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キャンドルよりも大事なこと 2



「アドパス以上のものを頂いた」と伝えたい

そんな思いに駆られてからのお話。




Kさんは深夜帯、わずかな時間にだけSkyを遊ぶ人だった。お師匠さんや仲のいいフレさんなど、決まった人と最低限効率のいいルーティンをこなして寝る。実にシンプルなプレイスタイルだ

対して自分は薬を服用している関係もあってKさんが遊ぶ時間帯には既に寝ていた。よほどのことが無い限り夜更かしはしない。大体22時頃にはもう何もかもがつまらなくなり、明日に期待して寝る方がはるかにマシだと思うようになっていた


そんな訳でKさんからワープやキャンマラ同行の許可を得て合流するものの、なかなかゆっくり二人きりになれる時間が取れず気を揉む日々が続いた。今思うと別に二人っきりになる必要はないとは思うが、自分にとっては(ある意味特別な)思いを誰かに伝える経験が少なかったので、やたらと崇高化していた節がある。乙女か

会ってもキャンマラ、という体でひたすら苦しい時間が続いた。必ず誰かしらがKさんの傍らに立つ。とてもいいことだ。とてもいい事なのに胸が重く痛む。もう何十年も何百回も体験している感情だ。知覚し抑え込むことは容易だったが、その反動が現実の方で現れた。不眠やら頭痛やら腹痛やら食欲不振やら...うつ病が悪化したようだった


「このままではどんな良い話も毒されてしまう」と危機感さえ覚えるようにすらなっていた。もちろんいい話だから伝えたいのであって、意図されない感情に毒されるなど本末転倒も甚だしい。それからは必死で抑えたり取り繕ったり現実に逃避したり....これがどれだけ大変か分かるだろうか。寝ても覚めても会えた時のことを考える。変に立ち回りを考える。勇気のなさで動けなくなる。振り回される...もうメッセージボートやキャンドルでアオハルしている人を冷ややかに見ることは出来ない程気持ちが傾いていた



もやもやぐるぐるして三日が過ぎた

三日。たった三日でボロボロだった



体に毒だし期待するのはやめよう


そうは思っても所定の時間が近づくにつれて緊張していく。ジェットコースターでじりじりとてっぺんへ向けて登っていき、いつか落下する時が来る恐怖に汗が止まらなくなった。人に会うだけがどうしてこうも盛大になるのだろう?とは思うが、本人の中ではかなり必死で大変なことになっているのでなかなか笑えない


Skyコミュニティ内で囁かれる師弟、相方という関係が分からない。その相方がいる人の片割れと二人きりで話すことがどれだけ難しいか
極端な話、果たして相方以外のフレさんはただの星屑でしかないのだろうか


そんなことすら考えるようになり、その晩何かがぷっつんと切れ、初めてアドパス購入者特典のペンダントを外した

これは誇りだったか、首輪だったか、決意だったのか、飾りだったのか。もうよくわからないが、Kさんを思い出すことには間違いない

それは前回の記事で述べたように、例外なく自分にすら当てはまることだ





峡谷エリアをヘッドフォンを付けて疾走する。自分の抱えているものすべてを振りほどくように羽を擦り切らして飛ぶ。エネルギー切れで羽が赤くなろうががむしゃらに羽ばたいた。流星が大気との摩擦により燃え尽きていくように、ただただやり場無く行き場もなくその身を焼いた



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レース待機場に着く頃にはすっかりしょげて落ち着いていた。落ち着いていたのか落ち込んでいたのかもう分からない。冷えた心でぼんやりと点在するキャンドルを灯していた





聞くたびに緊張の走る音が一つ響いた。でもああそうか、という気持ちで心は凪いでいる。自分には関係ない。画面の隅で光がちらつく。動けなくなった


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恐る恐る振り返るとKさんが入り口に立っていた。向こうから会いに来るとは思ってもみなかった


会いたかった
どれほどこの時を待ったか


二鳴きすることしかできなかった。向こうも何も言わずハグのエモートを出すのみで、その静けさが尚怖かった

言いたいことがたくさんあるのに相変わらず何も言いだせず、無言でハグを返した。首元のもふもふに気づき、嬉しさよりも罪悪感でいっぱいになった

「ただ挨拶しに来ただけだから、」とその人は呟いた



「もうお休みですか?」

「いやまだ起きてるけれど」

「話したいことがあるんです」

「でもキャンマラの途中だったんじゃない?」


頭のどこかでぷっつんと何かが切れた。キャンマラ。キャンマラ



「キャンドルよりも大事なことだから」



腹の底から出た言葉にKさんが驚く。まくし立てた自分でも驚いた

もう今しかない。今を逃したらもう二度とチャンスはない。ひっ迫しているのは自分だけだったとしても、この時は二度と来ることはないと直感が警鐘のように告げていた。背後に響くレース会場の歓声に押され、ホームボタンを押した


もうロケーションを選ぶことすら煩わしく、ホームの小高い丘の上で膝を抱えた。夜のホームは存外に涼しげで明るく、もうそれだけで涙が出そうだった。なんであんなにさんざんどこで話そうとか試行錯誤していたんだろう、と馬鹿らしくなった。景色を眺めていると横からふわりとKさんが現れた

