ニンジャスレイヤー二次創作:スレイト・オブ・イグオキ
赤と鈍色の輝きが交互に波打つ巨大な石板の表面には、とあるふたりの男女の日常がライブカメラめいて映し出されている。貴方は石板の前に立つ。今映っている光景は……。
** スレイトに新たなヴィジョンが映し出された **
【ネオサイタマ郊外、オンセン旅館「古い家」:イグナイト】
「アアーッ……」熱い湯船に肩まで浸かると、ニューロンから身体中へと暖かな快感がじんわりと駆け巡る。硫黄の匂いもちょうどいい。オンセン宿としてはさほど大きなところでもなかったが、イグナイトにとってはそれぐらいが性に合っていた。アイツは本当に、こういう場所を見つけるのは上手い……。
「アイエッ!?」「……ン?」戸口の方向から、女の声。湯に浸り閉じていた目を見開く。「あ……貴方達、ここは女湯ですよ!」「じゃかましいわオラー!ウチのオヤブンはオンセンは混浴と決めとるんじゃコラーッ!!」「アイエエエ!!」「オイオイ、あんまり怖がらせるなよガンマサ……ガハハハ!!」
……集団の中心に、やや背の低い初老の男。胸元から腕にかけて物々しいヤクザタトゥーが刻まれている。すぐ隣の、ガンマサと呼ばれた体格のよい男の両肩には「ダメ」「お前のためだ」「為せば成る」などの威圧的イレズミが施され、剣呑なヤクザオーラを隠そうともしていない。さらに脇に控えるのは……不気味なまでに同じ顔の男達!裏社会に精通した読者諸氏ならばご存知であろう……クローンヤクザである!!
豊満な胸の若い女の腕を掴み、ガンマサが凄む。「オヤブンはここらではちょっとは名の知れたお人よォ……豊満洗身行為重点しろや!!」オヤブンは粘着質な目で女の全身を検める。「ア……アア……」ナ……ナムサン!なんたる狼藉か!しかもこの男達……恐るべきことに、テヌギー一枚身に付けてはいないのだ!……ガンマサの反対側にいる、一人の男を除いては。
「……」事態を睨みつけていたイグナイトは、すぐに察した。見よ!その男だけが、テヌギーをメンポのように口元に巻きつけているではないか!然り、ニンジャである!!「イヤーッ!」「ムッ!?」イグナイトは手近な桶をオヤブンへと投擲!「イヤーッ!」命中する直前に、ニンジャが難なく手刀で桶を切断破壊!「何やらイキの良い小娘がいるようだな」イグナイトは湯船からその裸身を曝け出し、ヤクザクランの前へと相対した。「そんなに混浴してぇんならさァ、アタシと一緒に入るか?茹で上がっても知らねェけどな!!」
「ナ……ナンオラー!?」尋常ならざるアトモスフィアに気圧されるガンマサ!「アンタら、さっさと逃げとけよ!」「アイエエエ!!」「アーレーッ!」女達が恐怖に駆られて浴場から駆け出してゆく。男達の警戒は、完全にイグナイトへと向いていた。「オヤブン。俺がやりましょう……こやつ、ニンジャです」「た……頼むぞ、ラビットエッジ=サン!!」テヌギーメンポのニンジャ……ラビットエッジが前へと出る。
「ドーモ。ラビットエッジです」「ドーモ。ラビットエッジ=サン。イグナイトです!」アイサツが返される。今この瞬間から、オンセン地の一角は激しきイクサ場と化した!「イヤーッ!」イグナイトは一気に距離を詰め、苛烈なるストレートを見舞いにゆく!ラビットエッジは寸前でガード!
「「「ザッケンナコラーッ!!」」」クローンヤクザによるチャカ・ガンの乱射がイグナイトを襲う!「邪魔くせぇ!!」「イヤーッ!!」ラビットエッジの手刀をかわしながら、イグナイトは広範囲カトンの炎でクローンヤクザを薙ぎ払う!「「「グワーッ!!」」」
「オヤブン、こっちです!」ガンマサがオヤブンを連れ浴場の隅へと退避!「もういっちょ!!」ラビットエッジへと襲いかかるイグナイトのカトン!命中……いや違う!「イヤーッ!!」先にも増して鋭きラビットエッジのカラテ手刀により、炎が斬り裂かれ、四散!おお……ブッダ!
