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Electric Kettle再考

どのジャンルにも過小評価されているアーティストはいるが、ブレイクコアに限っていえばフランスのElectric Kettleに対する評価は正当なものとは思えない。特に日本での知名度と評価は正直低い。

カットアップを多用したブレイクコアの土台を作り上げ、ライブミュージックとしてのブレイクコアを開拓し、既存のスタイルや定義から離れたところでブレイクコアを表現し続けたElectric Kettleの功績を纏めてみる。

Matthieu BourelのソロプロジェクトであるElectric Kettleは2003年にPeace Offからデビュー作となる12"レコード『Faster Ceremony And Ultra Discipline』を発表。今作は多種多様な音楽の断片が細切れにされ、ディストーション・ビートの上でリズミカルに鳴らされるというカットアップ・ブレイクコアの名盤である。
今作でのスピーディーでファンキーなグルーブによって、歪んだブレイクスやハードコアのキックをランダムに打ち鳴らすElectric Kettleの手法に影響を受けたブレイクコア・アーティストは結構いるはず。リズミックノイズやエクスペリメンタル・ハードコアとも違ったインダストリアルな質感も非常に魅力的だ。当時、このレコードが新宿NeDSのテクノイズ・コーナーに置かれていたのも印象深い。

2003年に始めて大阪を訪れた際にOVe-NaXxの家に滞在させて貰っていたのだが、当時リリースされたばかりの『Faster Ceremony And Ultra Discipline』をOVe-NaXxは高評価していた。他にも、今作をフェイバリットに挙げるアーティストは少なくない。

前年にアメリカのJason ForrestはDonna Summer名義でアルバム『To All Methods Which Calculate Power』でコラージュ的な手法を用いたIDM色の強いカットアップ・ブレイクコアを披露しており、このアルバムもカットアップ・ブレイクコアの歴史においては非常に重要であるが、『Faster Ceremony And Ultra Discipline』の方がブレイクコアの概念を具現化している。

Jason ForrestはアメリカのIDMやグリッチ・シーンから登場した電子音楽家であったのもあり、当初の彼の作風にはIDM/グリッチの要素が大きい。Electric Kettleはディストーテッドなブレイクスとサウンドを当初から主軸にしており、90年代後半から2000年初頭のブレイクコアに影響されていたと思われる。

2005年に二作目となる12"レコード『Drunk & Disorderly』をCombineから発表。Electric Kettleのブレイクコア・スタイルが確固たるものとなっており、この頃既にブレイクコア・シーンでElectric Kettleは無視出来ない存在となっていた。

Electric Kettle ‎– Drunk & Disorderly

2000年代のブレイクコア・シーンでElectric Kettleがリスナーだけではなく、関係者達からも熱烈な人気とリスペクトを集めていたのは、独創的な作品と同じく、リアルタイム性を重視したライブパフォーマンスにあった。

過去に一度だけElectric Kettleは来日しており、自分は東京でライブを見る機会があったのだが、それは今まで見たブレイクコアのライブ・アクトの中で最上位のものであった。
当時のブレイクコアのライブパフォーマンスといえば、リアルタイムでエフェクトを操作したり、ブレイクビーツやノイズをトラックに被せるなどが基本的であったが、Electric Kettleの場合は大部分をリアルタイムで演奏し、曲を構築していくような流れであった。Killer-Bong/K-BOMB氏がMPCで行っているライブにも近く、インプロビゼーションによって偶発的に生まれるものを重視し、同じライブは二度とないスリリングなものであった。

2012年にElectric KettleのBandcampで配信された『Skulls & bones from Sierra Leone』は彼のライブセットを凝縮したような内容であり、13分という尺を長いと感じさせない刺激的な構成である。

一度ライブを見ただけで完全に虜になってしまったのは自分だけではないようで、Electric Kettleの作品数は相当少ないがヨーロッパでのギグの数は多く、Therapy sessions、PRSPCT、Smackdownといったドラムンベース/ハードコアのパーティーから大規模フェスティバルへの出演も頻繁にあり、ライブアクトとして絶対的な人気をヨーロッパで得ていた。

そして、2007年にPeace Offから2枚組LP『Camels To Cannibals』を発表。オリジナル曲に加えてElectromeca、Norman Bambi、El Gusano Rojoのリミックスを収録した全14曲入りというボリューミーな内容。残念ながらLPのみでデジタル販売はされていないのだが、今作は間違いなくブレイクコア史に残る超名盤である。ファンキーでハードなカットアップのグルーブはシンプルになり、どんな人でも思わず体を揺らしてしまうビートを奏でている。

ちなみに、ElectromecaとElectric Kettleは学生時代からの友人であったそうで、今作に収録されている「When Kettle Meets Meca」は両者の色が完璧に融合した凄まじい曲を生み出しており、彼等の相性の良さが曲になって表れている。

Electric Kettle – Camels To Cannibals
Electric Kettle – Camels To Cannibals

幾つかのコンピレーションに参加した後、2012年にPraxisから4曲入りの12"レコード『News From Berlin』を発表。Peace Offからリリースしていたカットアップ・ブレイクコアやファンキーな側面は抑えられ、全体にシリアスな雰囲気が漂うインダストリアルチックなブレイクコアが収録されている。
UKハードコアの重鎮Bryan Furyとのコラボレーションやハードコア・シーンとの関わりが増えていたのも少しは影響していると思われるが、『Faster Ceremony And Ultra Discipline』の頃からあったElectric Kettleのディストーテッドな側面が増加している。これぞブレイクコアと言いたくなる最高の作品だ。

『News From Berlin』ではElectric Kettleが生み出してきた様々な手法を封じ、全てを一新して生まれ変わっている。以前よりもパワフルで攻撃的な姿からはブレイクコアの反骨精神と狂暴性を存分に映し出しているようだ。

その後、Bruits De Fondのコンピレーションに参加してからはElectric Kettleとしての音源リリースはストップ。Peace OffやPRSPCT、Bang Face Weekenderに出演するなどしていたが、現在まで纏まった作品の発表は無い。

Electric KettleはEK DOJO名義でデザイナーとして活動しており、Venetian Snares、Carl Craig、Somatic Responsesのジャケットを製作。EK DOJOのWEBサイトには多数の作品が観覧可能となっている。
Murder ChannelからリリースしたMonster XのミニアルバムとリミックスアルバムはEK DOJOが作ってくれた。

音沙汰が無かったElectric Kettleであるが、去年突如として新曲をSoundCloudにて公開。半年前にも1曲公開しており、そのどれもが素晴らしい曲である。
2000年代のブレイクコア・シーンに多大な影響を与えたElectric Kettleが再びカムバックして新作を届けてくれるのをとても楽しみにしている。


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