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THE 日記(11/26〜12/1)

十一月二十六日
 昨日寝る前になぜかウイスキーをロックでがぶがぶ飲んでしまって、やっぱり酒はあんまり体に合わない。ビール一杯ぐらいがちょうどいい。それで起きるのが遅くなって、頭も回ってねえな、という感じで家を出る。『誰かの日記』を発送したレターパックが返ってきていたようで、ただそれをまた俺が受け取れなかったから不在票が入っていた。結構前の日付っぽくて、どなたに送ったやつなのかがわからない。千歳郵便局から俺宛になっていた。しかも保管期限が過ぎていた。近くの郵便局に入って、「これ保管期限が過ぎちゃったみたいなんですけど……」と言うと、傍らにあるパソコンをパチパチとやって、「送り主様に返送されてるみたいですね」と言われる。「あ、いや、すいません、あれなんですよ。これ、僕が一回送って、それが返ってきたやつで」と言うも、なぜかそれが全く通じず、結構イライラしてくる。「送り主様に返送されてます、という情報しか記載されてなくてですね」「いや、僕です。送り主僕なんですよ」というラリーを四回ぐらいやって、「返送じゃなかったら、じゃあこれ送り主が千歳郵便局ってなってるじゃないですか? 千歳郵便局が自発的に単体で俺宛に荷物送ってくることってなくないですか?」みたいなことを言っていたら、多分俺の声がデカくなっていたというか、イライラしてる様子が伝わったのか、ベテランの人が出てきて一瞬で解決してくれた。
 下北。トロワシャンブル。あんまり回らない頭で『哲学探究』。お酒って本当いいことないな、と思う。じゃあなんで飲んだんだ。あんな簡単に頭を鈍らせるものが平然と大量にコンビニで売ってるのやばい。働く。
 自転車を漕いで帰っていたら、タクシーが環七の中央分離帯に突っ込んで、「え」と思った。左折で環七に合流できる横道から入ってきて、中央分離帯の縁石が見えなくて右折できると思ったのか、爆音を立ててそこに嵌まり込んだ。ガリガリガリガリと言いながら前進後退を繰り返しているけど、前輪と後輪の間にある高い縁石がストッパーになっていてどうにも動けなさそう。環七のど真ん中に横向きになったタクシーが留まり続けていた。色んな車がクラクションを鳴らしながらゆっくりとそのあたりを通過していた。

十一月二十七日
 五百七十人。最多。
 なんか体調悪いな、と思ってたくさん寝た。熱もないし喉も鼻も普通。低気圧か、と納得する。働きに向かう。「顔がかわいい」ということについて考えていた。一昨日行った整骨院で考えてたことに近いもので、「顔が好きだな」と思っている時にそれはどのぐらい純粋に顔だけを見ているのか。純度が高くなっていくとじゃあその図形で良くない?となる。よくできた蝋人形でも良いはず。でもそうはならない。じゃあその目や鼻や口の「動き」を見ているのか。綺麗なものが崩れてまた元に戻るのを見ているのか。人を見る時ってきっと総合的に見ているんだろうけど、じゃあその「総合」に顔は、またはそれ以外の諸々も、どのように、どのぐらい関与してくるのか。そうなると、わかんないから、「恋人のどこが好き?」と聞かれたら「オーラ」とか「体の周りにある空気」みたいな答えになる。体の周りにある空気を単体で察知できる何かがあるのか、もしくは、顔や体や言葉を介することによってその「体の周りにある空気」が見えていると錯覚しているのか。
 帰る。初台駅のホームに降りる階段にでっかくて平べったい綿ぼこりがあって、風で動いていた。何かしらの地を這う虫だと思って「うわ」と言ったけどよく見たら綿ぼこりだったから、「綿ぼこりかよ」と思った。

十一月二十八日
 トロワシャンブル。満席。うろうろして、下北の駅の近くのウェンディーズに入った。パスタを食ったけどめちゃめちゃデジタルな味でおいしくなかった。すぐに出た。下北で煙草吸える喫茶店、トロワシャンブル以外知らない。その旨をツイートすると西邑が「いーはとーぼ吸えるで」と教えてくれた。結局新代田まで移動して、駅前にあるなんかオシャレなカフェに入った。ブルージャイアントシュプリーム最終巻を読む。オシャレカフェで泣いていいレベルを圧倒的に超過した号泣。そんな泣いちゃダメ。凄かった。働く。恋人の家に。一緒にお風呂に入って寝る。

