ピラニア 渓谷の潜入

渓谷での激闘

翌朝クロエは二人と別れて作戦に戻っていた。安全地帯でリフレッシュも出来たし情報共有が出来た。今日からは新しい場所での行動であるため身体の休養も万全であった。それに何よりサマンサと会えたことが嬉しい。彼女とはタイで実行された武装勢力壊滅作戦での潜入任務以来会う機会がなかった。タイ奥地のジャングルで包囲されたとき電子諜報でカギを与えたくれたのはサマンサで逃げ道も確保してくれた。無事に壊滅に追い込めたのはひとえに彼女の知識があってこそだ。高度に構築された電子設備の作動によりクロエがロボット兵士や電磁フィールドに囲まれたときハッキングによって窮地を救ったのだ。流石のクロエも機械に関しては博識ではない。むしろ苦手なほうだった。この手の作戦でパソコンに詳しい味方の存在は嬉しい。基本的には単独行動がメインのクロエもサポートの重要さは理解している。今回も二人の助けを借りる。

「しかしこちらの情報が漏れているとしたら誰が潜入している?ブラックマンバ戦闘員なのは間違いないだろうが…潜入に特化しているやつだ。一体何処から。上層部か?それとも現地部隊か。問題はまだ潜伏しているかだ。もしアメリカ軍部隊にいるのならばこの作戦も筒抜けになる危険性が高い。それ以外にも不安材料は多い。早めに手を打って真相を確かめねばな。」

クロエはサマンサの話した情報漏えいの可能性が気がかりだった。アビゲイルならば部下を送り込んで情報を探るのもやるだろうが、あの組織は構成員の忠誠心も高く、拷問でも使用なら確実に死を選ぶ。手酷く痛めつけても薬漬けにしても決して口を割らない。過去にはメンバーを拷問にかけていたアメリカ軍兵士が一瞬のスキを突かれて殺されて逃亡される事件が発生した。アビゲイルの手下は例え拘束していたとしても油断は出来ない。

「サマンサに調査を頼んだから後は報告を待つだけだが、私も出来る限り調べたいな。ステイシーにも一応は頼んだが、ブラックマンバの情報操作も侮れないからな。慎重にいかんと。」

ブラックマンバは様々な部門があり情報を担当する機関も存在する。この情報部門でさえ複数の名前が与えられており、CIAも実名を掴むのに苦労している。更に一つの部門には各部署が下にあり、末端の構成員を統制している。戦闘部門や外交部門と並ぶ最重要なセクションが情報部門である。今回も情報部門のメンバーが送り込まれているとは思うが、相手が相手だけに実像がつかめない。それがまた不気味なのだ。

「あの二人ならば必ず真実を暴くはずだ。」

クロエは今朝のことを思い出した。三人は別々の場所に向かうための準備をしていた。サマンサはブラックマンバの情報を、ステイシーは敵の動きを、クロエは先へ進み実戦を。特に次ぎは渓谷の地形になってるのでマップを良く確認した。武器庫などが多かったジャングルを出た今いる海岸の先にあるジャングルを超えるとそこは険しい渓谷が広がる地域なのだ。巨大な山脈がある。ここにはステイシーの話ではゲリラの基地と点在する倉庫、そして麻薬組織のアジトがあるらしい。しかしブラックマンバ関係の情報はない。サマンサも毒蛇の情報はあまり持っていなかった。これに関してはクロエが実際に進軍しながら調査するしかないようだ。実際のことは現地でしかわからないこともある。

「お前達は引き続き情報収集と破壊工作、爆破に当たってくれ。何かわかったら直ぐ連絡をするように。私も気になることがあったら連絡する。サマンサは電子機器で敵側のことを調べてくれ。ステイシーはこの先に先遣して敵の弱体化を図ってほしい。私はこの渓谷に向かう。このジャングルに敵の主力は無かった。街から比較的近いから要所は少ないのだろうがな。私が思うのは山を越えた先の川や沼地辺りだ。広いジャングルがあってそのジャングルの先はアマゾン最奥部の巨大ジャングルがある。ここが怪しい。」

「わかったよ。」

「了解よ。」

「ここを超えれば今度は川があるな。大きな川に出るようだ。川越になる。」

「でも街からジャングルに入って、この海岸はジャングルの最果て。一つ目のポイントは通過したよ。このビーチの向こうの渓谷を超えればこちらの反対側のエリアに出られる。川に出られるよ。そうしたら第二関門突破だね。」

