見出し画像

「私の履歴書」株式会社Floom取締役 星子豪志

株式会社Floomの代表取締役の新井です。
今回の記事は弊社メンバーのバックグランドをお伝えするシリーズ「私の履歴書」の第2回目になります。
今回はFloomの取締役で、私の小学校時代の同級生でもある星子をご紹介します。
星子は新卒で採用コンサルティング会社に入社し、その後マイナビ社を経て、Floomの採用事業の責任者をしている採用・人事のスペシャリストになります。



略歴
株式会社アイ・パッション
株式会社マイナビ
株式会社Floom 取締役


プロミュージシャンになりたい?”違和感”との出会い

大学時代からバンド活動をしており、メジャーデビューを掲げて活動していました。
自分たちの思い描く「カッコいい」を追求しつつも、見に来てもらえるお客さんと一緒に声を出したり振りを付けるなどをして自己満にならない、価値を感じてもらう空間づくりに徹しました。
某有名なバンドコンテストでファイナリストまで行き、最終選考に落ちてしまった瞬間。周りのメンバーが悔しそうにしている中で、なぜかほっとする自分と出会いました。
その瞬間、「あ、自分はプロドラマーになりたいのではなく、自分自身の感じている”好き”を周囲に広げる活動がしたいんだ」と気付き、その翌月にバンドを脱退してビジネスの世界に進むことを決めました。

小さい組織で小回りを聞かせながら必死に働く

新卒で入社したのが当時渋谷にオフィスを構えていた社員10名程度の採用支援の会社でした。オウンドメディア事業、代理店事業、イベント事業とWEBからリアルの出会いを創出する会社で、私は主に従業員数300名以下のベンチャー企業の新卒採用領域の支援に従事していました。
平日は営業活動として新規営業から提案、受注後のフォローまで一気通貫で行い、土日は地方の採用イベントの司会や運営を行うなど、若くして裁量を持ちながら仕事を行う環境でした。その後はバックオフィスや採用代行事業のサービス化にも携わりました。成長スピードと変化の激しいベンチャー企業の経営者のマインドを浴び続けながら自分を奮い立たせて働きつつ、学生から社会人になるキャリアの変化にも携わることができ、常にマルチタスクになりながらも良い意味で必死で働いていました。

より深みを目指して、ベンチャーから大手への転職

1社目で「ヒトを集めて採る」という採用領域に従事した私は次のステップとして「入ったヒトの定着~活躍」の研修領域に強く興味を持ち、当時100名弱ほどの事業部だった株式会社マイナビの教育研修事業部に転職しました。従業員数10名程度のベンチャー企業から従業員数1万人超の大手企業へのジョブチェンジ。
企業文化やルールの違いは思っていた何倍も変わり、アンラーニングに苦労したことを今でも鮮明に覚えています。
ですが、会社の圧倒的な知名度があることで、中小企業から大手企業まで幅広い層の法人企業と対話をする機会が圧倒的に増え、1社1社と深く向き合うことができました。
「研修のバリューをどのようにで感じてもらうのか?」
「これで本当に受講者が成長し、会社が成長するのか?」
という自身の疑問と向き合いながら日々仕事に打ち込んでいました。
会社から求められるKPIを達成しつつも、極力パッケージは売らないことを決め、意図的・計画的・継続的な研修を企業ごとにカスタマイズしながら提供していました。
当時は会議室に受講者と講師が出向き、会議室などで研修を実施する「集合研修」が一般的でしたが、コロナになりオンラインでの研修実施対応を余儀なくされたカオスな状況にも立ち会えたことも今となっては良い経験です。

枠に収まらず、パラレルに生きる。

これからの自分自身のキャリアについて考えたときに大手に居続けるイメージが湧かず、独立を決断をしました。独立してからは今まで培ってきたビジネススキルを活かしながら、企業の事業支援と採用支援を行っています。
私自身は「らしさがあふれて、らしくある」という言葉を大切にしながら仕事をしていました。
その中で小学校の同級生であるFloom代表の新井から「らしさを引き出すブランディング会社を起業した」と連絡が入り、私の価値観と近しいこともあり、今に至ります。

「自分らしさって何だろう?」
私も独立当初は全く見えませんでしたが、多くの人との対話を重ねて行くことでだんだんと自分の特性や色(カラー)が見えてきました。
今後もFloomの一員として企業の”らしさ”を引き出し、支援企業が増えていくほどに”彩り”が豊かにしていく。
その結果、ビジョンで掲げている「らしさであふれる社会」を目指してこれからも活動を深めていきます。