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Vol.2 濱田滋郎『フラメンコの歴史』のすごさ

小倉真理子の「Flamencología: Puente al Conocimiento del Flamenco (フラメンコ学: フラメンコの知識に向かう橋)」 小倉真理子の「Flamencología: Puente al Conocimiento del Flamenco (フラメンコ学: フラメンコの知識に向かう橋)」


大学院でのフラメンコロヒーアの授業が始まって約3ヶ月が経ちました。 最初の頃の授業では、論文の書き方や文献の探し方といった授業が中心でしたが、ようやく本筋であるフラメンコそのものの勉強が始まり、これからの3年間で読むべき参考文献は軽く200冊を超えます。 注意しなければいけないのは、フラメンコ関連の書籍には、研究成果をまとめた素晴らしい本がある一方で、感情論が先行した偏った内容のものも多いことです。 その見極めは読者側に委ねられており、知識なく手当たり次第にただ読んでいるだけでは、間違った知識を身につけてしまう危険性もあります。 フラメンコの全体像を再確認するために、私が再び手に取ったのは、故 濱田滋郎先生の『フラメンコの歴史』です。これまで20回以上通読してきたこの本の素晴らしさを深掘りします。



このコラムは、スペインの大学院で学ぶ「フラメンコロヒーア」の授業で教わることを要約しながらみなさんとシェアしていくのが目的ですが、今回はまず、日本語で読める、そして多くのスペイン語のフラメンコ解説本よりも詳細な濱田滋郎先生の『フラメンコの歴史』についてお話ししたいと思います。

この本の初版が出版されたのは1983年のこと。私の手元にあるのは、1993年に晶文社から出版された第5刷です。今でも中古本なら比較的容易に手に入ります。
 

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私がこの本を最初に手に取ったのは大学生の頃のことでした。当時濱田先生は、私の母校である東京外国語大学で教鞭を執られていました。大学でフラメンコを踊り始めたことをきっかけにこの本と出会いましたが、正直なところ当時の私にはやや難解に感じたのも事実です。でも、あれから幾度も繰り返し読み込み、そして今、フラメンコ学のスタート地点に立って再読すると、この本の真の素晴らしさが良くわかるようになりました。

この『フラメンコの歴史』がどのように素晴らしいのかというと、まず、ほぼ全ての記述が緻密な根拠のある史実や資料に拠っている点です。一見当然の事のように見えるこうした「根拠のある考察」が、スペインにおいても長い間フラメンコ関連書籍において著しく欠如していました。感情論によって熱弁される書籍は、読み物としては面白いかもしれませんが、研究ということになると、それではどうしても不十分と言わざるを得ません。

濱田先生の『フラメンコの歴史』では、実に90種類以上の形式・曲種について扱われています。形式の成り立ちや歴史を丁寧に解説され、それぞれの形式がどの形式と関連があるのか、お互いがどのように影響しあっているのか、また歌詞はどのような詩型に基づいているのかなど、フラメンコをありとあらゆる角度から分析しておられます。それに加えて楽譜を用いた音楽的な考察も随所にみられます。フラメンコ以外のスペインの民俗音楽や、ラテンアメリカの音楽にも造詣が深い濱田先生ならではの視点も、この本に大きな価値を与えています。

濱田先生が、この本をご執筆されるにあたり、スペインのフラメンコ関連の殆どの書籍や歴史書に目を通されていることは、本書の随所にみられる引用からも明らかですし、なんといっても巻末の240冊を超える参考文献一覧からも一目瞭然です。この一覧は本当に貴重なもので、私が学んでいる大学院の教授にも見せたところ、リストの中には彼でさえまだ読んだことのない本があり、是非リストをコピーさせて欲しいと頼まれたほどです。それだけフラメンコについて、深く広いご見識のあった濱田先生が「日本語で」書かれているこの本を、読まない手はありません。

この本を通読すればフラメンコの歴史の全体像を把握できるので、本当に貴重な1冊です。日本人は、濱田先生のおかげで本当に大きなアドバンテージを手にしていると言っても過言ではないでしょう。ご参考までに目次を示しておきますので、ご興味があり、まだ本をお手元にお持ちでない方は、ぜひ上記リンクから入手していただければと思います!

第1章 フラメンコの先史時代
第2章 ジプシーとフラメンコ
第3章 「ミの旋法」について
第4章 フラメンコの草分け時代
第5章 草分け時代のレパートリー
第6章 カフェ・カンタンテの興隆期
第7章 カフェ・カンタンテの黄金時代
第8章 二十世紀のフラメンコ

とはいえ、この本は冒頭でもお伝えしたとおり、かなり内容が濃く初見では少し難解に感じられる部分があるかもしれません。通読が難しくても、この本を「辞書がわり」「百科事典がわり」に使えば、関連する箇所を部分読みできるので、こうした方法もおすすめです。しかし、残念ながらこの本には索引がなく、このままでは「百科事典がわり」に使うことができません。そこで、この本で触れられている、フラメンコの形式や詩の形などの解説箇所を全て記した「索引」を制作しました。大学時代に先輩が作られたものを下地に、内容を充実させた完全バージョンです。これからこの本をお読みになる方、あるいは既にお手元にお持ちの方のお役に立てるよう、下記、有料エリアのリンクからこの索引をPDFでご利用いただけます!

日本では、40年経った今もこの本を超えるフラメンコの総括本は出版されていません。また、フラメンコ関連書籍の翻訳本もここ数十年出版されていません。21世紀も4分の1が過ぎようとしています。近年のフラメンコの目覚ましい発展と普及、変貌について扱う新しい章もぜひ濱田先生のご視点でお書き頂くことが叶えば、と思っておりましたが、ついに実現できなかったのは本当に残念です。これは、私たち次世代の研究者に委ねられた課題と言えるかもしれません。

濱田滋郎『フラメンコの歴史』形式名一覧・索引

https://drive.google.com/file/d/15r_8ke_RfuCdEfvSEPMBt08_2uEc0KcT/view?usp=drivesdk


小倉真理子さんによる「スペイン語」や「スペイン文化」に関する発信は、「まりこのスペイン語」YouTube https://www.youtube.com/@MarikoSpanish/about  twitter https://twitter.com/MarikoSpanish  から最新情報をご覧いただけます。


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