「気をつけなさいよ。どうやらあの渓谷はある意味で要塞化されてるわ。自然の防御線になってるの。」

「ああ、用心しよう。」

「ジャングルにそびえる剣山のように並んだ山だから上るのも気を付けてね。」

「敵や罠にも注意しないとだけど自然そのものが行動を阻んでくるのも頭に入れておいてね。」

「言われるまでもない。」

「私は先に行って武器装備の回収と破壊に従事するね。また渓谷の向こうで会おう。それじゃ。」

「私も行くわ。あの先には列車の形跡がある。ブラックマンバのジャングルトレインかも。」

「私もそろそろ行くぞ。またあとでな。」

クロエは武器をバッグにしまい込むと敬礼をして海岸とジャングルの向こうに待ち構える渓谷へと歩を進めた。二人が言うように緑の迷宮から突き出した山脈クロエが山越えをする高山だ。

海と川を挟んだ真ん中にある巨大な要塞のような山…

岩や樹木で覆われたその山脈は窪みや砂利道、深い谷など険しいルートが目白押しだ。

「まずは下見をしてみるか。」

彼女は渓谷に繋がる道を目指す。どのようなルートになるのか見たいし、具体的な登山計画を練りたかった。重要なのは敵と遭遇した時有利になるかだ。

「アマゾンは複雑な地形で構成される地球のオアシス。山一つ上るといってもそこには様々な障壁があるはずだ。それ逆に利用する。」

そして今まさに渓谷の真下にいる。一体何千メートルあるのか。頂に雲がまとわりついた山々は峻嶮な地形となって進軍を防いでいる。アビゲイルがトラップを用意しているかもしれない。焦っては進めない。

「まずは道になっているとこを行ってみるか。」

恐らくは敵部隊が使用しているだろう人が通った形跡のあるルートを選んだ。ある程度進めば道を逸れて隠れながら進める。まずは土地勘をつかんでおく。マップではこの山の先は川に降りて再びジャングルに入る。まだ距離は長い。クロエはいつでも戦闘に入れるように銃とナイフを抜いて構えた。今回は山岳戦になる。いつ敵と鉢合わせできても対処できるようにしておかなくては。ジャングルとはまた違うが渓谷なども隠れる場所は多い。この渓谷は深い谷に挟まれているので移動にも要注意だ。一見するとこの山は岩と木々が生い茂った場所で素早く隠れれば死角に入れそうだった。

「そこまで急な斜面だはないんだな。やはり人が通っただけあるか。しかし道をそらせば下は奈落の底だ。」

クロエが選んだルートはちょっとした道にはなっていたがそれでも人ひとりがやっと通れるような粗末な道だ。贅沢は言っていられないが、横に足を滑らせればあっという間に崖下だ。まず助かるまい。敵がこの山を利用して向こう側に渡るのも外側からは容易に近づけないからだろう。しかしこの山脈は敵軍の前哨基地になっているためいつ敵兵と遭遇するかわからない。

「行くしかないが危険だ。しかしこの山の麓はなだらかになっているんだな。このままこうならいいんだが。」

クロエは一歩一歩山を登り始めた。しかしこの道には大きな秘密があった。この山は下は上りやすそうに見えたが実際は泥濘地で足元を取られる厄介な地形だった。連日の土砂降りで地面がグチャグチャになってしまったのだ。誤算だ。これにはクロエも手間取った。

「よりによってぬかるんでいるとはな。まああの雨では仕方がないか…ゆっくりいかないと真っ逆さまだ。」

そして側面は谷になっているのだ。これは恐ろしい。更にもう反対側は岩肌になっており、意外と脆くすぐ石が崩れてきた。これは相当に危険な道である。

「行くしかない。慎重に。」

クロエは泥にはまる脚を引き抜きながら徐々に登っていく。しかし、泥に愛を阻まれ、両脇は谷底と岩肌というこの山登りはとてもキツイものだった。クロエで無ければ迅速には進めないだろう。彼女は脚を浮かす方法で泥に足を取られる前に歩を進める。出来るだけ体重をかけないようにしたい。重さを逃がして飛び跳ねるように上手く歩く。滑らかに。少しでも泥濘地を早く進みたい。この方法でクロエは何とか半分上り切った。しかし彼女はここまで来てこの道のことがわかってきた。ここは元々地盤が緩い。

