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Twisted Steppersの裏側③

今回は番外編的に前々回に軽く触れたVex’dについてもう少し掘り下げよう。直接的な関係はないが、彼等の存在無くして『Twisted Steppers』に繋がるレフトフィールドなベースミュージックのスタイルはありえないので、この機会に彼等の偉大な功績を個人的な視点から記録してみる。



Vex’dはJamie Teasdale(Kuedo)とRoly Porterによるユニット。少し前に公開されたダブステップ・シーンの最初期を記録したプログラム「Dubstep Warz」が再び注目を集め、それによってVex’dの名前を目にした人もいるだろう。

2004年にVex'dはデビューシングル『Pop Pop / Canyon』をSubtextから発表。今ではEmptyset、Roly Porter、Paul Jebanasam、Eric Holmのリリースでエクスペリメンタルやネオクラシカル系レーベルとして世界的に有名なSubtextであるが、当初はVex'dのシングルをメインに展開していた。
デビュー当時のVex'dはジャングルやドラムンベースのエッセンスが強く表れたグライムとブレイクスを行き来する様なトラックを制作。Vex'dの二人に共通していた純粋なUK Raveミュージック/カルチャーへの想いと映画『ブレードランナー』を筆頭としたサイバーパンクな世界観が、当時のグライム、UKG、ブレイクスなどと交わり、退廃的でアッパーなトラックを生み出している。そして、硬質なビートと分厚いベースからは、彼等が後にインダストリアルやドローンといったスタイルを取り込んでいく伏線が感じられる。

「最初(Vex'd)の方はかなりダーク。最近のRedlightと少し似てるかも。
ノッティングヒルカーニバルのサウンドシステムで聴くようなタフなパーティを前提に、レイブミュージックを作った。(Jamie Teasdale)」

「Vex’dは、コンセプトのあるプロジェクトって感じではなかった。僕等が聴きたい音楽が当時なかったから、その不足を補う為に始めたんだ。僕等は2人とも、ジャングルに夢中だった。当時、攻撃的なブレイクはたくさん出回ってたけど、満足なものは存在してなかった。Jamieとは高校で知り合った。当時ルームメイトだったんだ。映画や音楽の好みとか、共通点が多かったから、彼と一緒の制作は超気楽だった。
あの頃はまだ、ダブステップ・シーンがそんなに形成されていなかった。だから、僕等がやりたいと思うサウンドは、何でも自由に制作できる雰囲気があった。ダブステップ・シーン内だと、僕は多分アウェイだったけど、でもそれでも革新と刺激に満ちた音楽の時代だった。至る所に、インスピレーションとエネルギーが溢れてた。(Roly Porter)」

続いてリリースされたシングル『Lion / Ghost』はVex'dの代表曲として知られていく事となり、特に「Lion」は様々なジャンルのDJがプレイした。この時点で既にVex'dの核となる部分は完成している様に思える。その後、2005年に当時ダブステップとグライムのリリースを積極的に行っていたPlanet-Muからシングル『Gunman / Smart Bomb』をリリースする。

「僕らの友達のRob (DJ Pinch)がPlanet-Muにトラックを送って、Planet-Muが僕らにアルバムを作らないかと言ってきた。それから、Mikeに合った。南ロンドンに僕が借りてたスタジオに彼がやってきたんだ。僕はレーベルのことは何も知らなかったけど、Mikeはたくさん音楽を教えてくれて面白かったよ。(Jamie Teasdale)」

そして、歴史的名盤アルバム『Degenerate』をPlanet-Muから発表。『Degenerate』はグライムとダブステップのフォーマットを軸に、ノイズやドローンといった要素も大きく取り入れ、それによって深く重いベース・サウンドを作り上げている。実験的な側面も強いが、ダンスミュージックとしての枠からは離れていないのも重要で、これによってエクスペリメンタルな手法や表現を使ったトラックがベースミュージック・シーンやリスナーに響き渡っていったのだと思う。
Jamie Teasdaleは『ブレードランナー』から強く影響を受けているのを公言して、実際に映画からのサンプリング(Vex'd「Angel」)も行っており、『Degenerate』の背景には『ブレードランナー』の存在も欠かせない。ちなみに、Jamieは数年後『Blade Runner Blackout 2022』のサントラにKuedoとして参加している。

