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『守護神 山科アオイ』11. ニセ警官聴取

 女性探偵がニセ警官の額に銃をつきつける。
「これでも、黙ってるつもり?」
「そんなことしても、何も言うものか」
ニセ警官が、初めて口を開く。中国語訛りの強い日本語。
「殺されてもいいの?」と探偵。
「俺は、お前らに捕まった。ここから逃げ出せて仲間の所に戻れたとしても、何か吐いたに違いないと疑われ、拷問される。ここで楽に死んだ方がマシだ」
「誰が、楽に死なせてあげると言った?」
慧子が氷のように冷たい口調で言う。
「『緩慢な死』を、知らないの? 途中であなたが『もう、死なせてくれ』と泣いてすがるほど、じわじわ、ゆっくり殺してあげる」
慧子の目が、メガネの奥で冷たく光る。

「慧子、悪趣味なことを、言うな」
アオイは止めに入る。慧子は虫の居所が悪い。下手すると、本当にやりかねない。
「ふん、仲間から受ける拷問も、その『緩慢な死』ってやつだ。仲間にやられるより、ここでお前たちにやられた方がマシだ」
ニセ警官が捨て鉢になる。
 男性探偵がアオイに向かって口を尖らせる。
「君さぁ、動揺してる方のニセ警官を選ぶって言ったよねぇ? こいつ、動揺してるどころか、居直って腹が座ってるじゃん」
「比較の問題だよ。もう一人にしてたら、もっと腹が座ってたはずだ」
アオイは軽く受け流す。

 いま、アオイたちは、探偵が指定した隠れ家にいる。臨海部の再開発から取りされた一画にあるボロ倉庫。中は空っぽで、管理人もいない。アオイたちはニセ警官をイスに縛り付け、なぜ和倉を狙ったのか訊き出そうとしているが、ニセ警官は頑なにだんまりを続け、銃をつきつけても、この有様だ。

「言っとくが、俺たちみたいな下っ端は、組織からやれと言われたことをやるだけだ。何のためかなんて、知らされやしない」
一度口を開いたらタガが外れたとみえ、「組織」などと、言わなくても良い言葉を口にする。
「今、『組織』と言ったわね。あなた、チャイニーズ・マフィアの一員ね。どこの組織の人間なの?」
女性探偵が突っ込む。

 ニセ警官の顔にしまったという表情が浮かぶ。自分が犯したミスに気づいたのだ。
 しかし、素早く立ち直り
「そのくらいは、教えてやる。『クリムゾン・タイガー』だ」
と答える。慧子と女性探偵が同時にアオイを見る。アオイは首を横に振る。
「そう、『シャンハイ・ウルフ』ね」
探偵がニセ警官の心の底まで見通すような視線を向ける。ニセ警官が、アオイでなくても分かるくらい、あからさまに動揺する。
「あたしが言う必要もないと思うけど、こいつは、その『シャンハイ・ウルフ』のメンバーだよ」
アオイが念押しする。

「他に、何か隠していそう?」
女性探偵がアオイに尋ねる。
「えっ?」
戸惑うアオイに、慧子が笑いながら言う。
「あなたの直感の信者が増えたみたいよ。教えてあげなさい」
「こいつ、もう、デカイ隠し事はしてない感じがする。あっ、でも、ホテルに来た他の二人の名前とか、仕事を命じた奴の名前とかも知ってるはずだ」
「俺は、絶対に言わない!」
ニセ警官が叫んだ。
「言わないと、本当に、ゆっくりと、なぶり殺しにするわよ」
女性探偵が粘っこい言い方になる。

「俺は独り身だから、どうなってもイイ。だが、俺の仲間も俺に仕事を命じた奴も、組織に家族を人質に取られてる。奴らの線をたどってあんたらが組織に食いついてきたら、奴らの家族が殺される。だから、俺は、どんな目に遭わされようと、絶対に、奴らの名前は言わない」
慧子がニセ警官を見て、目と唇の端に冷ややかな笑みを浮かべる。
「みんな、そう言うわ。だけど、人間なんて、そんな強い生き物じゃない。結局、みんな、吐く」
ニセ警官が慧子をにらむが、視線が微妙に揺らいでいる。

「いいわ。尋問は、ここまでにします」
女性探偵が言った。
「探偵さんがそんなアッサリしてて、いいの?」
慧子の口調に非難が混じる。
 女性探偵が慧子に微笑んで返す。
「私は探偵である前に、人間です。この人の態度に、人として感じるところがありました」
「あら、甘いのねぇ」
慧子が苦笑する。

「コー君、倉庫からナイフと保存血液を持ってきて」
「えぇ、あれを、やるんすか?」
「いけない? 組織の名前は訊き出した。もうお役御免にしてあげてもイイでしょ」
「待て、殺すんなら、撃ち殺せ。ナイフは嫌だ」
ニセ警官が引きつった声を出す。
「いいえ、ナイフで刺してもらいます」
女性探偵の答えにニセ警官が肩をふるわせる。
「アオイ、あなたは18歳未満だから、目をつぶっていなさい」
慧子がアオイに言う。

 男性探偵がナイフと血液の入った輸血パックを手に戻って来た。女性探偵がニセ警官に言う。
「私たちと争い、刺し殺したことにして、組織に戻るといいわ。輸血パックの血を身体にかけ、私たちの返り血を浴びたことにすればいい。それから、自分の身体のどこか、急所を外して歩くのにも困らないところを刺して、私たちにやられたことになさい。ただし、ナイフを持ったことで変な気を起こしたら、即、撃ち殺す」
 女性探偵がニセ警官に銃を向け直す。男性探偵が輸血パックを床に置き、警官を椅子に縛り付けた紐をナイフで切り、ナイフをニセ警官の前に投げる。

「こんなことがうまく行くと思ってるのか?」
ニセ警官が言う。
「どうかしら? でも、うまく行かなくて困るのは、あなたよ。私たちではない」
女性探偵が応じる。
 ニセ警官が、ひとつ、大きく息つく。まず、ナイフで輸血パックを切り裂き、血液を自分の白いシャツにかける。続けて、ナイフを両手で支え持ち、自分の右肩に突き刺した。「うっ」とうめき声が上がる。
 ニセ警官が「はぁ、はぁ」と大きく息をつきながら肩に突き立ったナイフを抜こうとすると、女性探偵が銃を天井に向けて発射する。ニセ警官がびくっとして、手を止める。
「ナイフは、出口で抜きなさい。私たちがあなたの返り血を浴びると困る」

 アオイたちは、ニセ警官がふらつく足取りで倉庫の出口まで行き、肩口からナイフを抜いて出て行くのを見届けた。
「この『隠れ家』は、もう使えない。別の『隠れ家』に移動しましょう」
女性探偵が何事もなかったように言った。

〈「12, 人気者」につづく〉