「やるじゃん」「伊達にヤクザのヨージンボはしておらん」裸身のまま戦う二者は一歩も退かず、睨み合う。……その時だ。「イグナイト=サン!?どうなってんだ!?」戸口から、男の声!イグナイトの同行者……シルバーキーである!「なッ!?」「加勢か!?」湯浴み姿で浴場へと躍り出るシルバーキー!
「えらい騒ぎだったから何事かと思ったが、大体わかったぜ。コイツを……おわッ!?」桶の残骸がシルバーキーの顔数センチ横を通過!「バカ!お前!女湯に入ってくンじゃねェよ!引っ込んでろ!」イグナイトは堂々たる戦いぶりから一転し、胸を隠しながら抗議!「いや、でも状況的によ……」「うるせぇ!こんなヤツ一人で十分だッての!!バカ!スゴイ・バカ!」容赦なき罵倒がシルバーキーを襲う!
「小娘、あまり俺をナメるなグワーッ!?」カトン・ブーストによる凄まじき速度の八つ当たりめいたカラテパンチがラビットエッジの顔面を抉る!怒気と言う名の炎を漲らせるイグナイト!浴場は最早イクサ場を越え、サウナ以上の熱気が支配するインフェルノ・ジゴクと化したのだ!
【ネオサイタマ市街:シルバーキー】
「でさァ、あそこの店が意外と……」「ああ、ワカル。穴場ってあるよね……」先行く女子二人の談笑が聴こえる。赤と青。パンクスとサイバーゴス。対照的な色彩を持つ二人は妙に馬が合うらしく、先程から自分たちをよそに二人だけの会話を続けている。
ちらりと、シルバーキーは横に並んで歩く男を伺った。黒という色が人格を持ったような出で立ち。年若いが、他者を寄せ付けぬアトモスフィアを漂わせた青年……シャドウウィーヴ。「……言いたいことがあるなら、言えばいい」「アッ……エート、その……なんだ。奇遇、だよな」……返事は帰ってこない。
……シルバーキーとイグナイト、シャドウウィーヴとユンコ・スズキ。全くの偶然によって街中で巡り合った彼らは、女子二人の意気投合(以前より交流はあったようだ)により、自然とこのような性別による前列後列へと分かれることとなった。それ自体はいいのだが……前を行く二人とのコミュニケーション熱量差が極めて激しいことに、シルバーキーは頭を悩ませていた。知らない顔ではないが、本当に顔ぐらいは知っている……という程度の相手であり、それが完全な初対面よりもなお高い壁を感じさせる。
(気まずすぎるだろ……どういう話題を振ればいいのか全然わからねぇ……昨日のTVの話とか、無理だよな……)「……多分」突然の声。「エッ!?」「俺も似たようなものだ」咄嗟の返事に詰まるシルバーキーにもかまわず、シャドウウィーヴは言葉を続けた。「お前のような男と語れるだけの話題というものを、俺は持ち合わせていそうにない」「アー……悪い、気遣わせちまって……」「……気にするな。無理に言葉を交わす必要もない」その声は暗く、やや尊大な口調ではあるが、どこか人の良さを感じさせるものでもあった。そのことが、シルバーキーに幾分かの安心感を与える。最も、会話に窮していることに変わりはなかったが。
「……そうだ。イグナイト=サンとは知り合い、なんだよな」そこで、ふと思い出したわずかな接点に可能性を託す。どのみち、このまま気まずい沈黙が続くよりはよい。「……ザイバツ時代の同期のようなものだ。大した交流もなかったが」「アー、ウン……」ワカル、という言葉はなんとか飲み込んだ。対照的という言葉でも、なお遠いだろう。「だが、その程度の付き合いでもよくわかるほどに、あいつは単純だった。悩むことをせず、感情のままに突き動いていた。それは……あの頃の俺よりは余程マシな生き方だったんだろう」シルバーキーは、どこか穏やかさを感じるその語り口を、静かに聞いている。
「……こんな話でも、いいのか。続けても」「あ、ああ。頼む。興味あるぜ。そういう話は、聞くこともねぇからさ」「……醜い現実に耐えられず、ブルシットな影の牢獄へと囚われた俺とは違って、あいつは今でも全く変わっていないように見える……ひとつを除けば」「ひとつ、ッてのは」「……お前のような普通の男と、まともに付き合えるような奴だとは思わなかった」「はは……まともかどうかはわからねぇけど、そのへんは……色々あってさ」「それともお前の方が……いや……わざわざ詮索する気はないが……」「助かるよ」