「元から軟弱な地盤のようだな。これならば少しの雨で泥濘地になる。ここをわざわざ移動ルートにしているとなると何かがあるな。そして両端の谷と崩れやすい岩…一見ゆるそうに見えるこの坂なら上手く誘い込めば谷底へ真っ逆さまに落ちる。巧妙なリッチだな。ここは自然を使った罠のようなものだ。まだしばらく続くが先を急ぐか。」

この道は上ってみるとゆるやかな坂ではなかった。麓からの印象とはまるで違う。崩れた石が泥にめり込んで踏むと痛い。これは気を抜いて進むと谷へ落ちてしまうような地形になっている。これならば何も知らないで登れば苦労する。他のものがクロエのような勢いで進めば渓谷の下に叩きつかっているだろう。これをブラックマンバ達が道として利用しているなら好都合なはずだ。

「ひどい道だが、あの雨の中を進むよりはまだ良かった。」

この泥濘地だ。あの集中豪雨の日にこの渓谷に挑んだら地獄だっただろう。とても進めなかったかもしれない。

「しかし、本当に不思議な道だな。幅も広がったり狭くなったり。谷へ落そうとしているとしか思えん。」

気を抜けば落ちてしまう悪路を一歩一歩踏みしめる。

タイミングよく泥を潜り抜けながら標高の高い山を越えていく。すると道が安定してきた。もうそろそろ泥濘地から抜け出せる。

「だいぶ来たな。また地形が変わってきた。どうやら泥は無くなってきたようだ。」

クロエはその真意を探りがら登っていたがいきなり奥まった空間が見えてきた。

やっとそこまでたどり着くとそこは不自然に穴が開いていた。ここは隠し通路か?そう思っていると中から声がした。敵がいるようだ。

「こんなところで何をしているんだ?」

クロエは聞き耳を立てた。

「大量だな~。これでここも丸ごと軍事基地だ。」

「麻薬も飛ぶように高く売れるし、運が向いてきたってことよ。」

「マヌエラ様の命令でこれをこの山に持ってきたのは良いが何に使うんだ?」

「ここを通るアメリカ軍機を撃ち落とすためさ。この渓谷の先はアメリカ軍とゲリラの戦闘地域にかかっている。この谷の近くを米軍が輸送で飛び交っているんだ。そこをいい加減突いてやるためさ。」

「俺はこの山脈には来たことがないからわからないがここはアメリカの航空機が良く来るのか。ここは下から見る地形と実際の地形とは違う。上ってみると悪路で斜面もキツイ。雨が降れば泥まみれさ。おまけに岩肌が崩れやすくそれに足を取られれば谷底に消える。まさに自然の要塞。容易に部隊はからここを越えられない。しかしヘリなら簡単だ。しばらくはそのまま泳がせていたがそれもここまでよ。遠慮なく叩き落としてやれと言われたぜ。」

「確かにこの山はバリエーション豊かな地形だし使いどころが多いな。それも麓の景色とは違かった。なるほどな、これは良い足止めだぜ。」

「そうだろう。これで輸送ヘリを追い出せば戦闘も有利になる。海岸線から近い立地もあってここは風も強いし、中々の要塞だぜ。」

「違いねぇ。」

穴の中はどうやらゲリラの対米兵器の搬入口に繋がっているようだ。しかしアメリカ軍部隊を攻撃する準備があるとは。何とかしなくては。

「ロケットランチャーはこの山に設置された固定砲台に運べ、ヘリに居場所を悟られるなよ。」

「わかった。」

「爆薬をしまったら次は上の陣地だ。」

男たちがプラスチック爆弾などを収納した箱を横穴の奥に作られた隠し部屋にしまっていた。ここは武器貯蔵庫でもあるようだ。誰にも知られない武器庫…もしかすると大量の武器が隠されている可能性が。

「グレネードランチャーとジャベリン…ここはこんなものだろうな。ジャングルトレインから運ばれてきた積荷を全部この山にしまうには時間がかかる。」

「流石ブラックマンバの流通網だ。」

「これだけあれば当分持つぜ。さあ行くぞ。」

まずい。男たちがこっちに来る。見つかる。

「隠れなければ…!」

クロエは咄嗟に土とカモフラージュされた扉の上にぶら下がり男たちをやり過ごした。キツイ態勢で通り過ぎるまで待つ。頭上に女がいるとは夢にも思わず男たちは上へと向かった。クロエは確認すると降りて扉の前に立った。巧妙に壁にカムフラージュされた部屋だ。隠し武器庫はこの山のいたるところにあるのだろう。ここならば攻撃してもびくともしないと思われる。

