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手のひらの実験場

私が寄生虫に興味を持った理由に、寄生虫が成長段階に応じて宿主を変える複雑な生活環を持っているということがあります。そこで、オヤニラミに寄生していたCoitocaecum plagiorchisが有名な寄生虫だったので、まだわかっていない生活環の解明を次の目標にしました。しかし、C. plagiorchisを発見した場所(加古川)で、この吸虫の一生を調べるには大きな問題が1つありました。それは、“広すぎる”ということです。

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吸虫の一生って?

先にも言いましたが、吸虫(今回は二生類)は成長するたびに宿主を変える複雑な生活環を持っています。吸虫は脊椎動物の消化器官内で成虫になり、卵を産んで糞と一緒に体外(水中)に放出します。放出された卵は、孵化してミラシジウムとなり、水底に生息する動物(主に軟体動物)に侵入します。この軟体動物の体内で、ミラシジウムはスポロジスト, レジア, セルカリアと姿を変えていきます。種類によっては、スポロシストやレジアにならないものもいますが、どの吸虫も最終的にはセルカリアとなり、軟体動物から泳いで抜け出し、近くを泳いでいる動物に移動します。この時、直接脊椎動物の体内に移動して成虫になるものと、別の無脊椎動物に移動するものもいます。ちなみに、別の無脊椎動物に寄生した吸虫は、メタセルカリアという形態になります。この形態は、被嚢(殻を被って)して成長せず、宿主の無脊椎動物が目的の脊椎動物に食べられるのを待ちます。

図1

専門用語を使ってまとめ

終宿主:吸虫の成虫(卵が産めるまで成熟した個体)が寄生する動物。吸虫類の場合は、原則魚や哺乳類などの脊椎動物です。
第一中間宿主:卵から孵化したての幼虫が寄生して、セルカリアまで成長する動物。二生類の場合は主に貝類をはじめとした軟体動物です。
第二中間宿主:セルカリアが終宿主にたどりつくまでのかけはし的な動物。特に決まった動物はいないです。
これまで、混在して使用していましたが、「一生」と「生活環」の違いについても簡単に説明します。一生は、「ある動物が生まれてから死ぬまで」のことです。一方、生活環は、「ある動物が卵として生まれてから、成長し、卵を産むまで」のことです。要は、「一生」は1個体限定の話で、「生活環」は親から子の繋がりの話です。

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生活環を研究する課題は?

先述したように、吸虫は一生の間に複数の動物に寄生します。しかも、全ての宿主に何かしらの関連があります。具体的に言えば、第一中間宿主は終宿主が糞をする場所に生息しています。また、終宿主は第一中間宿主の近くに行ってセルカリアに感染するか、メタセルカリアに感染した第二中間宿主を食べます。
加古川は兵庫県で流路延長・流域面積が最大の河川です。この加古川には当然ながら、多様な動物が生息しています。すなわち、加古川では中間宿主の候補となる動物が多すぎて生活環を解明することは無理です。そこで、山奥の小川や用水路のような狭い環境で生物種が把握できるような調査地点が必要となります。このような調査地点を大学院の時の恩師は「手のひらの実験場」と読んでいました。

明神川


どこで調査をしたの?

私が必要としていた調査地点の条件は、「狭い」「オヤニラミがいる」「中間宿主の候補の動物(貝類や甲殻類)がいる」でした。他にも、職場から1時間程度で行けるなどの条件がありました。1年ほどの捜索ののち、姫路の山奥の夢前川の支流に全ての条件を満たした場所があることを発見しました。その後、ここに5年ほど月に1回のペースで調査に行くことになりました。最初は職務質問を受けることもあり大変でしたが、何度も通ううちに地元の方にも覚えられ、野菜をもらったりすることもありました。やはり、あいさつは大事でした。
調査も大変でしたが、生活環の解明はさらに難航しました。しかし、いろんな方の協力を得られたこともあり、この解明を通して多くのことができるようになりました。単生類の研究を形にできたのも、生活環の解明の副産物だと思います

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【参考文献】

長澤和也『魚介類に寄生する寄生虫』 ベルソーブックス 成山堂書店

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