やはり、彼が多少なりとも話せる相手であったことに安堵する。(ユンコ=サンの連れなんだから、そりゃそうか……)とは言え、無難な世間話などはあまりできそうにもないが。彼女の人となりを肯定的な形で語ってくれたことには、なんとも言えぬ嬉しさもあった。女子二人はさらに先行し、会話を弾ませている様子だ。
「楽しそうだよな、二人とも」知らぬ者からは、無軌道大学生の友人同士か何かにしか見えぬだろう。パンクスとサイバーゴス。スタイルこそ違えど、ともに反抗の意味合いを持つファッションに身を染める二人は、並び立つことでその存在感を乗算しているようなアトモスフィアさえ感じられた。
「今日は、出遭えてよかったよ。ああいうイグナイト=サンは、滅多に見られねぇから」「……同感だ」思えば、同年代の気の置けない友人というものが、イグナイトには極めて少ない。(ヤモト=サンは……ああやって色々言い合うような感じじゃないもんな)ユンコにとっても、それは同じようなもののようだ。依然会話はおぼつかないが、この青年に対してシンパシーめいたものを感じているのは、自分の欲目というものだろうか?お互い頑張ろうぜ……などとは、さすがに言えなかったが。
と、先行く二人がこちらを向き、手を振ってくる。「ねぇ、みんなでゴハン行くことになったから!イグナイト=サンがいいお店知ってるってー!」「お前らなんでそんなトコにいンだよォ!置いてくぞ!!」既に決定事項となっているその提案に、シャドウウィーヴと目を見合わせ、苦笑した。「またいきなりだよなァ……ま、いつものことか」「……同感だ」
【アラスカ、銀の浜辺:ゾーイ】
……時刻は既にウシミツ・アワー。フートンの中で眠っているはずのゾーイは今、その意識をはっきりと覚醒させていた。極めて特異な環境下に置かれているとは言え、健全な生活を送っている少女が、何故?
「ウウーッ……!」理由は極めて明解……隣で眠る男が断続的な唸り声を上げているがためだ。グレイハーミット。またの名を……シルバーキー。ゾーイの保護者であり、銀の浜辺の主。(なにか、嫌な夢でも見てるのかな……)夜の帳が下りた寝室で、ゾーイは親代わりである彼の心を案じた。彼がこうも魘されるのは、滅多にないことだ。
悪夢は、ゾーイにとってはそう珍しいことでもない。荒唐無稽なオバケが出てくるようなもの。取るに足らない内容のはずなのに、恐怖だけが喚起されるもの。そして、過去の記憶……様々なケースがあるが、確実に言えるのは、起床時の気分がもれなく最悪だということだ。それでも、シルバーキーと朝の挨拶を交わし、朝食を食べれば、いつの間にかそんなものはどうでもよくなっている。
(シルバーキー=サンも、昔何かあったのかな)彼は過去を語らない。しかしある意味では自分以上に特殊な境遇に置かれている彼が、尋常ではない体験をしてきたのだろうということぐらいは、幼いゾーイにも容易に想像がついた。それが本人にとって辛いものだったのかはわからないが……もしそうであるなら、少しでも助けになりたいと思う。いつも自分がそうしてもらっているように。ゾーイはそっと腕を伸ばし、フートンの外へとはみ出した彼の手を握った。
(……でっかい手)ゾーイとて、これで悪夢が収まるなどとは考えていない。ただ、彼は常日頃からこういった迷信めいた気休めが好きだったし、ゾーイもまた、そういったものを得意げに語る彼の笑顔が嫌いではないのだ。それで十分だった。
「ウーン……サン……」(……ん?)「フミコ……サン……」「……え、誰?」寝言から飛び出した知らない名前に、思わず声が出る。「ゴメン……フミコ=サン……いや……チガウ……誤解……アイエエエ……!」……ゾーイはそっと握っていた手を離した。「ハァーッ……」溜息が漏れる。(そっかぁ……まぁ……そういうこともあるよね……オトナだし)肩の力が抜け、徒労感に襲われる。だが、同時にどこかホッとしたような安堵感もあった。こんな悪夢なら、いくらでも見ればいいだろう。
