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『守護神 山科アオイ』35. スポンサー

 バー・マーロウで名前の由来をしつこく訪ねてくる佐伯を世津奈がはぐらかしているころ、アオイ・慧子・幸田の隠れ家では、慧子と幸田が和倉の恩師、遠山教授のPCへの侵入を図っていた。二人は、それぞれ別ルートで海外の複数のサーバーを経由して侵入しようとしている。
「さすが研究者のPCだな。ガードが固い」
幸田がぼやく。
「もう一息なのだけど、最後の壁が高い」
慧子が画面に目を凝らして言う。

「コーヒーのお代わり、いるか?」
二人の仕事を後ろからのぞいていたアオイが尋ねる。
「いや、さっきもらったばかりだ」
「私も、今はいいわ」
 アオイが慧子と幸田の背中に向かって唇を尖らせる。
「おい、あたしにもやらせろ。この隠れ家にはPCがもう1台あるじゃないか。お茶くみばかりじゃウンザリしてくる」
慧子がPC画面から顔を上げ、振り向いてアオイを見る。
「あなたは、ハッキングのやり方を知らないでしょ」
「だから、教えろ」
「他人のPCをのぞき見するのは悪趣味よ。そんなことを覚える必要はないわ」
そう言って、慧子がPC画面に目を戻す。

 アオイはあきらめない。
「仕事に必要だ。ハッキングが出来ないと、半人前だ」
「それも一理あるな」
幸田が画面をにらんだまま同意する。しかし、すぐに「ただし」と続ける。
「ただし、まだ早い。18になったら、私が教えてやる」
「なんで、18歳だ?」
「18歳から選挙権を持つ。つまり18歳は大人の入り口だ。汚れ仕事は大人のすることだから、君が大人の仲間入りしたら教える」
「はぁ? わけわかんねぇ」

「ビンゴ!」
慧子が、机の上で、彼女にしては珍しく小さくガッツポーズを取った。
「入れたか?」
「入った。スポンサー情報はどこかしら?」
「ファイルだけでなくメールも見たほうがいい。メールは私が引き受けるから、パスワードを教えてくれ」
幸田が言い、慧子が幸田にメモを渡す。

 2時間後、慧子と幸田はハッキングの手を止め、アオイが淹れたコーヒーをすすりながら、話し合っていた。
「思いがけない魚がかかってきた」
幸田が興奮と困惑が入り混じった表情を見せる。
「米軍のことね。私はCIAで米軍がごく一部の日本の研究者に資金援助していると聞かされてはいたけれども、遠山教授がその対象だったとは、驚いたけわ」
「以前、複数の新聞が米軍が日本の公的機関や大学の研究者に資金提供していると報じたことが、記憶の片隅にあった。ググってみたら、報道されたのは2017年で、記事によると米軍側の窓口はAOARD(米空軍アジア宇宙航空研究開発事務所)で、2007年から2017年の間に8億8,000万円の資金を提供したとなっていた」
幸田の言葉に、アオイが目を丸くする。
「8億8,000万円を、慧子が言ったみたいにごく限られた研究者に払っていたのか? 一人当たりにしたら、大変な額にならないか?」
「いや、記事によると、かなり広範に配っていたようだ。研究成果が論文などで公開される基礎研究だけが対象と書かれているが、軍事転用の見込みのないものに米軍が金を出すとは思えない」
「AOARDを検索したけど、今でも活動しているのね」と、慧子。
「あぁ。ただ、2017年以降の報道が見当たらないのが、ちょっと不思議ではある」

「防衛装備庁が2015年に民間研究を資金援助する制度を作ったときには学会から反対論が沸き起こり、日本学術会議が制度の危険性を指摘する声明を出した。でも、その前から日本の一部の研究者たちは米軍の資金援助を受けていて、そのことには反対の声は挙がらなかった」
慧子の指摘に、アオイが顔をしかめる。
「米軍から金をもらうのは平気なくせに自分の国の防衛省が金を出すと言ったら反対する。まったく、この国の学者たちの気がしれない」
「米軍から金をもらったのと防衛省の資金援助に反対したのは別の学者だと考えたいところだな」
幸田が肩をすくめる。

「遠山教授は2005年から現在まで、ずっと米軍の援助を受けているのね。他の団体や機関からも援助を受けているけど、どれも単年度か2、3年の期限つき。米軍ほど長く援助を受け続けている相手はいないわ」
「その米軍から資金援助を打ち切ると脅されたら?」と、幸田。
「和倉を『シェルター』に近づけるのに一役買っても不思議はないわね」
慧子が答える。
 
 慧子と幸田の話にアオイが割って入る。
「だけど、遠山が他のスポンサーに何らかの弱みを握られていて、それをネタに脅されたかもしれないぞ」
アオイの指摘に幸田が答える。
「もちろん、その可能性もある。だが、『シェルター』がかくまっている人間と無縁のスポンサーは除外していいだろう」
「それは、そうだな」と、アオイ。
「ともかく、全部のスポンサーを『シェルター』に照会しましょう。それで対象を絞れるわ」
慧子の言葉にアオイと幸田はうなずいた。

〈『36. 鬼門』につづく〉

https://note.com/flickeofeternity/n/nbd5a9799d784