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追いかけてシドニー①

二歳の誕生日プレゼントは、乗り物、恐竜、虫の絵本にした。「かお!」とは私の名を呼んでくれているのだった。三冊の中で彼がもっとも気に入ったのは乗り物の絵本だった。電車や飛行機の絵にめくりがたくさんあって、そこを開くと中の様子が見えるようになっている。はしゃいだ子どもと大人たちは結局深夜まで布団に入らなかった。

深酒の朝、働かない頭で準備し友人家族の家を出て関空に向かった。まるでとなり町にでも出かけるかのように慣れきった足どりだった。シドニーの野外フェス、パンデモニウム2024に行くのだおれは。GANG OF FOUR だ DEEP PURPLE だ。

空港のレーンにはもうずらりと人が並んでいた。チェックイン終了まであと1時間はある。余裕だろう。私の前に並ぶ人参のような顔をした女子二人組がヒアルロン酸と骨切りについて話していた。そしてアメリカ住みたいよね、と言った。彼女らには円安なんて関係ないんだろう。

やっと自分の番が来て、パスポートを見せるもうまくいかないらしい。ベテランっぽいハキハキ女と2010年代髪梳き男(永井大似)が出てきてこう言った。「オーストラリアへ行くにはETAというビザが必要です。今から取得しても1日はかかるので明日の出発になります」

血の気が引いた。何言ってるんだこいつは。どうすればいい。食い下がっても無駄だった。ホーチミンで乗り換え5時間だからその間に取れるよ、といっても無駄。ええやんか、勝手に行って勝手に入国拒否になるからよお、と言ってもダメ。あと15分で受付終了。ああ、ああ。

ビザなんてアライバルで取るもんだと思ってた。日本のパスポートでビザが必要な国はインドやらパキスタンやらで、アメリカ以外の白人様国家では日本人はビザフリーとの認識があった。ウズベキスタンだって最近ビザいらなくなったんだぜ? しかし、オーストラリアもアメリカ化していたのである。なんのためにみんなの国際ATMやってんのよ日本バカヤロウ。おれのためではなかったのである。

急げ。ベンチに退避して態勢を立て直す。一縷の望みをかけてオーストラリアビザのページにアクセス。カード番号入力。セキュリティコード入力。支払いオーケー。決済メールが来る。脅威のスピード! あとはビザ発行を待つばかり。請求金額は1万5,000円。え? そんなにする? セネガルくらいすんの? ビザが大切な収入源である新興国なんオストラさん?

よくよく見ると、サイトの下の方に英語で「我々はオーストラリア政府とは関係がありません」と書いてある。F&Qの日本語がどこかおかしい。くどいのである。


こんなもんにひっかかるとは、、、


ああ、これはやられた。偽サイトだった。Twitter(「X」の呼称はエクスタシーレコードの面々にこそ使われる)で調べると同様の被害が出るわ出るわ。本物のオーストラリアビザはアプリで取れる。2,000円。ガッデム。頭を抱えてくずおれた。なにやってんのよおれは。

オーストラリア政府の公式アプリをやってみると、ものの10分で申請の許可が降りた。おい!!1日かかるとか言ったチャラ坊め、すぐ終わるじゃねえかこれ間に合ったぞちゃんとやってたら。末代まで呪うぞ。いえ、悪いのはいつも自分。わかってはいるが。

もう一度ひと気のなくなったカウンターで係員に話す。6,000円払えばベトジェットの明日の便に変更可能だそう。よし。一度変更したら返金や再変更は無理です。いいだろう、25日の朝につけばいいのだ。明日24日朝関空発ホーチミン行き、のりかえで25日朝シドニー着があるという。金払う。優秀! ハキハキ女に旅程を確認する。ごめんなさい、26日朝シドニー着を見まちがえてましたてへ。日をまたぐフライトあるある。プロがやるかそれ? 殺すぞ。

私は相手の責任を追求した。おかしいよね、ワタシ、あなたが25日につくと言ったから金払たアルよ。どうしてくれるか。そこは非を認めたようで、シドニー行きを取り消してくれた。そこで何を思ったか私は、ホーチミンまで行けばなんとかなる、と考えた。だから24日昼ホーチミン着のフライトに変更した。そこからは自力でシドニーへ行く。あるだろう別会社のいい感じの飛行機が。

もう寝不足と混乱で心は千々に乱れ、頬はこけ、目は落ちくぼみ、汗ダラダラ、髪はボサボサ、リアルターミナル状態。(トップ画像参照)

またベンチに退きスマホと格闘。それが、ホーチミン発シドニーはことごとくないのである。25日の午後3時着が最速。コンサートは2時にはじまる。空港からの距離を考えるとだいぶ遅れてしまう。関空からソウル経由の便なら朝9時に着く。前日なのに破格の5万円!もうええ。とっちまえ。さっきの6,000円はゴミと化した。たまには金バラまいたっていいんだよ鳥取で金使うところなんてありませんし。海ばっか見てるし。

ひどく疲れた私は南海に乗って退却、二色浜近くのホテルに泊まった。オーストラリアビザ偽サイトに抗議文を送った。もう12時間音沙汰なし。言語を変えてまた送る。合計6通ほど脅したりすかしたりした。

タガが外れた私はHuluに登録してホテルのでかいテレビで映画を見た。すべてつまらなかった。洋画なのにクソ邦画みたいな陳腐なストーリー。邦画は邦画でぜんぶ学芸会。ネットフリックスにしとけばよかった。すべての選択をまちがえた男の旅がまだはじまらない。

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