(フミコ=サンって誰……とは、聞かないでおいてあげるか)ゾーイはそれだけ決めると、横でなおも魘されているシルバーキーを尻目に、健やかな眠りについた。
【ネオサイタマ、イグナイト宅:シルバーキー】
所狭しとパンク・アイテムで満たされた安アパートの一室で、シルバーキーはキッチンに向かっている。「お前、いいからもう帰れよォ……」「そういうわけにもいかないだろ。……ちょっとは落ち着いたか?」シルバーキーは、狭いリビングに倒れるように横になっているイグナイトを見やる。その呼吸はやや荒い。
「全部あの女が悪ィ……バケモンが……」「レッドハッグ=サンと飲み比べとか、無茶だぜ……」「アタシはただ……フツーに飲んでただけだし……アイツがいきなり絡んできやがッて……」
……これまでの断片的な情報から、おおよその想像はついた。大方、バーでイグナイトという珍しい知り合いを見つけたレッドハッグにからかい半分で焚き付けられ、見事彼女のペースにも酒にも飲まれてしまった……といったところだろう。イグナイトが下戸というわけではないが、さすがにあの人が相手ではなと、シルバーキーはナベの様子を見ながら実感の込もった苦笑を漏らした。
元はと言えば、IRCにイグナイト発のわけのわからないメッセージ(酔った勢いで送ったものらしい)が届いたのが切っ掛けだった。何かあったかと様子を見に行ってみると、玄関ドアの前で突っ伏している彼女を発見したのだ。そして介抱すること数時間。ようやく具合もマシになってきたといったというところである。コンロのツマミをひねり、火を止める。
「ほら、オカユ作っといたからな」「いら……いや……後で食う……」「調子戻ったらちゃんと食べるんだぞ。こっちに水もある」「ガキじゃねェんだよ……」……事実、これは紛れもないお節介だ。あのまま玄関前に倒れていたとて、結局はどうにかするだろう。自分などより余程強いバイタリティの持ち主なのだから。しかし、やはり……そうは言っても放っておけぬ性分なのである。
例えただのお節介だとしても、自分が助けなくとも、最終的な結果が何も変わらないとしても……苦しんでいる相手がいれば、手を貸し助けたい。それが知らない仲でない彼女であるならば、なおさらだ。自己満足でもかまいはしない。……とは言え、もう頃合いでもあった。好意や親切も、度が過ぎればシツレイに当たることを、シルバーキーは知っている。
「……ぞれじゃ、行くぜ」「ハァーッ……アー……礼は言わねェけど……借りは……返すからな……」「楽しみにしとくよ。しんどかったらまた連絡してくれ」「絶対しねェ……」
【キョート、カタオキ宅:イグニャイト】
「ミーコ、メシだぞー」……また、アイツがそのダッサい名前で呼びやがる。アタシにはイグニャイトというサイコーにニャイスな名前があるッてのに。「ナーオオオー……」餌入れの前にしゃがむシンイチの前へと、低い声で唸りながら出ていってやる。どうだ。いつまでもこんなモンでアタシが屈するとでも……ハッ!このニオイは、やわらかくてチョーうまいヤツ!「ミャウウウーン」「ハハハ、お前の鳴き声はコワイかカワイイかのどっちかだな。すっかり怪我もよくなってきたし、お祝いみたいなもんだ。しっかり食べろよ」
アー、美味かったァ……って違ェ。ニャンニャであるアタシが、人間のコイツに飼われているだとか、そんなバカな話はない。ただ、元いたニャイバツ(なんかアタシが抜け出して昼寝してる間に潰れッちまったらしい)に恨みを持ってた連中が逆恨みして襲いかかってくるので、全員腹出し降参させてた最中に、ちょっとしたケガをさせられちまっただけだ。そこをこのシンイチが誰も頼んでないのに、わざわざアタシを連れ帰って手当てときたもんだ。フン、せいぜい利用してやらァ!