『Degenerate』はグライムやダブステップ、ジャングルとドラムンベース、そしてUK Raveミュージックのメンタリティがノイズやドローン、そしてサイバーパンクな世界観と強く繋がった芸術的な作品であり、2000年代を代表する歴史的なアルバムでもある。


「Vex'dの音楽をGrime/Dubstepにする予定はなかった。とにかくVex'dのアルバムを作ろうとした。もちろん、アルバムに反映されてないアイデアもたくさんあった。すごいダブとかヒップホップっぽいのとか、アンビエントっぽいアイデアもあって、ラッパーと一緒にやったりもした。けど結局アルバム用に選んだ曲はポストガレージ系みたいな音で一緒に作ったやつだった。で、最終的にはGrime/Dubstepなアルバムに仕上がって、まさに偶然、僕らはそのシーンの一部になってたんだ。(Jamie Teasdale)」
「ああ、困ったな。大昔のことだから難しいなあ。記憶力があまり良くないんだ!僕の精神的な状態は酔っ払いの状態とハイの状態とで誇大妄想的になっている状態と不安定な状態が入り混じった状態だったと思う。僕のMPCと、僕等二人の古びたMac G4を使って作曲したのは覚えているけれども、何のソフトウェアを使用したのかさえ覚えていないな。長い間CubaseをAtari上で使っていたのは記憶にあるけれども、あれは『Degenerate』の前だったような気もする。
当時、僕の音楽への取組みはグチャグチャだったけれども、それとは逆にJamieはもっとプロとしての姿勢で制作に取り組んでいた。でも確かに君の指摘は正しくて、グライムとBlade Runnerとメタルとダブを混ぜ合わせて何か新しいものを作り出したかったのは確かだ。僕の見解では、僕がダブステップをやっていたことは一度もない。今となっては『Degenerate』は過去のことだけど、僕は未だにあのアルバムの出来を誇りに思っている。(Roly Porter)」


Vex’dは『Degenerate』以降、さらにインダストリアルやメタル的な要素を強める。2000年中頃から後半に掛けてのVex'dの曲は、彼等と近い時期に似た様なメタリックなダブステップをクリエイトしていたDistanceとの類似性も見出せるが、Vex'dはさらに実験的であり、徐々にダンスフロア以外の場所にも意識を向けていく作りとなっていった。

カナダのヘヴィ・ドローン/ドゥーム・メタルユニット「Nadja」や、実験音楽化のJohn RichardsとGéniaのコラボレーション作、The Elysian Quartet/Gabriel Prokofievへのリミックス提供なども行い、モダンクラシカルな方向性にも近づいていく。この頃にベースミュージック・シーンでドローンやモダンなクラシックとの邂逅を果たしていたアーティストは稀であり、彼等がこの時期に残した実験的なベースミュージックは、2010年代に展開されていくBlackest Ever BlackやDifferent Circlesに通じるものがある。

2000年中頃からソロでの楽曲制作も行い、Roly PorterはArmour名義でのリリースやSurgeonのリミックス、Scientistのアルバムにも参加し、Jamie TeasdaleはDakimhやJamie Vex'd名義でヒップホップやスクウィーを独自解釈した作品を発表。Roly Porterはダブからの影響からか重心が低く、メタリックな質感のある曲を作り歪みを増していた。Jamie Teasdaleはメロディアスで繊細なビートのアプローチを追求していき、Kuedoへと繋がっていく。

「KuedoとVex'dは、正反対。
Kuedoはメロディアスで、時々ロマンチック。Vex'dの音楽は慎重にプログラムされてるけど、Kuedoはもっと人間的な感情も入ってる。全体を通して自然に身体がうごくまま演奏して、レコーディングした。
Vex'dは2人の人間による共同プロジェクトだから、個人的意見よりもコンセプトを重視してることがKuedoと全然違う。たぶんVex'dの作業は、映画の台本づくりに似てると思う。KuedoもVex'dも、どっちも未来派主義なんだ。(Jamie Teasdale)」

