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リアルとデフォルメのハイブリッド!令和に蘇る『サムスピ』が追求したサウンド【CEDEC 2020】

 ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2020」の最終日(2020年9月4日)、SNKの山添浩史氏、新納広之氏による「『SAMURAI SPIRITS』におけるサウンド表現とマルチプラットフォーム展開 ~Wwiseを用いた実装アプローチ~」のセッションが行われた。

 このセッションでは,同社のPS4ソフト「SAMURAI SPIRITS」の事例を元に、格闘ゲームの音に関する鳴らし方の工夫やヒントや、Wwise を用いたマルチプラットフォーム展開について解説された。

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 本セッションで語られる内容は以下の通り。

・『SAMURAI SPIRITS』においてどのようなサウンド表現をしようとしたか
・それを「Wwise」を使ってどのように実装したか
・幅広いプラットフォーム展開をしたことにまつわる話
・プログラマー目線での「Wwise」のトピック

 本記事では、前半2つの『サウンド作り』に関するお話を紹介する

 Wwiseの使い方としてはオーソドックスなものであるため、Wwiseの目新しい活用方法というよりは、Wwiseの初級実例集・『SAMURAI SPIRITS』サウンド開発の裏話として聞いていただければ、とのこと。

『SAMURAI SPIRITS』について

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 SAMURAI SPIRITS シリーズはキャラクターが武器を持って戦う、剣戟格闘ゲームの先駆けの一つで、第一作は1993年に発売された。シリーズ作品としては10作を超えている。

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 今回お話する最新作の『SAMURAI SPIRITS』は2019年に発売したもの。初代の『SAMURAI SPIRITS』から実に26年経っている。また、直近の過去作『
SAMURAI SPIRITS 閃 』は2008年に発売されたものであるため、今作は11年ぶりの新作ということになる。
 今作はReboot(原点回帰)がコンセプトで、初代と全く同じタイトル名になっている。

新作『SAMURAI SPIRITS』のサウンドコンセプト

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 今作の立ち上げ時に「今度のサムスピは3Dで製作する」と決まっていため、サウンドもリアル寄りの3D路線だろうと考え、準備を始めた。
 過去の2D格闘ゲームのSEはデフォルメ気味の表現が多く、例えば空振りは「ブォン」、斬撃は「ドシュッ」というようなものが主流だったが、最近は映像のリッチ化にあわせて「シュッ」「ザクッ」というようなシャープな印象のSEが多い傾向にある。
 今作はその傾向のサウンドを準備して備えていたが、その後上がってきた映像は3Dでの「リアル表現」というよりは、冒頭のトレーラーのように「墨絵表現を取り入れたもの」であった。用意していたリアル寄りのサウンドを当てたところ、イマイチしっくり来なかったとのこと。

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 しっくり来なかった原因は、過去作のデフォルメされたSEで築かれた「サムスピらしさ」のイメージとの乖離にあるとのこと。これにはサムスピの特徴である一太刀で致命傷レベルのダメージが入るゲーム性とも関係してくる。

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 そこで今作では「リアルな音」と、これまでのような気持ちよさ重視の分かりやすい「デフォルメされた音」のバランスを探り、両要素のハイブリットとなるようなサウンドを目指した。

 ここからは、今作でのサウンド的な表現の工夫を具体的に紹介していく。

息遣いサウンド

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 格闘ゲームというフォーマットは歴史が深いため、長年積み上げてきたゲーム的な「作法」がある。特にサムスピはシリーズものなので過去作からのファンにとっての「お約束」的な要素も多い。
 しかし、そういった「当たり前」をもう一度見直して、これまでやってこなかったサウンド表現が無いか考えたとき、挙がったものが「息遣い」だった。

 実際の果し合いをイメージしたとき、斬りつけられて瀕死の状態なのにニュートラルポーズ(何も操作していない時の立ちポーズ)に変化がないのは不自然だと感じたところから。

