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中之島美術館『モネ 連作の情景』

 去年は行った展覧会や美術館の感想ぜんぶnoteにまとめるぞ! と思っていたら普通に後半で息切れしてなにひとつまとめられなかったので反省して、今年は特別琴線に触れた展覧会だけまとめていこうかなと。思っている。

 というわけで、まだ三月ながらすでに今年のベスト展覧会はこれで決まり!の勢いと私の中で話題の、『モネ 連作の情景』展の感想です。

 75点すべてモネ。そんなの大好きに決まっている。いやモネを抽象画の祖と位置付けて、近現代の抽象画を隣に並べちゃうぞ~!の試みも大好きだし、印象派展も大好きなんですけど、それはそれ。やっぱりモネで埋め尽くされた展示室は格別なのです。


1章

 まず展示室に入って見えるのは印象派以前の作品。モネの印象派以前の作品をこんなにたくさん見ることがないから新鮮です。

《ルーヴル河岸》1867年頃、Kunstmuseum Den Haag

 《ルーヴル河岸》は緻密で正確な描きこみがされていて、モネらしからぬ一枚。


《昼食》1868-69年、Städel Museum, Frankfurt am Main

 《昼食》はとにかく大きい作品です。モネのこんなに大きな作品を見たことはなかったので(晩年の睡蓮で横長の大作はありますがこちらは縦に大きい)驚きました。


《ザーン川の岸辺の家々》1871年、Städel Museum, Frankfurt am Main

 《ザーン川の岸辺の家々》はかわいい作品。展示室にいたほかの鑑賞者もひそひそと「かわいいね」と言っていて印象的でした。そしてこのころ(1870年頃)から印象派の萌芽が見え始めます。水面の描写はかなり印象派的ですね。やはりモネが好きな身としては印象派っぽくなってくるとわくわくします。


2章

《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》1874年、三重県立美術館

 《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》。けぶるような画面はどこか暗い雰囲気にも見えますが、少し離れて見ると左上に光が差しており、明るい印象に変わります。


 アトリエ舟の作品は二枚並んでいましたが、私のお気に入りは《アトリエ舟》のほう。

《アトリエ舟》1876年、Musée d’art et d’histoire de Neuchâtel

 色彩が豊かで、生い茂る草木もにぎやかな画面です。しかしこれも遠くから見ると印象を少し変え、画面が統一感を持ち始めます。


《ヴェトゥイユの教会》1878年、National Galleries of Scotland, Edinburgh

 子どもがクレヨンで描いた落書きのような、独特なタッチの《ヴェトゥイユの教会》(1878年)。けれど不思議なもので、遠くからぼうっと見るとどこか写真のようにも見えてきます。


 印象派はこれが魅力的で、近くでじっと見たときと遠くからぼんやり見たときの印象が大きく変わるんです。これは筆触分割という技法の影響が大きいですが、言ってみればピクセルを手書きで表現するようなイメージ。つまり近くで印象派の作品を見るのはピクセルが見えるまで画像を拡大するようなものです。

 私は、印象派の作品は少し離れて見るのが一番いいと思っています。2メートルは離れたいところ。ときどき3メートルや4メートルくらい離れるとあっと驚くくらい印象が変わる作品もあります。まあモネの展覧会は常に混んでいるのでなかなか3メートルも離れて作品を鑑賞するのは難しいのですが。


《ヴェトゥイユ下流のセーヌ川》1879年、Musées d'art et d'histoire de Genève

 《ヴェトゥイユ下流のセーヌ川》は生で見ると水面がきらきらと光って見えてとてもきれいな一枚。実際の作品はもう少し明るいです。


《ラ・ロシュ=ギュイヨンの道》1880年、国立西洋美術館

 ぱっと見て落ち着いた色彩の《ラ・ロシュ=ギュイヨンの道》。じっと見つめればどんどん味わい深くなっていく作品で、目の前に美しい情景が広がります。夕焼けや朝焼けが描きこまれているわけではありませんが、影の形で日が傾いているのがわかるのも味わい深いポイント。


3章

 ここからはプールヴィルの風景が続きます。特にプールヴィルの断崖は二枚並べられていましたが、私のお気に入りは横長の作品(トゥウェンテ国立美術館所蔵)。

《プールヴィルの断崖》1882年、Rijksmuseum Twenthe, Enschede

 あざやかな色彩と光に満ちた明るい画面はまさに筆触分割の極致という感じで、モネの技術と理論が熟成されてきたのを感じます。


 そして次に続くのはヴァランジュヴィルの風景。

《ヴァランジュヴィルの教会とレ・ムーティエの渓谷》1882年、Columbus Museum of Art

 《ヴァランジュヴィルの教会とレ・ムーティエの渓谷》は教会の影を青で塗るというモネらしい色使い。繊細な筆致で描かれた木々が印象的で、写真のような一枚です。手前にピントが合っている感じ……も写真のようじゃないですか?