「特定のタイプの音楽を作曲することに対して、プレッシャーを感じるようになってからすぐに、居心地の悪さを感じるようになった。アルバム『Degenerate』が生まれたのは自然な結果だったし、僕ら二人が当時聞きたいと思っていた音楽にすんなり合ってた。
KuedoとしてのJamieのソロ活動は、彼個人の音楽に大きな展開をもたらしたと思うし、僕は僕で自分のソロ作品をとても誇らしく思ってる。もしVex’dとしての活動をあのまま続けていたら、僕らは現在みたいに、独自のアイディアを効果的に発展させることはできなかったと思う。将来また一緒に活動して、何が起こるかを見てみることができたらなと願ってはいるけどね。。。(Roly Porter)」

2010年にVex'dとしての最後の作品『Cloud Seed』をPlanet-Muから発表。
今作はVex'dとして制作したリミックスや過去にリリースしたシングルなどをまとめたコンピレーション的な内容であった。ダブステップやグライムといったフォーマットから離れ、更にノイズとドローンなベースが増し、『Degenerate』とは違ったVex'dの側面を映し出している。

アルバムとしての統一感にはかけるが、以前よりも表現の幅も広がり、作り込まれた世界観とサウンドデザインには深く魅了される。『Cloud Seed』も『Degenerate』と同様に素晴らしい作品であり、今また改めて再評価すべき作品の一つでもある。

『Cloud Seed』以降、Jamie TeasdaleとRoly Porterは別々の道を歩み、Jamie TeasdaleはKuedoとしてリリースしたアルバム『Severant』が世界で絶賛され、Roly Porterもアルバム『Aftertime』でネオクラシカルやドローン界隈で高い評価を得た。
2015年にはKuedoのEP『Assertion Of A Surrounding Presence』にRoly Porterが参加し、Planet-Muの周年イベントにVex'dが一夜限りの復活をするなど、嬉しいニュースが続き、自分が制作したドロヘドロのサウンドトラックにRoly Porterが参加してくれたりもした。

その後Jamie TeasdaleとRoly Porterは順調にお互いキャリアをステップアップさせ、アーティストとしての進化を続けている。

「Planet Muのバースデーパーティーでは、同窓会的な気持ちでレーベルの記念イベントを祝うために公演した。何年間も活動してる素晴らしいレーベルだから、その記念日の一員として何か特別なことをしたかった。新しいトラックは全く制作してないけど、いつの日かまた一緒に曲作りができればいいなと思う。公演はすごく楽しかったし、僕が心のどこかで彼とのプロジェクトがなくなって残念がってることにも気づかされたよ。お互いのソロも混ぜて公演したし、それを『Degenerate』時代のリリースともミックスした。(Roly Porter)」


Vex'dの功績とは何かと考えると幾つかあるが、その中でも個人的に感じたのが、UK Raveミュージックのアップデートを行った事かもしれない。Vex'dの音楽をRaveミュージックというカテゴリーに入れるのは難しい部分もあるかもしれないが、彼等は明確にRaveミュージックを意識した曲を作っていた。それは初期の曲に解りやすく表れているが、表面的な部分ではなく、もっと深い部分でRaveミュージックのコアな部分を彼等は追求し続けていたのかもしれない。それはまさに、現代のPost Raveという概念に近く、その原型を彼等は2000年代に作り上げたのではないだろうか。

「dubstepに関して、僕はもう別の世界にいる。もはや成長とともに離れた古い友人とか、元カノみたいな感じ。
だけど、raveは違う。広い意味でベースミュージックを考えると、raveはいつもレベルが高くて新しい音楽を数多く生みだしてる。Night Slugs、Hyperdub、Swamp 81は本当にハイレベルな新しい音楽を作ってると思う。(Jamie Teasdale)」

そして、最初期のダブステップ・シーンで活動していたVex'dによって、早い段階からベースミュージック・シーンの中にもレフトフィールドな曲の居場所が作られて来たのだと思う。
Vex’dとしての活動期間は短かったが、自分を含めて多くの人々の意識を変えてくれた。

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