「一応中を見てみるか。」

クロエは扉を開けた。中は意外と広く奥が深い。所狭しと武器を詰めた木箱が積み重なっていた。恐らく他にも装備品の倉庫や食糧庫もあるはずだ。爆破は難しいが調達することはできる。クロエは使えそうなものを探してみた。ここは対空兵器が多いようだ。今までの武器庫とはレベルが違う。この山全ての武器を使えば全面戦争が出来るほどの規模なのでは。そう思えてきた。ここは一つの山ではなく複数の高山が山脈と渓谷で繋がった複雑な構成をした山々なのだ。

「ヘリ撃墜と言っただけあって航空兵器が多いようだな。これだけあればヘリ部隊を強襲できるだろう。そうなれば戦闘地域で苦戦している部隊は更に苦しくなる。確かゲリラと戦っている部隊は補給線が分断されていると聞く。ハッキリ言って現在対ゲリラ戦闘を行っているアメリカ軍部隊の戦況は思わしくない…ブラックマンバの暗躍といい不安だな。ここれを越える前に隠し武器の調査もしてみるか。ちょうどここはヘリが通るルートと重なっていたんだな。何かが出るかもしれん。」

クロエは対空兵器が積まれた部屋を出ると砂で滑りやすい坂道を駆け抜け、同じような場所をさがした。山の三分一程度までは上ってきた。もしかすると定期的な部分に隠し倉庫があるかもしれないのだ。

「さっきとあまり離れていないところに同じような隠し部屋があるはずだ。これだけの大きさだ。どこを改造したかわからん。中をトンネルにしているかもしれない。」

泥濘地は抜け出したが今度はサラサラの砂場の道が邪魔をする。

「ここは本当に自然の防衛線だな。」

しかもまた崩れる岩が砂に潜り込んでいて足が痛い。

それでも何とか数十メートルは進んだ。上手く浮力を使って進む。するとまた広い空間が出てきた。クロエはそこに駆け上がると誰もいないことを確認し不自然な土壁を開けて中に入った。

やはりそこは武器庫だった。今度が対空兵器に加えてロケット砲などもある。向こうには迫撃砲だ。これだけの装備が次々と運ばれているとなるとゲリラの大攻勢のために準備をしていると考えられる。

「奴らもすぐには攻撃しないだろう。補給に来るヘリを撃つのは命令が出てからだ。その前にもっと兵器群を持ち込むはず。」

クロエはその部屋を出ると上を目指して駆け出す。相変わらずの砂の地面。飛び越えるように上る。まだ泥よりは走りやすい。すると突如砂だらけの道が終わり、植生の道が出てきた。苔や草が生い茂っている。ここからその光景が見える。緑色の大地が。あそこは頂上付近なのか。だがその前にまた広い部分がありやはり隠し扉があった。

「誰もいない。よし、行くか。」

クロエはその窪みに向かうと変化に気づいた。下の扉よりも大きい。土に中の扉は鉄が使われているようだ。横幅や縦幅も倍以上だ。重要なものがあるのか?

クロエはその扉を開けた。

「これは…!」

そこにあったのは対空兵器や銃火器だけではない。何とヘリだった。アメリカ軍のヘリが格納してあったのだ。何故こんなものがここにあるのだろうか。それにメンテナンス道具もある。

「一体何処からこんなものを?アメリカのヘリが何故ここに…鹵獲したのか?これを使って何をするつもりなんだ。」

疑問は残るがクロエはあの木々が生える場所に向かうことにした。あそこに何かあるはずだ。しかしヘリがあったとなると一機だけではないはずだ。この山脈にまだ隠しているはず。奴らはその気になればヘリまで飛ばして攻撃するのか。思ったよりもこの山は武装化されているようだ。

「あそこに基地があるかどうかだ。」

頂上付近ならば連絡するための施設があると思われる。敵兵も至る所に武器を運ぶには管理もいるだろう。木々で死角になるあの場所に作るのが良いと思う。

クロエは今度は草だらけの道を急いでいく。思ったよりも坂はきつくなったがそれもすぐ落ち着いた。山頂付近に上りついたのだ。あっという間だったがクロエ以外の兵士では一日では行けないであろう。