「ここでいいの?」開口一番にそうKさんは尋ねた。ああやっぱり優しい人だなと思った



「一方的に話すだけだから放置でも構わない」と前振りを置いたものの、Kさんは都度相槌を打ち、時々はとぼけて場の空気を和ませたり、素直に喜んでくれたり、過度に感情移入せず静かに話を聞いてくれた

一言二言話すだけでもう目の前は涙で何も見えなくなった。正確に自分の伝えたいことを文字にしたくて必死に拭っても、常に涙が視界をふさいだ。Kさんはその少しの言葉で悪い目に遭ったのだと予感したようだった。それを否定できる嬉しさにまた文字が打てなくなる。嬉しさと後悔と開放感と嬉しさという、感情がごちゃ混ぜの海だった

それを泳ぎ切るとKさんは「いいことをしたんだね」とハグをしてくれた。もう一度泣いた



涙が枯れてからも様々なことを話した。ギフトの意図や自分の持病の事、人見知りのこと。実は嫌なことがあって余ったギフトをヤケでぶん投げただけなのではと自分は疑っていたのだが、「それは絶対にない」「好感度システムでもあるまいし付き合いの長さで贈るものではないでしょう」と、Kさんはきっぱり言い放った

そういうもんなのか。そうなのか。友達のいない自分には到底わかりえない心境だった。多分きっと、これが正しいかどうか問うことすらおかしいのだろう。ともあれ長年(1週間)の疑問にようやく終止符が打たれて、自分は心底ほっとした


画面の片隅で人が動く、喋る。砂鉄のように人と人がくっついていく。また一人と、Kさんの傍らに誰かの影が横に立つ。前までこの光景にもやもやしていた自分はもういなかった。黙ってKさんの差し出す手をとってキャンマラに同行した

すべて吐き出した自分は黙ってKさんらが繰り広げる漫才を聞いていた。さっきまで走っていた峡谷の夕日が赤々と輝く。今日ほど眩しいと思うことはなかった

それぞれの空があって、その一部に自分がいること。キャンドルを差し出して火をともすこと。そんな些細な動作にも「ありがとう」といわれること。うっかりして離れ離れになること。ワープでもう一度手をつなぐこと。それら一つ一つを目に焼き付けた


今日のことは一生忘れない、と金色に輝くペンダントに誓った。時々もふもふを巻きたくなることもあるけれど。へこたれたりもうダメな時もあるけれど、どうかそれでも、そんな自分を見守ってもらえたらと思う









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Kさん。

頂いた季節も残すところ一か月となりました。「まだ」ではなく「もう」一か月、と悲しく思います。それと同時に、「もう」一か月過ぎたのか、と驚いてもいます。それだけ自分にとって、彩のある日々だったのだと思います。とても人間らしい感情をもって過ごした日々になりました。まずはそのことにお礼を述べさせてください。

Kさんは「宝くじに当たったように思ってもらえれば」と言いましたが、やっぱり自分は「隕石に当たった」と思っています。宝くじの当たりは自分の意志で、好きなように嬉しく使えるものです。正直アドパスくれるなら前の季節でもらいたかったなぁ(超失礼)と真っ先に思ったことを白状しておきます。それだけこの季節に対して期待していなかったのです。興味もなかった。空を飛びたいのになんで海にもぐるんじゃ、と。ましてやおしゃれの幅が増えたところでどう季節が楽しくなるというのか、と白けてすらいました。そんな気持ちをぶち壊し、様々な感情を呼び覚まし、また美しさや驚きを残していった...そういう意味合いを込めて、やはり今一度「隕石に当たった」と表現したいと思っています。まぁ今都合よく考えたことではあるのですが。

故スティーブ・ジョブズ氏のスピーチの「レンガで頭を殴られる」という表現が好きでそれを望んでいましたが、まさしくそんな体験ができて嬉しく思います。そして私も、点と点を線で繋いでいくことにしようと思います。幸い人並み以上の表現能力を備えているのでこうして形に出来て発散してはいますが、そうでない人もごまんといますね。そんな人たちがどうやって重く苦しい感情に耐え忍んでいるのかと想像すると心が痛みます。

私も言いたい事話したいことはたくさんあります。Skyで話そうとすればきっと左側のチャット欄が自分の言葉で全部埋め尽くされるほどに。それが出来ないのでnoteという場を借りて表現することにしました。Kさんにだけ届けと言いたくなりますが、きっと何も言わない影のような隣人も同じだけ思いを抱えているかもしれません。そんな人もいるという可能性を常に持ってほしいとまでは言いませんが、頭の隅で気にかけてもらえれば幸いです。聡明で直感に秀でたKさんならきっと分かると思います。

時々でいいから、キャンマラ以外の時間を設けてみてください。もちろん現実の都合や、そうすることで犠牲になる人も物も存在するから難しいことだとは思います。それでも、言葉の洪水に溺れない自信がある日が来た時、そうしてもらえたらと思います。私の宝くじの使い道はそれだけです。


これから1か月、どうなるかはわからないけれど多大なる感謝を。できればあなたと過ごせたらいいなぁと思います。本当にどうもありがとう。ありがとうという言葉では足りない程に、ありがとう



もったいないんで他の方に使ってください