見出し画像

Venetian Snaresとは?#2

音楽性
Venetian Snares(以降VS)は1992年から音楽制作を開始しており、当初はラジカセを使って楽曲を作っていたらしい。ゴミ箱や金属などを使ってリズムを刻み、それらを幾つかのラジカセで録音してカットアップし、ループ・デュレイなどのエフェクターなどを交えて実験を繰り返していた。その後、Amiga 500での楽曲制作に移行。
この、ラジカセでの多重録音による楽曲制作方法がVSの特徴的なランダム性のあるビートや反復性の少ない展開を生み出す要因となったのではないかと思う。VSの音楽を構成する要素である変拍子やプログレッシブな展開は、ダンスミュージックとしての機能性は非常に優れているが、DJにとってはかなり扱いにくいはずだ。VSの代表曲の一つであり、Chris Cunninghamもライブで使っていた「Make Ronnie Rocket」(『Higgins Ultra Low Track Glue Funk Hits 1972​-​2006』収録)は、VSの狂気的なビートのプログラミングを存分に味わえる名曲であり、高速でランダム的であるが体が自然と動いてしまうグルーブがある。


VSのライブでは2台のCD-Jを使って高速変拍子の曲が矢継ぎ早にミックスされ、曲の一部分しか使わないものもあり、ラップトップを使ったライブよりも即興性とランダム性があってスリリングだ。リリースされた曲でもライブで他の曲とミックスされる事によって新たなグルーブが生まれており、VSはライブアクトとしても高い実力を誇っている。
前回、VSの初期作品にはハードコア・テクノ、ジャングル、テックステップからの影響を見出せると書いたが、中期から後期、そして現在のVSの音楽にはインスパイア元となる音楽の影がほとんど見えない程、オリジナルなサウンドと世界観を確立している。
VSはインタビューで初期はジャングルとアシッドに触発されていたそうだが、最近(2012年時)は自身の作る音楽以外には大抵興味が無いというニュアンスの発言をしており、自分自身にインスピレーションを得ていると言っていた。そんなVSが聴いている音楽というのが、パウル・ヒンデミット、ピョートル・チャイコフスキー、古い電子音楽やカウボーイソング、イタロ・ディスコ、ビバップとの事。ヒップホップは特に好きだとも言っており、Depeche Modeも愛聴しているらしい。
自身の音楽について、伝統的なチューニングやハーモニーからどれだけ離れらるかを意識していて、一般的には音程の取れていない音であっても、そこに魅力があり美しさを感じている、という発言をしており、ここからVSの音楽の特徴的な部分と彼が作品を作る時の姿勢が感じ取れる。音楽機器は伝統的なチューニングに合わせて設計され数値化されており、それを解消する方法を探りたいという事も話しており、これはAphex Twinも高橋達也氏との対談で似た様な事を語っていた。確かに、チューニングの規定も含め一般的とされるものを想定して作曲をしていれば、それ以上のものは中々作れないのは理解出来る。VSはチューニングやハーモニーを疑い、自身の心地良い音色を見つけ、それを探求した結果、多くの人々を熱狂させている。

バラエティに富んだサンプル使い

個人的にはVSのメロディもビートも素晴らしいと思っているが、彼の音楽の最大の魅力は、その優れたユーモアのセンスとそれを曲として形に出来る優れたプログラミング技術であると思う。VSもインタビューで音楽におけるユーモアをとても重要視していると言っていた。壮大で崇高さのある曲から、どうしようもなく下品で笑える曲まで作り、人間の喜怒哀楽をフルに刺激している。
アルバム『Higgins Ultra Low Track Glue Funk Hits 1972-2006』(2002年)収録の「Dance Like You're Selling Nails」では、オペラ調のボーカルによって「Junglist Massive」や「Rudebwoy」といったジャングル/ラガジャングルで頻繁に使われる用語が歌われ、『Infolepsy EP』(2004年)収録の「Twelve」はセサミストリートの「Pinball Number Count」をスライスしたキャッチーでムーディーなブレイクビーツを披露している。

VSのユーモアのセンスと抱負な音楽ライブラリーが解りやすく作品となっているのがアルバム『The Chocolate Wheelchair Album』(2003年)だ。X-Ray Spex、Britney Spears、Mötley Crüe、Burro Banton、Siouxsie and the Banshees、Black Uhuruなど、メタル~ポップス~レゲエのサンプルを多用したマッシュアップ要素の強いアルバムで、2000年代のブレイクコアらしい内容でもある。今作でのサンプルのカットアップや使い方などは、後のブレイクコア/マッシュコアにも影響を与えていると思われる。
2007年にリリースされた『Sabbath Dubs』は、タイトル通りのBlack Sabbathを素材とした一枚。A 面はBlack Sabbath が1970 年に発表したデビューアルバム『黒い安息日(Black Sabbath)』をネタにしており、B 面は2nd アルバム『Paranoid』を素材にオジー・オズボーンのインタビュー音声も使用されている。Black Sabbathのダークでドゥームなおどろおどろしい世界観が、ダブやダブステップとミックスされた、暗黒のトリップミュージックとなっていて素晴らしい。サンプルを切り刻まずに、そのまま使ってもVSの世界観にその素材をまるまる引き込んで元の世界観を上書きしてしまっているのが凄い。レゲエを素材とした『Cubist Reggae』は、VSの狂気的なカットアップや曲の構成、変拍子が全面に出ており、『Sabbath Dubs』と近く、極上のトリップミュージックを完成させていた。

ジャングル/ブレイクビーツ・ハードコアからの視点
VSのビートのプログラミングには、初期の頃からジャングルとブレイクビーツ・ハードコアの要素が色濃く出ていた。ビートだけでなく、ベースラインや低音の配置などにも、ジャングルからの影響が感じられる。
特に、アルバム『Detrimentalist』(2008年)はBangfaceやCock Rock Disco勢によってブレイクコア・シーンでRave回帰が巻き起こり、レイブコアも定着し始めていた時期とも重なっていたが、他とは違ったVS流のRaveサウンドを展開している。C64のレーベルDrosstik Recordsのコンピレーション・レコードにも収録されていた「Koonut-Kaliffee」は、伝統的なジャングルのビート展開をしており、90年代のハードなジャングル・トラックをアレンジした様で、ジャングル好きにはたまらない曲だ。元々、レゲエのサンプルを使ったラガジャングルはVSの作品に多かったが、『Detrimentalist』ではよりストレートなジャングル/ラガジャングルに接近しており、VSのジャングルに対する想いが形となっているとも言える。通常のジャングルよりは高速であるが、VSにしてはテンポが落ち着いているので、彼の驚異的なアーメン・ブレイク使いが存分に堪能出来るのもポイントだ。
2013年にリリースされたBangfaceのコンピレーション『BangFace - Neo-Rave Armageddon』に提供した「Who's The Cymbol (Remix)」は、90年代初頭に活躍したDJ H.M.S.のブレイクビーツ・ハードコア・クラシックのリミックスとなっており、VSのルーツが垣間見える曲でもある。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?