「おおー、キレイに食べたもんだな。俺はもうちょいしたらシゴト行ってくるけど、良い子にしてるんだぞ」シンイチはなんか……しんきゅういん?とかいうのをやってるらしい。どーでもいいケドな。アッコラ、アタマを撫でるんじゃねェ、デカい手しやがッて……。「ちゃんと窓とか全部閉めてるはずなのに、お前最近いっつもどこかから出て行ってるよなぁ。外はアブナイから、家にいろよ……って言って通じりゃいいんだが」
ドアや窓にカギをかけた程度でアタシを閉じ込められると思うとか、これだから人間ってヤツは。第一こんなトコで一日中ジッとしてたら、ニャラテがナマってしょうがねェ。蓄えた栄養は鍛えて使ってこそ意味があるンだ。所詮アタシらの食料庫だってことも知らずに、おめでたいこッたぜ!
「良い子にしてたらまたさっきのやるぞ、とか言ってみたりしてな。ハハハ」ニャッ!マジで!?
……いや、違ェし。絶対に違ェし。アタシはどうせ遠からずここを出ていくわけでサ。一応ケガの手当てとかしてくれたことについては、全く感謝してないわけじゃない。そのへんの恩知らずなアホどもとは違うんだ。だから、まァ、その時ぐらいまでは、ちょっとぐらいお望み通りにしてやっても……。
…………「ただいま……っと。お、ミーコ、出迎えなんて珍しいな。なんか今日は随分キレイだし……ちゃんと家で良い子にしてたのか?偉いぞー」「ミャオーウ」
【ネオサイタマ、廃工場:ハードシップ】
「アイエエエ!!」「さっさと言えェーッ!一体誰に俺のジツを解除させた!?」廃工場の柱に男を押し付け、詰め寄る者あり!葡萄染の装束にスチール製のメンポ……然り、ニンジャである!「嫌だ……言いたく……アイエエエ……」「貴様ァーッ、自分が金蔓になっていたからといって甘く見るなよ!俺はやる時はやる男だ……」
このニンジャの名はハードシップ。対象のニューロンに醜悪な毒虫のイメージを植え付け、その精神を蝕むウゴメキ・ジツの使い手である。無辜のモータルをこのジツによって恐怖支配し、ジツの弱化と引換に多額のカネをせしめ続けていたのだ。だが、つい先日彼は知覚した……己のニューロンと繋がる虫達の死を!「そんな奴がのさばっていては商売上がッたり……指の二、三本でも折られなければわからんらしいな!」「わ、わかった!言う、言いますゥ……それは……!」
「俺だぜ」すわ、廃工場の入り口から声!!「何ッ!?」「そのタナギ=サンは俺のお客さんでさ……そのへんにしといてもらいたい」工場内に足音を響かせ、一歩、また一歩と歩み寄るは、鈍色装束の……ニンジャ!「ドーモ。シルバーキーです」「何……ド、ドーモ、シルバーキー=サン。ハードシップです……貴様が俺のジツを!?」
「あんなグロテスクな虫どもを退治させられる身にもなってほしいね。……そんで、そんなもんを頭ン中に四六時中見せられる身にもな」「ハ……ハハハ!コイツを助けに来たとでも言うのか……随分とお優しいことだが、手間が省けたわーッ!」タナギの髪を乱暴に掴み上げるハードシップ!「グワーッ!」「下手な真似をしてみろ、この男がどうなるかなァーッ!?ヒカエオラー!!」「アイエエエ!!」
……素直に両手を上げるシルバーキー。だが、見よ!その顔には不敵な笑み!「生憎、俺はカラテはからっきしなんだ……」その言葉の直後、ハードシップのニューロンに違和感!激痛!「ヌゥッ!? グッ、グワーッ!」予想外の攻撃的テレパス!反射的に両手で頭を抑える!「コシャクな……!しかし、こんなもので俺をッ……!」
その時である!ハードシップは己のすぐ傍に出現した炎の輪に釘付けとなった!「!?」中から飛び出すは、赤髪のパンクス女!『地獄お』のマフラー!そしてジェット噴射めいたカトンとともに……ハードシップの拘束から解放されたタナギを乱暴に救出!!「ハッハァ!」
