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『守護神 山科アオイ』12. 人気者

「和倉さんファンの多さに、驚いています」
女性探偵・世津奈が、和倉に微笑みかける。
「ビジネスホテルに来た殺し屋三人。ビジネスホテルからクルマで尾行してきた連中。それから、産業スパイの、なんて言ったっけ?」と、アオイ。
「香坂直美」と、男性探偵・コータローが補う。
「そうそう、香坂直美。それにチャイニーズ・マフィア」
「超・人気者ですね」と、世津奈。

「でも、ファンが順番に訪ねてきたところを見ると、和倉さんは整理券を配ってあったのね」
慧子が目と唇の端に冷ややかな笑みを浮かべ、からかうように言う。慧子と付き合い慣れていないとカチンとくる態度だが、和倉に動じた気配はない。
「顔ぶれは多彩でしたが、全部、創生ファーマが雇ったのでしょう」
と冷静に応じる。和倉は、最初のころの丁重な態度に戻っている。

「創生ファーマが、どうして産業スパイの香坂直美を雇うんすか?」
コータローが訊くと、和倉が
「私を陥れて、内部告発の信ぴょう性を失わせたかったのでしょう」
と答える。
「おいおい、創生ファーマは、あんたを殺して内部告発を握りつぶそうとしてんだろ。信ぴょう性なんて、問題にならないはずだぞ」
アオイが突っ込む。
「でしたら、香坂直美も実は殺し屋で、私を殺害するチャンスを逃しただけかもしれません。探偵さんたちは、彼女を捕えたとおっしゃいましたが、殺し屋を兼業していないか、ちゃんと調べましたか?」
和倉がアオイから向けられた矛先を、探偵二人に転ずる。

 ここは、都内の廃工場。女性探偵・世津奈が慧子に指示した二つ目の隠れ家だ。元は事務所に使われていたらしい部屋の中央に丸テーブルが一つ置かれ、アオイたちは、それを取りまいてイスに腰かけている。工場の建屋も製造設備も汚れ放題だが、不思議とこの部屋だけは清潔に保たれている。

 和倉への聴取を始める前に、アオイたち四人は、お互いをファーストネームで呼び合うことに決めていた。アオイと慧子がそうしているのを見て羨ましくなったからと、世津奈が提案してきたのだ。
 アメリカ生活が長いアオイと慧子には全く抵抗がなかったが、コータローは「この国の根幹は長幼の序です」などと歳に似合わぬことを言いだし、結局、彼はアオイ以外の全員をファーストネームに「さん」づけて呼ぶことで落ち着いた。アオイは自分より年下だから呼び捨てで良いというのが、コータローの理屈だ。

「しかし、会社勤めの研究員ひとりに、香坂直美も含めて四組もの殺し屋を差し向けてきますかね?」
コータローが首をひねる。
「和倉が、実は、特殊部隊出身とか元傭兵とか、そんな経歴の持ち主だったりして」
アオイは冗談めかして言ったが、実は、本当にそういうこともあるかもしれないと疑ったのだ。だから、和倉の反応を見るために、言葉にした。
 しかし、「まさか」と答える和倉から心の揺れは感じられない。和倉は、一応普通の研究者だと思ってよさそうだ。

「殺し屋三人組、クルマで尾行してきた連中、産業スパイ、チャイニーズマフィア、それぞれに別々の雇い主がいるのではないかしら?」
と慧子が言い出す。
「和倉さんを殺したがっている人間か組織が、全部で四組もいるということですか?」
世津奈が驚いたように訊き返す。
「チャイニーズマフィアのニセ警官は、和倉さんに『署まで同行しろ』と言った。文字通り、和倉さんを連れて行くつもりだったのよ。つまり、チャイニーズマフィアの雇い主は、和倉さんを生かしたまま何かをさせたかった」
と、慧子が答える。
「彼らは私からニセ警官だと指摘されたから銃を抜いただけで、本当は平穏無事に和倉さんを連れ去るつもりだったと考えられますね」
と言って、世津奈がうなずく。

「うんっ」と、アオイがうなる。
「和倉さんに用がある奴がニセ警官を送り込んできたこと。香坂直美が和倉さんから情報を手に入れたがったこと。この二つが、関係してんじゃないか?」
「ほほぅ、案外頭が回ってるんじゃん」と、コータロー。
「『案外』は失礼だ。当然のこととして、あたしの頭は良く回っている」
 世津奈が、和倉に向き直る。
「和倉さん、香坂直美との間にどんなやり取りがあったかお尋ねしている最中にニセ警官という邪魔が入ってしまい、話が途中になっていました。もう一度、色々と詳しく、うかがわせてください」
「香坂直美との件は、あそこで話したことが全てです。あれ以上、話すことは、何もない」

 アオイは和倉が激しく動揺しているのを感じる。和倉がホテルで香坂直美との関りを語った時も、アオイは、和倉の心の揺れを感じていた。アオイは
「世津奈」
と、声をかける。
「なに?」
世津奈と慧子が同時に答える。アオイは和倉をにらみながら言う。
「この人、香坂直美との間で起こったことを、まだ、いっぱい隠してるよ。シッカリ問い詰めて、全部話してもらおうよ」
和倉がアオイをにらみ返す視線が揺れていた。

〈「13. 感傷的な男」につづく〉