【短編小説】きらいな人
あいつさえいなければいいのに。あいつはイヤな奴だ。僕のことをキモいって言ったり、死ねって笑いながらいうんだ。あいつなんて嫌いだ。僕の物を破いたり隠したりするんだ。クラスの人たちは関わりたくないのか助けてくれないし、見て見ぬフリをする。
……でも、それも当然かなって思う。僕を助ける価値なんてないから。冴えない顔、頭が悪くて運動もできない。話もヘタクソで、すぐに誰かの足を引っ張る。
親も、小さい頃はお前なんて産まなきゃ良かったと言ってたくさん構ってくれたけど、ここ最近はずっと無視される。殴ったり蹴ったりされたのは痛いのを我慢すれば終わったけど無視されるのは終わりがないから嫌だ。だからといって自分から話しかける勇気があるわけではないけど。
こんな僕だからクラスの人たちも愛想をつかして誰も目を合わせてくれないし、話しかけてくれない。誰も、だれも僕を見てくれない。でも……あいつだけは構ってくれる。きらいなはずなのにあいつを見るとホッとするんだ。あいつが死ねっていってくれるから、まだ息をしていることに気づける。あいつが殴ってくれるから、痛みを感じて生きてるって実感できるんだ。
だけど最近エスカレートして、人目を憚らずに暴力を振るうようになった。それが先生に見つかって、かなり先生に怒られたらしい。それから僕はあいつに構われなくなった。普段は何かしらの教科書が無かったりするのに今日は全て揃っていた。掃除を僕ひとりに押し付けるのが日課だったのに、今日は、何も言われなかった。
日常が非日常になった。
透明人間になったみたいだ。誰も話してくれないし、目も合わせてくれない。あいつにいじめられなくなってから僕は幽霊になった。
いじめが発覚して数ヶ月後、職員室に呼ばれた。なんともあいつが転校するらしい。だからもう大丈夫だからね、と先生に言われたが何を言われたのか頭が追いつかなかった。職員室から出た後、やっとあいつが転校することを理解した。あいつがいなくなることを考えると無性に腹が立って、あいつを屋上に呼び出した。抵抗すると思ったがすんなりきてくれた。嬉しかった。やっぱり君だけが僕のことを見てくれる。親でさえ見てくれない僕を。
僕は今まで言いたかったことを君にぶちまけた。お前が嫌いだ、お前なんて消えればいいと。君はそんなつもりじゃなかったと言い訳を並べながら泣き出してしまった。僕は君に近づき、ずっとやりたかったことを伝えた。君を思っての提案なのに君は体をこわばらせて拒否した。信じられなかった。
「なんで? 君は、転校しても僕をいじめたことは消えないんだよ。罪悪感を持ちながら生きることになる。君は悪いことだって自覚したら何もできないタイプでしょ? 君のことずっと見てきたから知ってる。君も本当は辛いんでしょ苦しいんでしょ、僕はわかってるから。一緒に楽になろう。君も気にいるから」
そう言って無理やり君の胸を押して、一緒に屋上を飛び降りた。グシャッという音がして、体から熱いナニカが流れているのがわかる。目の前のガラス玉のような目玉を見て確信した。
ああ、大嫌いな君と死ねて、すっごく幸せだ。