女はそのままシルバーキーの元へと跳び、工場の床へと抱えたタナギを落とすように離した。彼は既に重篤なNRS症状により失神済みだ。「おいおい、もうちょい親切にだな……」「知らねッての。まァた面倒持ってきやがって」「クソッ、新手だと……!!」ニューロン防御により苦悶から脱したハードシップが、怒りを滲ませ二人を睨んだ。「アー、こっからはアタシが相手してやッからさ」パンクス女が前へと出る。「頼んだ」
タナギに肩を貸し、廃工場の外へと向かうシルバーキー。ハードシップはスリケンを投げ止めようとした。が……できぬ。この女のアトモスフィアがそれを許さぬと告げている。選択肢は一つしかない。「……ドーモ。ハードシップです」「ヘル・オー!イグナイトです!!」アイサツが返された瞬間、工場内に紅い閃光が奔る……それはまるで視覚化された威圧感であった。嫌な汗が流れる。「ま、アタシも結構ムカついてンだよね。覚悟できてるか?ファック野郎」ハードシップの眼前には、炎よりもなお激しい笑みをたたえたニンジャがいた。
【????:イグナイト】
(ここは……)見覚えのある部屋。忘れようもない、リビングルーム。薄暗い。「……」もう、大したことはない。『あの日』から、炎が燃え上がることもなく、静かなものだ。「ンー……」ただ、それでも。消えることのないかさぶためいて、痛痒さは残っている。炎は消えたように見えるだけで、奥底でチリチリと燻り続けている。(別に、どうってこともねぇけど)
ソファーに誰かが座っている。(ア……)父親ではなかった。鈍色の装束。「よう」男と目が合う。瞬きをすると、周囲は銀色の砂浜になっていた。頭上には一面の闇。しかし、暗くはない。「また、来やがッたのか」「呼ばれたような気がしてな」「お節介にも程があンだよ」「はは、違いねぇ」男の笑みを見て、近づいてゆく。(ん?)「あん時は……助かった」「いいさ」
男のすぐ隣に座り込む。(いや……なんでそこなんだ)「なァ……ちょっとばかし、こうしててもいいか」(は?)「いくらでもかまわねぇさ。そのために俺はここにいる」「悪ィ」(待てよ)そう言うと、男の肩へと身体を預けた。さほど体格がいいわけではないが、妙な安心感に包まれる。男の腕がそっと肩へと回される。(オイ!?)
「似合わねェことしやがる……」「嫌か?」(嫌……に決まってンだろ!?)「……いいや」(ハァ!?)肩へと回った手に、わずかに力が込められる……顔が……(待て待て待てッて!!)近く――
「……ッ!!」覚醒は一瞬だった。見えるのは暗い天井。心臓の、音。イグナイトはフートンを蹴り飛ばし、起き上がる。「夢……ただの……」大きく息を吸っては、吐いた。シャツが汗でじっとりと濡れている。イグナイトは己の体温が上がっていることに気付くと、今見たばかりの夢の内容がニューロンにフラッシュバックし……寝転がり、転がり、唸った。「アアアアアア……!!」
【ネオサイタマ、カタオキ宅:イグナイト】
「……なんだよ、こりゃ」小綺麗なアパートの一室にエントリーしたイグナイトは目をしかめた。あるはずのないものが、そこにあったからだ。「何って……知ってるだろ、アベ一休」シルバーキーは冷えたペットボトルのチャを手に、事も無げに答えた。そう、パンクバンド『アベ一休』のポスターだ……新品の。
「アタシは知ってるに決まってるけどさ……お前だろ。アベ一休。知ってンのか?」「そりゃあまぁ、名前ぐらいは」そこで……イグナイトの眉間に一段シワが寄った。「名前ぐらいしか知らねェのに、なんで部屋にポスターなんか貼ッてんだって話!」イグナイトは声を荒げ、シルバーキーが差し出しているペットボトルをひったくり、一度に三分の一ほど飲んだ。「プハッ、アー……」
「ほら、最近ウチ来ることも増えただろ。俺ンちはまァ、つまらねぇとこだろうから、少しはこういうのがあった方が落ち着くかと思ってさ」「……アタシがか」「もちろん」イグナイトの眉間にもう一段シワが寄った。そうだ。コイツはこういう男なのだと思い出してから、ペットボトルのチャをさらに飲んだ。乱暴に床に腰を下ろすと、シルバーキーもゆっくりと座り込む。
