見出し画像

体をきれいにする寄生虫

1990年後半に藤田紘一郎博士の「笑うカイチュウ」や「空飛ぶ寄生虫」という随筆が流行りました。藤田氏の著書には、ヒトが寄生虫に感染することで、アレルギーなどの症状を抑えられるというものでした。私もその斬新な内容にひかれ読み耽った覚えがあります。先日、Twitter上で開かれた寄生虫座談会の中で再び「体をきれいにする寄生虫」の話がでてきたので、少し紹介します。

あらすじ

Accumulation of some heavy metals in Hysterothylacium aduncum (Nematoda) and its host sea bream, Sparus aurata (Sparidae) from North-Eastern Mediterranean Sea (Iskenderun Bay)”という2011年の論文です。地中海のヨーロッパヘダイの体内にある重金属を寄生虫が吸い取っていたという内容です。これまでは、魚類の寄生虫を研究は魚病の原因を解明するために行われることがほとんどでした。この論文では、水生生態系における寄生虫の重要性と意義を提唱し、寄生虫が生物指標として有用であるかどうかを明らかにすることを目的としています。この論文の内容をより詳しく知ってもらうために、まずはいくつか用語を紹介します。(表紙の写真は2本のヘダイです。)

生物濃縮

食物連鎖”や“食物網”という言葉をご存知でしょうか?よく似た意味の言葉ですが、少し違いがあります。食物連鎖は、生物同士の食う食われるの関係を1つの鎖状の関係に示したものです。例えば、草の葉→バッタ→カエル→ヘビ→トンビといった1本の流れがあります。しかし、実際はバッタを食べるのはカエルだけではありません。カマキリが食べることもありますし、カエルがトンビに食べられることもあります。現実に起こっている食う食われるの関係を結べば、網状に広がることから食物網とよばれます。

草などの植物のことを生産者といい、バッタやヘビなどを消費者といいます。私たちが、草食動物と言っている動物は”一次消費者”といいます。カエルは二次消費者、ヘビは三次消費者となります。

海洋中には人間が流した多くの有害物質があります。生物の体はよくできていて、有害な物質はすぐに排出するか分解されます。しかし、重金属や一部の化学物質(ダイオキシン類など)は脂肪や細胞内に蓄積し、排出されることはありません。すると、高次の消費者ほど体内に重金属や化学物質を溜め込むことになります。具体的な数字を出して意説明すると、バッタの体内に重金属が1含まれているとして、カエルがバッタを100匹食べたとしたら、カエルの体内には重金属が100含まれることになります。ヘビはカエルを1匹食べるだけで、重金属を100体内に含むことになります。海洋ではこの生物濃縮がより深刻です、理由は海洋の食物連鎖のはじまりがひじょうに小さい植物プランクトンや動物プランクトンだからです。我々がいつも食べている魚はすでに大量のプランクトンを食べており、かなりの量の重金属などを含んでいることになるためです。

数値は仮の値です。

アニサキスと生物指標

寄生虫が宿主魚類の体内に蓄積した有害物質を除去することを調べるにあたって、著者らはアニサキス科線虫を使用しています。アニサキスは食中毒で有名なあの寄生虫で、特定の地域(海域)で特定の宿主に寄生することが知られています。ちなみに、生物指標とは目印となる生物ということです。海遊する魚のルートを調べるために、魚にタグ(目印)をつけて放流し、世界各地で探すという方法がとられています。このタグとして寄生虫を用いるというのが生物指標であり、特定の地域で特定の宿主をもつアニサキスは、寄生しているアニサキスを調べることで宿主の魚の出身地がわかるため、都合がよいです。

結果は?

カドミウム, コバルト, , , 水銀, マグネシウム, マンガン, , 亜鉛が魚類の肝臓筋肉皮膚にどれだけ含まれているか調べたのち、寄生虫に含まれる金属の濃度を調べた結果が論文に書かれていました。一部の金属は、体の部位によって濃度差がありましたが、寄生された魚の重金属蓄積量は寄生されていない魚の重金属蓄積量と比べて、カドミウム,銅,水銀,鉛の濃度で低くなっていることが確認されていました。また、寄生虫の体内のカドミウム,銅,鉛の平均濃度は,宿主魚の他の組織の濃度よりも高くなっていました

今回の話の筋にもなっている食物連鎖でも、寄生虫による養分の横取りが想定以上に多いと言われており、寄生虫は生態系に大きな影響を与えていると考えられます。海洋の食物連鎖は、植物プランクトンからはじまり、最終の生物はクジラ類や大型の魚類になります。栄養の移動という点だけで考えると、寄生虫はクジラ類や大型の魚類から栄養を横取りしているので、寄生虫こそ食物連鎖の最終点となります。しかし、寄生虫は体があまりにも小さいことから生物濃縮の対象としてみられることはほぼありませんでした。この論文は、寄生虫をまた新たな視点でみるきっかけを与えてくれました。

参考文献

Dural, M., Genc, E., Sangun, M.K. et al. Accumulation of some heavy metals in Hysterothylacium aduncum (Nematoda) and its host sea bream, Sparus aurata (Sparidae) from North-Eastern Mediterranean Sea (Iskenderun Bay). Environ Monit Assess 174, 147–155 (2011).

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?