《プールヴィルの崖、朝》1897年、福田美術館

 かすむ風景が魅力的な《プールヴィルの崖、朝》。1897年の作品です。タイトルにも「朝」が付いており、90年代のモネにとって「時間」が重要なポイントになってきたのを感じさせます。色彩も80年代のあざやかなものとは異なり、今で言うパステルカラーやくすみカラーの優しい雰囲気に。


《モナコ湾、またはモナコの港(夜明け)》Nouveau Musée National de Monaco

 そしてこの章で私が一番お気に入りなのは、《モナコ湾、またはモナコの港(夜明け)》。青い影に覆われた港、淡い桃色の空、優しく光るオレンジの海。夢のような情景が描かれており、幻想的で美しい作品です。


《ロクブリュヌから見たモンテカルロ、スケッチ》1884年、Palais Princier de Monaco

 《ロクブリュヌから見たモンテカルロ、スケッチ》。スケッチ、とついている通りかなり不明瞭な作品で、ぱっと見は何を描いているのかわかりません。私も最初に見たときは素通りしてしまいました。

 が。最後の展示室から逆走していたとき(最後の展示室から逆走しました)、この作品がふっと目に入りました。幻想的な桃色の稜線、光を反射する山肌、そして画面を縁取る緑の木々のあざやかさ。数ある作品の中でこの一枚が光り輝いていて驚きました。

 モネのスケッチとか習作ってこういうことがあるんですよね。私がモネを好きになったきっかけの作品も睡蓮の習作で、ぱっと見では何を描いているのかまったくわからない抽象画のような作品でした。でも少し離れてから振り返るとそれがたしかに睡蓮に見えたんです。このスケッチも同じで、遠くから見ないと本当にもったいない作品だと思います。


4章

《ポール=ドモワの洞窟》1886年、茨城県近代美術館

 《ポール=ドモワの洞窟》はあざやかな色彩のコントラストが目を引きます。輪郭線こそ描かれていませんが、造形は緻密です。岩肌の描写は迫力があって見入ってしまいます。


《ジヴェルニーの積みわら》1884年、ポーラ美術館

 積みわらは連作以前のものと、連作のものとが展示されていました。上の作品は連作以前のもので、造形に主眼が置かれているのがわかります。まだ「もの」そのものを描いている感じ。

《積みわら、雪の効果》1891年、National Galleries of Scotland, Edinburgh

 対して、連作として描かれた1891年のものは色彩や光の反射に主眼が移っているように思えます。このあたりになってくると、「もの」というより「仮象」を描いていると言ったほうが適切なような。リヒターは絵画とは「光=仮象」に携わる芸術だと述べたといいますが、後年のモネはまさにそういったイメージです。


《国会議事堂、バラ色のシンフォニー》1900年、ポーラ美術館

 これが本当によくて……。《国会議事堂、バラ色のシンフォニー》。深い霧の向こうにビッグベンの青いシルエットが見えます。ふつう空気遠近法を使うなら遠くのものを青みがかって描くのですが、この作品は遠くから差し込むバラ色の光が手前に深い青緑の影を浮かび上がらせるさまが、奥行きをもって描かれています。よい。


《ウォータールー橋、曇り》1900年、Hugh Lane Gallery, Dublin
《ウォータールー橋、ロンドン、夕暮れ》1904年、National Gallery of Art, Washington,D.C.
《ウォータールー橋、ロンドン、日没》1904年、National Gallery of Art, Washington,D.C.

 展覧会のタイトルにもなっている「連作」。これはそのひとつ、ウォータールー橋です(世界史をやっている人にはきっとワーテルローと言ったほうが伝わりやすいと思いますが、ロンドンの橋なので英語読みでウォータールーとなります)。

 こうなってくるとみんな違ってみんないい……の域で、どれを好きだと感じるかは個人の好みによる気がします。私は深い霧に包まれた「夕暮れ」が好き。画像を通して見ると比較的橋の形がわかりやすいですが、生で見ると本当に一面霧で最初は何を描いているのかわからないくらいでした。しかしぼうっと見つめていると次第に霧の中から橋が立ち現れてきて、それはまるで本当にその場にいるような経験でした。


5章

《睡蓮》1897-98年頃、Los Angels County Museum of Art

 私の知ってる睡蓮じゃない……! という衝撃。モネが最初期に描いた睡蓮だそうです。


《睡蓮の池》1907年、石橋財団アーティゾン美術館

 おなじみの構図。私たちの知っている睡蓮という感じですね。もはや実家。微妙に移り変わる水面の色合いがなんとも美しいです。もう一枚の同じ構図の睡蓮が展示されていて、そちらのほうが好みだったのですが撮影禁止でした。ざんねん。


《睡蓮、柳の反映》1916-19年、北九州市立美術館

 「白内障のモネ」「晩年のモネ」という感じがしてきました。好きな色使いというわけではないのですが、前述した私がモネを好きになったきっかけの睡蓮もこのような色合いだったのでなんとなく懐かしさを覚えます。


《睡蓮の池》1918年頃、Hasso Plattner Collection

 なんだこの良すぎ蓮は。優しくあたたかな色彩は幻想的で、見るほどに陶酔を覚えます。葉の輪郭が暗い色で描き入れられているのが意外ですが、うねるストロークは明瞭なものではなく水面にたゆたうかのようです。「そのように存在しているから書いた」のではなく「そのように見えたから書いた」輪郭でしょうか。

 生涯印象派の手法を守り続けた画家と言えばシスレーですが、モネもまた「目に見える光を描く」ことを徹底した画家です。手法にこだわったのではなく、その目的にこだわり続けた。やはりそれがモネの魅力だと思います。形ではなく光を描いた結果モネの作品は写真よりも写実的で、同時に抽象的なものになった。私はそれが好きです。

 展覧会最後の作品は1925年の《薔薇の中の家》。塗り残しも目立つ作品で、どことなくマティスを思わせます。白内障の影響だとは思いますが、20世紀美術を切り開いたマティスと似た境地にたどり着いたのは興味深いです。


 というわけで良すぎてnoteも長くなってしまった。もう一度行けたらいいな~と思っています。グッズは買わない主義なんですけど次行ったら何か買ってしまうかもしれない。

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