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おひとりさまブレインストーミング#37旅をする木(悉有仏性)

ここはアラスカです。

「トウヒ(マツ科トウヒ属の常緑針葉樹)の
種子が一つ
気まぐれなイスカ(スズメ目アトリ科の鳥類)のふるまいのおかげで
川べりの湿った土地に落ち、根を生やす。
やがて木は大きくなるが
しばらくたつうちに木を支えている地面は
少しずつ川に侵食されて
春の雪解けの洪水でトウヒは根こそぎ倒され
川によって運ばれる
言ってみれば事故によって
この木の人生は中断されたのだ

普通ならば、普通の人生観ならば、
話はここで終わり。

しかし流されたトウヒの木は北極海流のおかげで
ずっと北のツンドラの海岸に流れ着く。
木というものが全くないツンドラの海岸で
打ち上げられたトウヒは目立つ目印になる
キツネがやってきて、エスキモーの猟師がやってきて・・・

つまり、トウヒにとって
枝を伸ばして葉を繁らせ
次の世代のために種子を落とすという
普通の意味での人生が終わった後も
役割はまだまだ続くのだ。

死は死ではなかった。
最後は
薪としてストーブの中で熱と煙になるのだが
その先も
形を失って空に昇った先までも想像できる

トウヒをなしていた元素は大気の中を循環し
やがてまた
別の生き物の体内に取り込まれるだろう

トウヒの霊はまた別の回路をたどって
多分また別の生命に宿る

人は安易に永遠のいのちとか
不老不死とかいうけれど
本当はこういう意味だ
みんなこのトウヒになれればいいのだが。」

「大切なのは長く生きることではなく
よく生きることだ」
「彼ほどよく生きた者をぼくは他に知らない」

出典:旅をする木:星野道夫著:文集文庫
これは冒険家でありエッセイストでもある星野道夫氏が上梓した「旅をする木」に
彼がアラスカでクマに襲われ亡くなったのちに
あとから作家池澤直樹氏が「いささか私的すぎる解説」として掲載しているものの一部を引用しています。

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