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 視覚的な変化として、受けたダメージに応じてキャラクターに付く血の量が増えることで、その問題は既にある程度解決されていたが、さらにニュートラル状態でもサウンドの力で何かできることがないか、と考えた。
 表現だけで考えればニュートラルポーズやモーションに差分を作ればこの変化は実現できるが、前述した格闘ゲームの「作法」に反するため、かえって様々な問題を生んでしまうため、それは断念した。

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 そこで、ダメージ量に比例して息遣いが変化する仕組みを入れることにした。以下のようなサウンドである。


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 Wwiseでの実装画面としては上図のとおり。仕組みとしては非常にシンプル。Switch Containerを使い、3つのオーディオファイルを用意して、体力ゲージの色が変化するポイントで、Switch ContainerのStateを切り替えて、音声が切り替わるようになっている。

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 格闘ゲームはそれぞれのアクションに「記号的な意味」があるので、むやみにリアルにすればよいわけではないが、「息遣いサウンド」は試合に臨場感を出す効果が得られたとのこと。
 自分のダメージの状態が視覚(体力ゲージ、血)以外に、聴覚(息遣い)からも認識できる、記号的な意味をもたせることもできた。
 これはサムスピとの親和性が高かったとのこと。まず、サムスピは音数が極端に少ない曲が多く、一般的なゲームよりもSEが耳に入りやすい。また、一太刀の威力が高く迂闊な行動が死に繋がるため、ジリジリした試合展開が主流で「待ち」の状態が多いゲーム性との相性がよかった。

 これまでのシリーズになかった要素だが、ゲーム性とも連動していて違和感が無く、キャラクター性を高める要素としてユーザーからも好意的に受け入れてもらえたので、挑戦してよかったと山添氏は語る。

ガード音の考え方

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 次にこだわったポイントとして、「ガード音」が挙げられた。一般的な素手同士で戦う対戦ゲームではあまり問題にならないが、サムスピのように各キャラクターがそれぞれ違う武器を持って戦うゲームでは注意が必要。サムスピでは「武器」対「素手」の局面も多いため、厄介な課題だったと語る。

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 過去のサムスピでは一部例外はあるものの、基本的に刀系のガード音と素手のガード音を鳴らし分けるのが主流だった。また、ゲーム内には色んな種類の武器があるが、ほとんどが刀系にひとくくりにされていた(木製の武器を持つキャラクターでも「キーン」という鉄っぽいガード音を再生)。
 両キャラクターが武器を持っているときは刀系のガード音、どちらかのキャラクターが素手のときは素手のガード音を鳴らしている。

 その他『月華の剣士』の例では、ガードする側の武器の種類に応じたガード音を鳴らす、というパターンも紹介された。このパターンでは鉄っぽい「キーン」という音以外に、木製武器では「カツッ」といった音も使用されていた。

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 リアルさを追求するのであれば、武器の種類やぶつかる武器の組み合わせごとにガード音が鳴るよう、大量のSEを用意したほうがよりリアルになるが、そうなると「今鳴った音は何を説明するものなのか」という側面では不親切なものになる。
 当時は容量の問題も絡んでいたはずだが、良い意味で数を絞られた状態であることが、結果的に「ガードをした/された」ということを直感的に説明する「記号的な要素」としてサウンドが働くようになっていた。

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 こういったリアルさと印象付けのバランスをとって、サウンドの記号的な役割付けについて考えることも格闘ゲームでのサウンドでは重要であると山添氏は語る。

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 ここまでの前提を踏まえて、最新作のガード音で検討したのが上記の通り。しかし、いずれも今作のサムスピではしっくりくる結果が得られなかった。前述したとおり、サムスピには"素手状態"の存在があり、刀 対 素手 のときに「刀成分のガード音」が鳴ることの違和感が 拭えなかった。

最終的なガード音の仕様

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 今作のサムスピでは、まず各キャラクターの持っている武器をグループ分けした。刀系のキャラクターがほとんどだが、レイピアや薙刀など、いろいろなグループがある。また、素手状態でも2グループに分けている。

