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Grimecore(Grime + Breakcore)

2019年にBerceuse HeroiqueからリリースされたLogosの『Fifth Monarchy EP』のインパクトは凄まじく、未だに愛聴している名盤だ。The SprawlやDifferent Circlesとしての活動でベースミュージックという枠から離れ、ジャンルという個体を持たずに液状化していたLogosが、数々の実験から得た経験をストレートなクラブ・トラックに反映させて表現したことにとても感動した。
EPのオープニングを飾るグライム・チューン「Eska」には懐かしい雰囲気とサウンドがあり、自分が一時期熱狂的に追いかけていたグライムコアというスタイルを思い起こさせてくれた。

『Fifth Monarchy EP』以前にもTrends & Boylan、Walton、Kahn & Neekなどがブレイクス、ドラムンベース、ジャングル、ダンスホールのエッセンスを交えたハードなグライムを展開しており、それらのトラックにもグライムコアに通じるものを感じていた。日本ではNumb'n'dubがグライムとブレイクコアをミックスした曲を作り続けている。
元々、アーメン・ブレイクを使ったグライムやブレイクスのテイストがあるグライムはTerror DanjahやMRK1(Mark One)などが象徴的であったが、それら正統派よりも何処か一部分が過剰に飛び出ているようなグライムにグライムコア的なものを感じる。


グライムコアというサブジャンルが存在していたのかというと、かなり小さいコミュニティの中で一時期だけ使われていたカテゴライズであったので、サブジャンルとして認定出来るほどの作品数も無く、歴史もかなり短い。
グライムコアとはグライムにブレイクコアの要素を足したスタイルを指していて、このスタイルに特化したレーベルやアーティストはおらず、ブレイクコア・シーンの中だけで存在していた。時期的には、2004年から2006年前後くらいだろうか。
だが、グライムコアこそ宝の山であると個人的には思っており、今だからこそ通用するものが多いと思う。2004年~2006年ではこれらのレコードをプレイするDJは本当に一部だけだったし、まだグライムとダブステップの違いも浸透しておらず、リスナーやDJの柔軟性も今程ではなかったので、埋もれてしまった名作が結構ある。

レフトフィールドなグライム・スタイルでベースミュージック・シーンで人気のEast ManはImaginary Forces名義でインダストリアルとドラムンベース、ブレイクコアをミックスした作品を発表していたり、Monkey Steak/Atki2としてダブステップやブレイクス界隈で人気であったSam AtkinsもAnarchic Hardriveというブレイクコア・ユニットで活動していたりと、グライムとブレイクコアを繋ぐ接点は幾つかあった。
以前、Mumdanceが東京でプレイした際に会って話す機会があったのだが、彼もブレイクコアとハードコアをとても好んでおり、かなり熱のあるマニアックな話が出来た。

更に辿れば、デジタル・ハードコア/最初期ブレイクコア・シーンに欠かせないDin-STは、DJ Maxximus名義で2000年代前半にグライムの作品を残している。DJ ScudとI-SoundのユニットWastelandはグライムにいち早く飛びつき、DJミックスでグライムをプレイし、アルバム『All Versus All』にその影響を落とし込んでいた。2019年にOssiaのNoods RadioでのプログラムにDJ Scudが招かれ、MumdanceもDJ Scudをリスペクトしていたりと、Scudの影響は彼等にも及んでいるのかもしれない。
近年はG36での作品をリリースしているGorgonnもブレイクコアのファウンデーションがあり、DOOOMBOYSのリミックスでブレイクコア的な要素のあるディストーション・グライムを披露していた。

グライムコアの象徴的なアーティストといえば、アメリカのDrop The LimeとMath Headである。
Drop The LimeはDJ ScudのレーベルAmbushからデビューした頃は、ジャングルとブレイクコアのハイブリッド・スタイルであったが、ベルリンに活動拠点を移した2004年~2006年頃からグライムとブレイクコアの融合を実現させていた。残念ながら、この時期の音源の大半はサブスクもデータ販売もないので、興味があれば以下の現在配信されている音源から辿って探ってみて欲しい。

(グライムは)DJ Scudに紹介されたんだ。ジャングルと出会った時のように、Scudは海賊ラジオ局Dejavu FMの録音をCD-Rに焼いてくれたんだけれど、後にダブステップと呼ばれるようなインストだけのグライムがかかっていた。すぐに虜になったよ。
(グライムとブレイクコアは)似たようなパンク精神を共有していた。(Drop The Lime / ブレイクコア・ガイドブック 下巻)

Math Headは2006年にブレイクコア史に残る超名盤ミニアルバム『The Most Lethal Dance』でデビューを飾る。今作はブレイクコアがメインとなっているが、「Grime Acid」というグライム・トラックも披露。Drop The Limeに負けない超複雑で超高速なビートの展開でヨーロッパのブレイクコア・シーンからすぐに注目を集めた。Math Headがブレイクコアを作ったのは『The Most Lethal Dance』だけとなり、以降はグライムやエレクトロのスタイルへとなっていき、Drop The Limeと共にTrouble & Bassの活動を始める。
悲しいことにMath Headは若くして亡くなってしまい、彼の新しい音楽を今後聴くことは出来ないが、残された作品は本当に素晴らしいものばかりであるので、一人でも多くの人に彼の作品に耳を傾けて欲しい。

Drop The Limeがグライムコアを追求していた最中、アメリカでSlit Jockey Recordsがスタート。レーベルオーナーのDev79はブレイクコア・レーベルSonic TerrorからEPをリリースしていたのもあって、Slit Jockey Recordsもブレイクコア・シーンと繋がっていた。この時期の衝撃的な出来事に、Slit Jockey RecordsのStarkeyの登場がある。後に、Ninja Tuneなどの大手レーベルと契約する大物になるが、当時はStarkeyのスタイルは異端であり、ブレイクコアやレフトフィールドなシーンからのサポートが大きかった。ブレイクコア・レーベルPeace OffのサブレーベルRuffからはスプリットとコンピレーション含めて3枚のレコードをリリースしている。

同じく、イギリスのグライム/ダブステップ・ユニットVex'd(Kuedo & Roly Porter)もブレイクコア・シーンからの支持が多く、後に彼等もブレイクコアを取り入れた曲を発表していた。
2004年~2006年はブレイクコアとグライム/ダブステップのDJとアーティストが共演することは多く、ブリストルのToxic Dancehallというパーティーはその二つをクロスオーバーさせていた。

ブレイクコアからの影響があったのかは謎のままであるが、Milaneseも怪奇なグライムをリリースしていた。Warpからリリースした『1 Up』やグライムMC集団Virus Syndicateとのコラボレーション・シングルなどで、グリッチやノイズ、ジャングルを魔改造した超個性的なスタイルで好き者達を唸らせていた。エレクトロを柱としたサウンドプロダクションからは、Blackmass PlasticsやSMB Recordsからの影響を感じさせ、故にブレイクコアとの親和性が高い。
Milaneseが残したアルバムやEPはRabit、Mumdance、Shapednoise、Cocktail Party Effect、Sharp Veinsなどと同じビジョンを持っており、クオリティ的には現代でも問題なく通じる名盤ばかりだ。

当時の記憶を辿って色々と探してみたが、YouTubeにもサブスクにも無いものが多く、グライムコアの良曲はレコードとCDだけで聴けるものが結構残っている。ブレイクコアだけじゃなく、IDMやダブをグライムと実験的に掛け合わせたのもあり、聴き返すと興味深い作品が2004年~2006年頃には多い。
柔軟な環境になった今こそ、それらのトラックはフロアで喝采を浴びるのではないだろうか。



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