「この山はやはり至る所に隠し武器庫があるな…あの中にはヘリもあるんだろう。この兵器の多さでは集中砲火が始まればとても厄介だ。ヘリ部隊は全滅かもしれん。」

そう考えていると、深い木々の奥に大きい建物があった。ここがこの山脈を管理する基地だ。電波を受信するドームまである。クロエはその建物の壁面に描かれている紋章を見て渋い表情を浮かべた。ブラックマンバのマークである髑髏に巻き付き銃に噛みついた毒蛇の絵だ。それが描かれていた。ここはブラックマンバ構同国ではモケーレ・ムベンベというUMAも目撃されている。こちらは捕えて食べたという記録もあるがンデンデキは捕らえて食べられたという伝承は無い。沼の主として恐れられているンデンデキだが、魚食であり、積極的に人を襲うことはないらしい。
しかし雄大で原始の自然環境を持つコンゴにはロマンとまだ見ぬ生物の可能性を秘めている。

成員も出入りしているのか。

「あれはブラックマンバの紋章…ならばアビゲイルの手下達もここに来るということだな。やはりゲリラの大攻勢実施のためにこの渓谷を改造していたんだな。弱らせて一気に米軍を叩く魂胆だ。」

クロエは建物に近づく。中を確認するとあの二人がいた。そしてもう一人、屈強な男がいた。

「武器は全部運び終えたな。」

「すべて手筈どおりです。」

「これであと一回武器を搬入して各所に仕込めば例えヘリ部隊に包囲されてもやりあえますよ。」

「ご苦労だったな。お前たちは休んだらトレインに向かえ。アビゲイル様とマヌエラ様に報告してこい。総攻撃の準備は出来たとな。ジャングルトレンの残りの輸送で渓谷での対ヘリ戦闘態勢は整う。」

「わかりました。隊長はどうするんです?」

「俺はアメリカのヘリの整備をしておく。戦闘になったらあれに乗るからな。念入りにな。」

「あのアメリカ人はどうしますか。殺しますか。」

「いや、まだ生かしておけ。良い労働力だ。それに吐かせたいこともあるしな。」

「確かに餌に使えるかもしれませんね。」

「マヌエラ様達にかかれば良い交渉材料かもしれん。俺たちはアメリカを倒すまで戦う。さあ、行け。」

「はっ!」

「列車に乗ったら次は対空兵器とその弾薬、爆薬合わせて一トン用意してくれと伝えてくれ。戦闘になればここは最前線になる。何しろあの数のヘリを撃ち落とすんだからな。」

「了解しました。」

「それでは。」

二人が出ていく。

「後少しだ。次の列車が来ればここの武装は完了する。そして手柄を立ててやるんだ。」

「俺がここの最高指揮官になればこの渓谷は俺のものだ!」

「さて上に報告書を作るか。」

指揮官はパソコンで文書作成をはじめた上層部に提出する管理文書だろうか。武器装備品などの搬入も後一回で済むようだ。二人は出ていった。どうやら他には人はいないようだ。

「今の内に探るか。」

クロエは辺りを散策してみることにした。

この基地は山脈の頂上にそびえたつ二階建ての屋敷だった。ちょうど木々に隠れて回りからは見えない。これならばこの渓谷一帯を監視することに適している。今までの粗末な建物とは違うしっかりとしとコンクリートの建物だ。防御壁も見える。ここを使って山岳戦を防衛したりするんだろう。たっぷりと物資が備蓄してあるに違いない。

クロエは匍匐で辺りを調べてみたが、特に何もなかった。ここはシンプルな作りのようだ。有事の際には至るところに兵士が配置されるんだろうが。
気になったのは屋敷と鉄塔、そして木の奥に挟まれるように作られた建物の三つだ。

