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Hardcore Technoの奪還 / Manu Le Malin & kmyle『Little Big Man』に寄せて

ここ数年ハード・テクノを取り囲む状況は目まぐるしく変化しており、今年に入ってからもその勢いは加速し続けている。ハード・テクノのBPMは上がり、ディストーションやフーバー・シンセを大幅に取り込んだ一部のハード・テクノはハードコア・テクノと呼べるものになっているが、その関係性は曖昧な状態ともいえる。これは2000年代に起きたインダストリアル・テクノのハード・テクノ化を連想させる部分があり、細分化の細分化が始まりそうな気がする。

ハード・テクノのムーブメントはハードコア・シーンにも影響を及ぼしており、The Third Movementはハード・テクノ・レーベルBroken Strainを始動させ、Ophidian、Rude Awakening(DJ Promo)、PLEXØSなどがシングルをリリース。次世代のインダストリアル・ハードコア/UKインダストリアル~クロスブリードをプッシュしているPrototypes Recordsもハード・テクノ・レーベルCrusaders Recordsを立ち上げ、The SATANのハード・テクノをリリースした。
インダストリアル・ハードコアの鬼才Igneon SystemはCancel名義でハード・テクノ・シーンに参入し、その地位を獲得。自身がキュレーションするレーベルやイベントを通じてハード・テクノとインダストリアル・ハードコアの邂逅を進めている。

この流れの前に Industrial Strength RecordsがサブレーベルHard Electronicを設立し、Dave Delta(Delta 9)やTymon、D.A.V.E. The Drummer & Lenny Deeのシングル/EPでハードコア・テクノとハード・テクノを行き来するハイブリッド・トラックを展開。Tripped主宰のMadBack Records、The Outside Agency主宰のGenosha Basicなどもハードコア寄りのテクノにフォーカスしたトラックをリリースしていた。

だが、ハード・テクノとハードコア・テクノの混合をDJ/プロデューサーとして長年に渡って追求し、多くのフォロワーを生んだのがフランスのManu Le Malinである。90年代からハードコア・テクノを軸にテクノ、トランス、インダストリアル・テクノ、フレンチコアをミックスしており、Manu Le Malinのスタイルに影響を受けたプロデューサー/DJは多く、特にインダストリアル・ハードコア・シーンに与えた影響は計り知れない。

2020年代に突入してからもテクノをメインとしたThe Driver名義やElectric RescueとのユニットW.LV.Sでも精力的に活動しており、ハード・テクノ系の大型イベントにも頻繁に出演しているようで、Manu Le Malinが活動初期から一貫して貫いていたスタイルが現代において再評価されているように見える。

去年のハイライトとして挙げられるのが、Manu Le Malinが開拓した実験的なインダストリアル・ハードコアの流れを受け継ぎ、その可能性を広げている[KRTM]とSomniac OneとのB2Bを披露したことだ。インダストリアル・ハードコアのプロデューサーとしてキャリアをスタートさせた[KRTM]とSomniac Oneであるが、Manu Le Malinと同じく様々な音楽の要素を受け入れて自身のスタイルを進化させ続けており、多くの部分で彼等には共通したものがあり、Manu Le MalinとのB2Bがどんなセットであったのか非常に気になる。

「いつも若いプロデューサーが登場して新しいスタイルを生み出しているように感じる。だから、自分のスタイルが完全体だと思わないし、これからも進化を続けていくつもりだよ。(Manu Le Malin)」

『ハードコア・テクノ・ガイドブック オールドスクール編』から抜粋

そして、先日Astropolis RecordsからManu Le Malin & Kmyle名義でシングル『Little Big Man』が発表されたのだが、これが本当に素晴らしかった。

『Little Big Man』にはフレンチコアの実験精神、インダストリアル・ハードコアの歪みの美学、トランスの浮遊感、テクノの絶対的なグルーブなどが合わさっており、Manu Le MalinがDJ/プロデューサーとして扱ってきた様々なジャンルがドロドロに溶けて一つになった凄まじく厚みと重みがある歴史書のような1曲。これこそがハードコア・テクノである、と言いたくなる伝統的かつ未来を見据えた新しい音楽であった。
昨今のハード・テクノ然り、嫌でもトレンドに反応しなくてはいけない場所にいながらも不必要な影響は受けず、自身が追い求めるサウンドと世界観にのみ心血を注いでいるManu Le Malinの核となるものが存分に感じられて感動した。

『Little Big Man』には我々が見失いがちなハードコア・テクノの本質があり、今まさに聴かれるべき1曲である。

「最近のテクノ・シーンはとてもエキサイティングで、テクノの文化が始まった当初を思い起こさせる。(Manu Le Malin)」

『ハードコア・テクノ・ガイドブック オールドスクール編』から抜粋

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