十一月二十九日
 恋人と自販機でキレートレモンを買って、飲みながら歩いた。新宿。アカシアでメシ食って、紀伊國屋でラルフ・エリスン『見えない人間』を買う。ユニオンでジェシー・レイエズのアナログを買って、タイムス。隣に座っていた男の人が「すいません」と話しかけてきて、イヤホンを外すと、「ジタン吸ってるんですね」と言われる。「あ、そうなんですよ」「仏文関係なんですか?」「あ、いや、そういうわけでもないんですけど」と話す。ジタンを吸っている理由は確かに自分でもよくわからない。「ずっとセブンスター吸ってて、えー、まぁフランス映画とかは好きなんですけど」とか言って、沈黙。その人は手巻きのアンバーリーフを吸っていたから「手巻き大変じゃないですか?」と聞く。「慣れたら、大丈夫ですよ」みたいな返事。沈黙。「何関係やられてるんですか?」と聞かれて、その質問の距離の離れ方から、あなたの時間を邪魔したいわけでも立ち入りたいわけでもないですよ、という意思を感じ取った。優しい人だなと思いながら「あの〜、作家とか、脚本家とかを、やってて」と答えて、これ僕が脚本書いた映画で、よかったら、と、『アボカドの固さ』の宣伝をしておいた。長い沈黙。こういう時どうすればいいのかわかんないけど、気にせずもう一回イヤホンをつけてジェシー・レイエズを聴いた。その人は荷物をまとめて帰って行き、帰り際にお互い会釈をした。楽しい時間だったけど、こちらの楽しさはきっとあんまり伝わってなかった。誰にでも話しかけたい気持ちはめちゃめちゃわかる。『哲学探究』を読む。ぼーっとしてきてあんまり入ってこない。帰る。

十一月三十日
 夕方まで羽毛布団から出られなかった。やっとこさ出て、郵便局。『誰かの日記』の発送。吉祥寺。ルノアールで『味方の証明』の続きを書く。色々と混乱したまま書いてるな、これはまだ書き出せる段階じゃないな、と思ったので、そういう場合はポメラとかiPhoneとかのデジタルなものから離れて、ナヌークのでかいノートに手書きで、何も気にせず、思いをそのまま垂れ流すかのようにぐちゃぐちゃと絵を描くみたいに書いていく。テーマを絞って、プロットをしっかり組んで、みたいな方向に考えていくと物語が単一で貧相なものになる。そしてそれは自分の想定の範囲内の物語になってしまう。圧倒的な広さを持った話は多分だけど、書いてる俺ですらよくわかってないものじゃないといけない。書き出すまでの時間を丁寧に過ごさなきゃいけない。というかそこさえ落ち着いてやれば、書き出す時にはもう自動筆記状態だ。だからその自動筆記状態を作るためにたくさんの準備がある。しかも色んな角度からの。それをやっていた。ぺっちゃんが来た。ぺっちゃんが『ハリー・ポッターと賢者の石』の上製本版を持ってきていた。ぺっちゃんはこの世にある本の中で、ハリー・ポッターしか読んだことない。あと俺の書いた小説。だからぺっちゃんは産まれてこのかたJ・K・ローリングと山口慎太朗の文章しか読んでいない。凄い。ぺらぺらとめくってみたら、思っていたよりも文学文学していておもしろそうだった。ポテサラも来て、いきなりステーキを食った。タイムスで隣にいた人から話しかけられた、という話をしたら、ポテサラが「じゃあジタン吸います?つって一本あげるのが良かったよ」みたいなことを言って、確かに、と思った。西邑も来て、麻雀。さよぴぃも来た。恋人も来た。満貫ツモ上がり条件で白をツモって逆転一位になった。ぺっちゃんちの屋上でみんなで話した。「スラムダンク読んだことないのってなんかマジでもったいないて思うわ」と俺は言った。ぺっちゃんは少し前の、やたら暖かかった日に屋上でハリー・ポッターのサントラを流しながら、またハリー・ポッターを読んでいたらしい。何度めの通読かもうわからないぐらい読んでいるらしい。それはとても贅沢な読書に思えて羨ましかった。駅前でポテサラとぺっちゃんと別れた。電車の中にやばいぐらい酔っていてふらふらの人がいて、「おい月曜やぞまだ」と俺が言うとみんなが笑った。帰宅。恋人と風呂に入る。味噌汁を作った。春菊と茄子と木綿豆腐。うまかった。『哲学探究』を読んでいたら恋人はいつのまにか寝ていたので、起こさないように静かに電気を消して、次は『三国志』を読んだ。久しぶりにしっかり本を読めて嬉しかった。今から寝る。

十二月一日
 バスで下北。煙草持ってくるの忘れた。トロワシャンブルの近くにある煙草屋でジタンの画像を見せて「これありますか?」と聞いた。少し前に「コイーバありますか?」と聞いたらちょっとキレ気味に「なにそれ?」と言われてイライラしたから、画像を見せてあげた。あった。トロワシャンブル。『三国志』読む。人の命のことを何とも思ってない書き方。それは北方謙三がそうしてるんじゃなくて、多分もともとそういう話で、そういう点を「スケールがでかい」と評されがちだけどこんなのスケールとかじゃなくてただ雑なだけだ。今はその雑さもギャグとして楽しめてるけど、最後まで乗り切れるだろうか。飽きそう。「三十万の兵が集まった」「あと五万は欲しい」とか書かれていると、人間がどんどんデジタルな記号としてこっちにも入ってきて、見習うべきはその北方さんが持ち込んだ端的さだけであって、本来ある雑な部分は吸い取りたくない。俺だったらその三十万のうちの一人に急にフォーカス当てたりする。
 働く。常にうっすらと感じている、「俺が文字を書くことなんか誰からも必要とされていない」という実感が強めに出てくる日。仕方ない。耐える。

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