「あの鉄塔はもしかしたらゲリラ部隊の上層部と連絡するためのものか。だとすれば本体に近づけるからも知れん。あの屋敷の中に何らかの証拠もありそうだ。」

この管理基地を調べればマヌエラの本部やブラックマンバに近づける可能性がある。周囲には他には何もない。やはり必要最低限の設備はあの屋敷だけなんだろう。

「他には鉄塔の奥にある建物だが、あれは捕虜を閉じ込めておくものか?」

クロエは屋敷と鉄塔の奥にある横に広い宿舎のような建物を見つけた。捕虜を捕らえているといっていたがあそこに放り込んでおくんだろう。覗き窓のようなものがある。

「後はもう何もないな。」

クロエは屋敷に忍び込むことにした。中にいるのはあの指揮官らしい男だけ。今の内に無力化するか。気づかれないように部屋を見てみても良い。

「あの建物に行く。」

草むらから中に入りたい。

「裏口から中に入ろうか。」

正面からではなく裏手にある小さい扉から入ることにした。あまり目立たないようにしないと。捕虜を助ける前にあの男に情報を聞き出したい。

「やはり気づかれないようにした方が良いな。」

そう判断するとクロエは一番近い部屋に入り込んだ。ここは医務室のようだ。薬品の瓶や箱がたくさん並んでいる。

「痛み止め、麻酔、軟膏もある。これはありがたい。出来るだけ持っていくか。」

衛生兵が使う担架や野戦病院キットなどもあった。

運が良いことにここには医薬品が多くあった包帯類も豊富だった。手術台のようなベッドを見る限りここで負傷した兵士を治療するつもりなのだろう。ゲリラ部隊の戦闘準備が定まってきた証だ。

「この屋敷は廊下をメインに部屋が並んでいるんだな。」

山岳の基地は長い渡り廊下がありその左右にドアがついていた。トイレ、キッチンもある。そして連絡室があった。

「ここだ。」

そこは無線連絡を行う部屋だった。ここを探せば手がかりがあるかもしれない。本隊の情報を探す。

「ゲリラ部隊への連絡事項、物資の搬入状況、武装化の説明…だいぶ種類が多いな。ここはかなり重要な役割の場所のようだ。ヘリ対策のチャフの発注までしてある。」

想像以上に規模が大きい連絡だった。それにアメリカ軍から接収した兵器や武装も手に入れているようだ。この渓谷の先の川を越えるとあるというジャングルで行われている戦闘で奪い取ったものだろうか。ゲリラ部隊やシンジケートではなくブラックマンバ戦闘員が前線に出ている可能性もある。たくさんの兵器を丸ごと鹵獲するのは巧妙な計画がいる。

「ヘリ以外にも米軍兵器が隠されているに違いない。」

クロエはもっと資料を漁ってみた。銃器の鹵獲情報、捕虜の捕獲情報、そして装甲車。近隣の戦域では広範囲な兵器群を敵が手中に収めているようだった。その中にでも武装ヘリは大切に扱われているようだ。

「これを上手く使われたら相当厄介だぞ。」

武装ヘリを手に入れているということは容易にジャングルでも迅速な制圧が出来るということである。それにジャングルトレインの情報もあった。武装を搭載した列車がジャングルを横断しているようだ。

これで大量の武器を輸送しているのだ。この列車がどこから来ているのかも調べなければならない。先はまだ長い。

「列車の調査も必要だな。」

クロエは連絡ルームでパソコンのモニターに写し出されたゲリラ軍の基地をクリックした。この先にあるジャングルトレインの終点にもなっている巨大な基地があった。ここは敵の本拠地なのかもしれない。

「ここまでいくには川も越えなければならないな。そして戦闘地域を経由している。」

列車は戦地の裏側を通って沼や川の遥か先に繋がっている。

「ここから近い線路は湖の畔か…行ってみるか」

列車に乗ればジャングルをショートカット出来る可能性もある。方法は後で考えるが乗り込めれば便利になる。この渓谷の要塞から程近いのが麓の湖にあるターミナルのようだ。

「この建物をもっと調べて山を下り、湖に向かうルートで決まりだ。」

クロエは部屋を出る前に次の列車が来る日付を見た。三日後の到着のようだ。それまでに何とかここをやり過ごさないとならない。敵兵の対処についても考えを張り巡らす。無力化か隠れているか。

「だがこれを逃す手はない。列車に潜り込めば素早く敵の陣地に入り込める。二人とも連携がとれるな。」

列車のことはひとまずおいておいて、ロッカールームに入った。空のロッカーが多いが、荷物が入っているロッカーもあった。ここはゲリラ達の私物がおかれている部屋のようだ。今はガランとしている。扉を開けると残留物が残されたロッカーがあった。そこには食べ残したジャンクフード、ペットボトル、そして雑誌などが散乱していた。

使えそうなものはないが、雑誌は持っていくことにする。

そのロッカールームの奥にダクトがあった。ここから天井裏に入れば上から様子を観察出来る。早速ダクトを外して上に上がった。

「ここからなら誰にも見つからない。あの指揮官の部屋にも容易く近づける。あの部屋には何かがありそうだしな。」

クロエは先程の指揮官がいる部屋を目指した。

「捕虜は最後に助ける。」

ダクトに潜むネズミを避けながら段取りを決める。

「あそこを制圧して少しでも情報を得なければならん。」

クロエの計画はハッキリと定まった。

etc.....




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