見出し画像

次男、初めての知能検査

会話が今でも少し上手くなくて、発語もたまに不明瞭。
そんな次男の知能検査及び長男の個人面談の日だった。

9:00診療開始で約5分前に到着。
「先生が呼びに来ますので」
そう言われて待っていると、女の人が2人連れで待合室へと向かってくる。
「藤枝さーん」
「あっ、はーい」
「こちら担当させて頂く○○です」
そう言って名札を提示してくる担当の先生に挨拶をし、隣をそっと見ると、
「親御さんに聞き取りを行う、心理士の✕✕です。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げるので私も慌てて頭を下げる。

聞き取り?と思いながらも、部屋まで一緒に歩いていき、途中で別々の部屋へと別れていった。
なので、正直にいうと、次男がどんな検査をして、どういう受け答えをどんな風にして、どういう結果になったのかは来月の診察を待たないとわからない。
ここからは私のことだけになるけれど、覚え書きとして付けていこうと思う。

私が案内されたのはテーブルが1つに、椅子が2つ2つの計4つの部屋で、案内され座ると、心理士さんが言うには、3歳頃の状態と、現在(年長。誕生日来てないので5歳)の状態についての質問をいくつか行うので、答えて欲しいとのことだった。

──3歳って、どんなんだったっけ?

そもそも思い出せるかどうか不安の中、質問は始まった。
なんか、似たような質問を何回もされてきたこちらとしては、全くなかったり、あったとしても多少だったりと、そこまで不安になるような質問でもなかったので、ほっとしながら答えていくと、とある一文を読み上げられた。

「──言葉の遅れとか」
私はその言葉にビクッとなる。
今のところ唯一年単位で指摘されてきたことだったから。
「3歳の頃は二語文は出ていましたか?」
どうだったっけ?
頭がぐるぐるとなる。
2歳までは全くと言っていい程話さなくて、それでいいと思っていたら関係機関のパンフレットを渡されて、そこに書かれていた『障害を持つお子さまへ』の文言にショックを受けた。
微笑ましく見守っていたつもりが、単にほったらかしていただけだったんじゃないのかと突き付けられたように思えたので。
慌てていろんな人に話を聞いてもらって、まだ様子見でいいと言われて、2歳半頃に少しずつ言葉が出てきたのは覚えてる。
「…確か、ギリギリで、出てきた、はずです」
ママ、ごはん、ぐらいは言っていた気がして私は絞り出した。
間違ってはいなかったはず。
「じゃあ今は…」
「喋ってます。大丈夫です」
「わかりました」
次の質問へと移る中、私は段々と質問の裏を読もうとするようになっていた。
この質問にこう答えた子は、この可能性があるはず、みたいな。
そんなこと探りながらやっても、正しく答えが出ないんだからダメだ、と自分に言い聞かせながら答えていく。
正直に答えられた、とは思う。

15分程で質問は終わったものの、次男の知能検査は約1時間程かかるそうで、次男の部屋の前で待つこととなった。

次男を待つ間、私は考える。
発達に関しての質問は、次男より長男の方が引っ掛かっていたなと。
生まれた時から夜泣きが本当に酷くて、私が少しでも側にいないとギャン泣きで、でもある程度大きくなったら1回できちんと覚えて、高いところに登ったらトラウマになってしばらく遊具で遊べなくて、久しぶりに実家に帰省したら4日間ぐらいずっと泣いてたぐらい人見知りも酷くて、泣き虫で、2歳の時点で既にネガティブで、嫌なことが起こると頭をポカポカと殴って、2歳で簡単な漢字が読めて、朝起きたら足し算マスターしていて、4歳頃には簡単な3桁の足し算も出来るようになっていて、なんか怖かったりした。
小学校に入学すれば2~3ヶ月で友達との間でトラブル起きて不登校になりかけるし、神童かとこっそり思ってたら段々と年相応になっていくし。
2歳から保育園に通っていて、色々と話は聞いていたけれど、療育をすすめられる程の指摘ではなかった為、また私に今程の療育の知識がなかった為、特に通わせたりはしなかったのだけれど、今のところ全てを乗り越えて頑張っている。
通わせればよかったなという後悔と、でも、それでも今は乗り越えてくれている、だから次男だってきっと大丈夫だろう、…いや、でも、という鬩ぎ合いが複雑に混じる。

そうこうしていると検査開始から40分程で次男が出てきた。
私を見つけると近寄ってくる。
「終わったの?」
そう尋ねると首を縦に振る次男。
「今日はこれまでになります。これ、会計窓口に渡してください」と先生に言われ、クリアファイルをもらう。
これで終了かと思うと、ほっと息をついた。
スムーズにはいったみたいでよかった。

結果は来月の診療時に発表されるとのこと。
さて、午後からは長男の個人面談だ。
もう少し頑張らねば

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?