見出し画像

私の頭は何かが足りない

昨日、「ひそみにならう」という日本語がわかっていないと書きましたが、「眉をひそめる」という言葉は普通に使っていました。つまり「ひそみ」が「ひそめる」を名詞にしたことだということに、昨日の夜、やっと気が付きました。相当恥ずかしい(~_~;)

私の頭の中は、何かがちょっと、いえ、かなり足りないのかもと思いました。そういえば子どもの頃からそうだった。

小学生の頃の夏休み、学校の屋外プールに行くのが好きでよく仲良しの友だちと二人で行っていました。といっても私は小さいプールで、幼稚園の小さい子たちとちゃぷちゃぷ水遊びをするのが目的でした。
4年生くらいになった頃、友達の間で「6年生になったら25m泳がないといけないらしい」という話題になったので、2歳年上の従兄に聞いたのです。
「6年生になったら、みんな25m泳げるようになるの?」
すると従兄は、
「ああ、そうだよ。6年生になったらみんな25m泳げるようになるよ」
と答えました。そんなの当たり前、泳げない人なんていないよ。という感じで言ったのです。

私はその言葉を聞いたとたんに心が軽くなって「な~んだ、心配しなくても6年生になったら泳げるようになるんだ。良かった~」とうれしくなりました。これで夏休みは心置きなく水遊びができるとなぜか思ったのです。
そう、私はこの時、身長が伸びるように、25mも自動的に自然に泳げるようになるんだとかたく信じてしまったのです。

そして夏休み、いつものように友人と二人でプールに行きました。すると、今まで一緒に小さいプールで遊んでいた友人は、人がたくさんいる25mの大きなプールに行くと人をかきわけかきわけ、一生懸命に泳ぐ練習をしていました。
私はそれを見た時、「○○ちゃん、どうしてあんなに必死に練習しているんだろう?6年生になったら(自動的に)泳げるようになるのに。こっちのプールの方が楽しいのになあ」とのん気に思っていたのです。

そして小さい子たちと遊びながら、水を高く飛ばしたところにお日さまの光があたるとなんてきれいなんだ!と、水と光の原体験を長引かせていたのでした。

そしてそのまま時は過ぎ、私は6年生になっても高校生になっても泳げるようにはなりませんでした。水泳の授業は地獄でした(-_-;)
どんだけバカなの?って感じです。

こんな私ですが、今後ともお時間ある時に、お付き合い下さるとうれしいです。

それでは今日も深い呼吸を意識して、自分へのちょっとしたご褒美時間をお忘れなくです。
読んでくださって本当にありがとうございます。

良い日になりますように♡

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?