って、「あれ?」って思ったら素直に引き返して、自分だけじゃダメだって思ったら素直に他人を頼って、また楽しそうな人、もの、こと、に素直に関わりに行って。
世の中との関わり方がとても上手な人だな、って感じ。

なんか例えるなら……コロボックルみたいな……?
コロボックルよく知らないけど…笑
好奇心旺盛でマイペースな、妖精というか…人間よりももう一歩、澄んでいる生き物というか。


素敵な生き方を見せてもらったな、って思いました。
なんか勝手に観察してばかりで申し訳ないし上から目線っぽくて更に申し訳ないけど、全然年上の方です。笑


ついでによかったなって思うのは、その人のことを素敵だなって思いつつも、うらやましいとかそうなりたいとか思わなかった自分。
今まで私は自己肯定感マイナスに振り切っていた人間で、人のこと羨んでばかりだったから。
今回はその人のこと、素敵だなって思いつつも、でも自分の生き方とは違うし、私がそれを目指す必要もないし、私は私のままで、だけど私と全然ちがう素敵な人に会えてよかったなって思えた。
私もちょっとは成長してるかな?



本当、呼んでもらえてよかったー!行ってよかったー!
という、話でした。
みんな違って、みんないい。
そしてその中で、自分の心地いい人たちと関わっていけたらいいんだよね。




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