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 次に、それぞれの武器に強弱関係をもたせ、武器の強弱関係を判定して優劣の「弱い方」のガード音を鳴らすことにした。
※この「強弱関係」はゲーム中の実際の武器の強さとは関係なく、サウンドの感性的に定義したもの

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 図にすると上記の表のような結果になる。例えば、刀グループの武器で攻撃し、石柱グループの武器にガードさせたとき、優劣関係で下にあたる刀のほうの「カキーン」というようなガード音が鳴る。
 また、素手は相関関係で最弱になるので、どちらかが素手だと必ず素手のガード音が鳴ることになる。

 実際のゲーム内のサウンドを紹介しよう。まずは、刀同士でのガード音がこちら。

 次に、武器の所持状態によって優劣が変化するガード音がこちら。

 最後に、武器タイプによるガード音の優劣がこちら。

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 結果として、結構な頻度で「素手 対 武器」が出現するサムスピでは、この規則性が一番違和感が少なく、しっくりきた。
 また、グループ分けをしてSEの種類を絞ったため、サウンドの記号性も保つことができた

Wwiseでのガード音の実装

■音が流れるまでの流れ

①社内ツールで各キャラクターに前述の武器タイプを割り当てる
②ガードアクション発生時に前述のロジックで強弱関係を判定
③選択された武器タイプのガード音が鳴るよう、Switch Containerを切替
④該当イベントをポスト

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 Switch Containerには鳴らしたい音、Switch Groupにはガードアクション発生時の分岐パターンが設定されている。

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 Wwiseを使用することで、サウンドクリエイターとプログラマーの作業領域を分かりやすく仕分けることができた。
 また、開発の途中で「新たな武器タイプを追加したい」「武器の強弱関係を入れ替えたい」というような要望についても、Wwiseによってサウンドクリエイターが作業することができ、柔軟な作業分担にも役立ったとのこと。

インタラクティブミュージック

 インタラクティブミュージックとは、状況や展開に合わせて音楽の「アレンジが変化」したり「展開が変化」したりするサウンドのこと。

※筆者補足
下記の記事や、発端となった CEDEC2017のゼルダBotWの講演 が話題になったことで単語として知っている方も多いかもしれません


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 サムスピで実装したインタラクティブミュージックは昨今のゲームの中ではシンプルな部類に入るが、自分の体力が削られていくのつれて、BGMが徐々に激しく、妖しくなるというもの。これは対戦時間が長くなりがちな「無限死合」「時限死合」というモードで実装されている。

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 体力の割合のしきい値をまたいだときにガラッと変わるわけではなく、複数のトラックをブレンドして再生している。

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 実装としては、Wwiseの Real Time Parameter Control(RTPC)を使っている。これはゲーム内で起きる様々なパラメータ変化にあわせて、対象ファイルを任意に変化させることができるもの。
 上記の各グラフでは、横軸を「受けたダメージ」としていて、右に行くほど体力が少ないことを表す。体力が減っていくほど3つのBGMの波形のブレンド具合が変わっていくようになっている。

 実際のゲーム内のBGMの変化の様子を紹介しよう。

 展開に応じた曲変化により、飽きさせず、臨場感を煽ることができた一方で、サムスピは一撃のダメージが非常に多く、

・一撃ズバーッ! → BGM変化!
・もう一撃ズバーッ! → 勝負あり!

 といった具合に、音の変化を感じるまもなく決着が着くこともあるが、それはご愛嬌、と語っていた。

『SAMURAI SPIRITS』のサウンド表現のまとめ

 サウンドの工夫、こだわりの中には、無くてもゲームとしては成立するものもある。しかしこれは例えるならキャラクターのプロフィールのようなもので、それがあることでキャラクターや戦いに深みが出て、よりユーザーの没入感が煽られることが期待できる、と山添氏は語り、サウンド作りのパートは締めくくられた。


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