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Cartoon RaveとThe Prodigy / 音楽を判断する基準とは

90年代前半にCartoon Rave、もしくはToytown Technoというカテゴライズがあった。Cartoon Rave/Toytown Technoとは、子供向けのアニメやTV番組の主題歌やセリフなどをサンプリングしたRaveミュージックの一種であり、最も有名な曲は1991年にXL RecordingsからリリースされたThe Prodigyのシングル「Charly」だろう。
「Charly」は今でこそRaveミュージックの歴史の中でも重要な一曲であり、30年経った今でもプレイされ、The Prodigyのファン、そしてRaveミュージック・ファンに愛されているクラシックであるが、リリース当時は批判の対象でもあった。


「Charly」は1970年-1980年代にかけてイギリス政府の中央情報局が製作し、放送していた子供向けTVアニメ『Charley Says』からサンプリングされたセリフが印象的だ。『Charley Says』は少年と猫のチャーリーというキャラクターが主役のアニメで、視聴者である子供に「知らない人にはついていかない」、「ストーブの上の熱い鍋や水辺での注意」、「マッチで遊ばない」といった日常の危険について伝えることをメインとしており、「Charly」では1972年に政府の「見知らぬ人に声をかけない」というキャンペーンの一環で放送された「Strangers」というエピソードからセリフがサンプリングされている。

そのセリフは「Charly says, "Always tell your Mummy before you go off somewhere"(チャーリーは言った "どこかに行く前には必ずママに言うんだよ")」というもので、これはドラッグ使用時のダブルミーニング的な意味合いが見出せる。タイトルの「Charly」がコカインの隠語であるのと、イギリス政府が作った子供向けのTVからのサンプリングを使うという皮肉的な意味合いもあり、Raveミュージックやドラッグ使用にて「どこかに行く」ような経験をしていた者にとっては特別な意味があったのだと思われる。

サウンド面は勿論であるが、そういった背景を知れば「Charly」がRaveカルチャーから生まれた曲であるのは明確であるはずだが、当時のRaveシーンはアンダーグラウンド性を重視していたようで、子供向けTVアニメのサンプルを使ったキャッチーなトラックは、一部のRaveシーンの人々から拒絶されていたそうだ。
所謂リアルなRaveシーンからThe Prodigy「Charly」はサポートを得られなかったが、メインストリームのチャートのトップにランクインし、イギリスで20万枚以上を売り上げ、The Prodigyはメジャーフィールドへと駆け上がっていく。

同じく、1991年にMark Pritchard(Harmonic 313/Global Communication/Africa HiTech)とAdrian Hughes(Anthill Mob)のユニットShaftが子供向けアニメ『Roobarb』をサンプリングした『Roobarb & Custard』というヒット・チューンを生み出している。1992年にはハッピーハードコア・シーンで活躍しているLuna-Cこと、Christopher HowellがSmart E'sとしてリリースしたアメリカの子供向け番組『セサミストリート』のテーマソングをサンプリングした「Sesame's Treet」を発表。これはイギリス、オーストラリア、アイルランド、ニュージーランドのトップチャートにランクインし、記録的なヒットとなった。他にも、イギリスの子供向け番組『Trumpton』をサンプリングしたUrban Hypeの「A Trip to Trumpton」もヒットしており、これらの曲がCartoon Rave/Toytown Technoとカテゴライズされている。

アニメや子供向け番組を使った(サンプリングした)音楽が批判を受けるというのは、いつの時代も変わらないようである。批判する人々の考え方や姿勢の背景は90年代からそんなに変化していないようであるが、現代はもっと柔軟になっており、許容範囲もかなり広くなっている。
ジャンルが違えば見せ方も使い方も違うようで、アメリカのTVアニメ『Underdog』をサンプリングしたWu-Tang Clanの「Wu-Tang Clan Ain't Nuthing ta F' Wit」はアニメをサンプリングしたからといって批判されることはなく、「Charly」や「Sesame's Treet」とは対極の扱われ方をしている。


The Prodigyの逸話の中で個人的に最も気に入っている話を載せておこう。
「Charly」以降、The Prodigyがメインストリームで人気を得ていくにつれて、当時のRaveシーンで活躍していた一部のDJ達はThe Prodigyのレコードをプレイするのをストップした。DJ達だけではなく、雑誌であるMixmagもThe Prodigyを痛烈に批判し、「Charly」を悪夢のようなノベルティ・レコードと酷評。MixmagはThe Prodigyを表紙にした号で「Raveを殺した」等々、彼等に容赦ない批判を行い、The Prodigyはその批判に対し「Fire」のMVでMixmagを燃やすなど、双方の間で確執が生まれる。
Mixmagのような影響力のある雑誌であれば、ある程度は中立の立場を保持すべきだと思うが、当時はそうしていられなかった程にThe Prodigyの存在は問題視されていたようだ。

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The Prodigyに対するDJとメディアの批判は続き、その状況を打破しようとThe ProdigyのLiam Howlettは全ての情報を隠し、1993年にEarthboundという名義で「One Love」と「Full Throttle」を収録した『Earthbound 1』というホワイト盤のレコードをXL Recordingsからリリースする。その結果、『Earthbound 1』はThe Prodigyを批判していたRaveシーンのDJ達からサポートされ、Mixmagも取り上げ大絶賛。それらのDJとメディアはEarthboundの正体を知るのを待ちきれない様子だったそうだ。


『Earthbound 1』はそれ以前のThe Prodigyが作り上げていたサウンドに新しい要素が付け加えられてはいるが、The Prodigyのスタイルのままであったし、彼等のスタイルを極端に曲げる様なことは一切していない。つまり、もし『Earthbound 1』が最初からThe Prodigy名義でリリースされていたら、その当時の状況からDJとメディアは正当な評価を与えたのかというと微妙である。なぜかというと、The Prodigy名義で改めて『Earthbound 1』を『One Love』というシングルにしてリリースした時、そのレコードはRaveシーンのDJ達からはサポートを得られなかったからだ。

この問題をしっかりと理解するには、当時のRaveシーンの状況や雰囲気を知らなければ語れない部分がある。現代のように多種多様なジャンルがミックスされ、国やシーンを超えて人々が繋がるような時代ではなかったので、閉鎖的になっていたところもあるだろう。メディアとDJのパワーバランスも今とはまったく違っていただろうし、メインストリームとアンダーグラウンドの住み分けもシビアであったはずだ。そういった空気感の中では、こういった問題が起きるのはそれぞれの信念や立ち位置を守る為には仕方がないことだったのかもしれない。

だが、腑に落ちない部分も多々ある。シーンという場所やコミュニティを維持する為に起きたThe ProdigyとCartoon Rave/Toytown Technoへの批判は、音楽を判断する際に材料となるものが視覚的なものばかりに見えるのが、モヤモヤするのだ。音楽さえ良ければあとは何でもいい、というのは現代だからこそ通じるのだろうか。良いと判断する感覚は本当に自分の中から生まれたのだろうか。『One Love』の一件を見ると、いつもモヤモヤとするのだ。
それも踏まえて現代は本当に良い環境になっていて、正当な評価を得られる確率は以前よりも上がっていると思える。勿論、未だにメディア先導のムーブメントが賛同を得ることは多く、耳ではなく目で音楽をジャッジするケースは減っていない。良い音楽に出会う為には目に入る情報は無価値であると思うべきだと、『One Love』の一見で学んだ気がする。

実は一昨年~去年に渡ってCartoon Rave/Toytown Technoのパイオニアにインタビューする機会があり、近々やっと世に出せそうである。まだ少し先になりそうだが、とても面白い内容なので楽しみにしていて欲しい。

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