一人、女を持ち帰るならば

 彼女たちは匣の中にみっしりと整列している。

 彼女たちはすぐ側に存在しているのに、触れられそうで決して触れることはできない。くもりなく磨き上げられた硝子板が、今すぐにでも触れたいと願う私の手を阻む。
「硝子はね、すぐに汚れてしまうのだからね、指紋をつけてしまわぬよう、触ってはなりませんよ」と懐かしい女の声がする。そうなのだ。摂氏四度に保たれた匣の表面の硝子板は曇りやすく、定期的に拭いてやらなくてはならない。あれやこれやと指差す人さし指の指紋をいとも簡単に残していく。まるで彼女たちとこちらを遮るものなどないかのように硝子版はできるだけ透明に拭き上げておかねばならない。ならなかった。

 彼女たちは美しい。冷たい匣の中で目を閉じて、選ばれるのをじっと待っている。ただ待つことしかできない女たち。ある者は茶色のドレスに身を包んで、座っている。ボリュウムのあるドレスで、流れるようなドレープが美しい。手の甲まで茶色の布で覆われていて、爪先にはゴールドのネイルが施されている。素肌をほとんど見せない気高き女であるが、今日はこの女ではない。

 ある者は、何ともみずみずしい。全身に潤いを湛えている様子が見て取れる。着ているものは先の茶色の女とは異なり、水玉模様のノースリーブワンピースである。胸元は赤、右の腹は緑、左の太ももはオレンジか。カラフルでいかにも若々しいこの女によく似合う。ノースリーブから伸びる手足は、弾けるようにつややかだ。足元はジュートのウェッジソールサンダル。ワンピースが鮮やかな分、足元はこれくらいどっしりとかまえているものがよい。しかし、彼女の気分でもない。

 ある者は、ふくよかな体にラクダ色のケープを羽織っている。ケープのふわふわとした毛並みは、よく手入れをされているのだろう。同じ素材のベレー帽を頭にちょこんとのせているのがかわいらしい。丸くふくふくとした健やかな頬を見ていると、この女にしてやろうか、とも思うのだが。

 私が今日、選ばんとする女は、匣の真ん中に鎮座している。他の女は日によって座っている場所が変わることがあるが、彼女だけはいつ何時でもその場所を譲らない。しかしその姿はつつましく、控えめである。
 ほんのりクリームがかった白のミニドレスは、彼女の肌の白さを引き立てる。三枚重ねの微妙に色の変化するチュールスカートは、まるでバレリーナ。けれども、我々の目を引くのは何と言ってもその唇である。赤くまるまると熟れていて、実に美しい。華奢でしっとりと吸い付くようなこの女の腕を今すぐにでもつかんで外に連れ出してやりたい。

 私は硝子板に触れぬよう、ぎりぎりの距離を保ちつつ。白いミニドレスの女を人差し指で指さして言う。

「ショートケーキ、ひとつください」

 大きな匣から出てきた女は、目を開き、一瞬あたりを見渡したのち、私と目を合わせる。「こちらでお間違いないでしょうか」小さな匣に逃げられないよう、厳重な警備をつけたのち、女はようやく私の手元にわたる。

 さっさと白いドレスをはぎとってやろうか、それとも真っ赤な唇から奪おうか。女の扱い方を考えながら私は帰路につく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?