「なんつーか……アベ一休ってのは、パンクってのはそういう風に使うもんじゃねェんだよ……一応、礼は言っとくけどさ」眉間のシワを緩め、平易な声で言ってみせた。嬉しくないわけではない。下卑た下心からなどではないことは、自分でもよくわかっている。だがそれでも、笑っていいのかイラついていいのかわからない。そもそも、つまらないかどうかという次元でこの男の家に来てなどいないのだが……この手の感情を上手く言葉にできるだけのマインドを、イグナイトはどうにも持ち合わせていない。
「……アー、パンクに対して真剣なんだってのはわかったよ。ヘンな真似して悪かった」「ウン、まァ、ウン……」バツの悪そうなイグナイトに対し、シルバーキーは申し訳なさげにそう言って立ち上がり、ポスターの前へ……。「いや、待て、オイ。何してんだ」「え、だってよ。こういう空気になるなら剥がした方がいいかなッて……」「誰も剥がせとは言ってねェだろォ!?」「アイエッ!?」再度眉間にシワを寄せ、立ち上がる。ポスターをまじまじと見た。やはりアベ一休は良い。それをやすやすと剥がすなどと……ポスターを見つめているうちに、先程までのモヤモヤとした感覚が徐々に霧散してゆく。
「大体場所が悪ィんだよ、場所が……あのへんだ。あのへんにしろ」そう言って違う壁を指差す。「ナンデ」「アタシが座る場所からユシミの顔がよく見える」「アイ、アイ……」苦笑い。「ま、喜んでくれんなら……」「決めた。今度ライブハウス行くぞ」「エッ」「パンク叩き込ンでやっから!」「い、いきなりそりゃキツイんじゃねぇかな……まずはアルバムとかで……」シルバーキーはポスターの位置を変えながらささやかな抵抗を試みるが、無論、無駄だ。
「お前のそういうトコがだなァ!ヌルいこと言ってねぇで覚悟決めやがれ!」「ハハ……お手柔らかに頼むぜ……」「ウッセ!」イグナイトは一蹴するとペットボトルの残りを飲み干し、ゴミ箱へと投げ入れた。
【ネオサイタマ、裏通りのスシ屋:イグナイト】
「……うん、イケる」イグナイトは直前まで咀嚼していたイクラ・スシを飲み込み呟いた。濃厚な味わいが口内を満たし、嗅覚をも満足させている。思わず頬がゆるんだ。「だから言っただろ、こういう店はアタリなんだって。こっちのタマゴもさ……」「メシのことになるとイキイキするよなお前……」チャを飲む。
「次マグロな」「俺は次……イワシで」「マグロとイワシね。アイ、アイ」体格のいいイタマエが慣れた手付きでネタを取り、捌いてゆく。「最初タマゴで次イワシとか、こんな時までしみッたれてんなァ」イグナイトは抑揚なく言った。奥ゆかしい物言いではないが、大して遠慮をする間柄でもない。彼の人となりを知った上で、自然に出た言葉だ。
「いやいや、もちろん高いのも食うぜ? でもほら……それはそれ、これはこれッてやつだよ」「フーン」「ハイ、ドーゾ!」イワシとマグロのスシが供され、イグナイトはマグロを口に入れる。――悪くはない。だが、先のイクラで期待値が上がりすぎていたか?という感も否めぬ。可もなく不可もない、極々普通のマグロだ……
「ま、こンなもんだよな……」もうひとつのマグロを口へと運んだ……その時だ。「オッ、ウマイ!」「!?」反射的にシルバーキーの方を向く。「こいつはかなりいいイワシじゃないか」「わかりますか、お客さん。今日は特に新鮮なヤツが入ったんでさ」「脂の乗り方も理想的だ。キョートの店にも負けないよ、こりゃあ」「嬉しいこと言ってくれますねぇ!」
イグナイトはマグロを機械的に咀嚼し、飲み込み、チャを飲むことも忘れて上機嫌な二人の会話を聞いている。「他にオススメはあるかい?」「トビッコなんてどうです」「いいねぇ、じゃあそれで」「ヨロコンデー!」そして高速思考した。ニンジャの思考速度で。数秒後……イタマエへと告げる。
「アタシも……イワシで」
スシが供給されます。