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THE 日記(12/8〜12/16)

十二月八日
 起きてすぐ換気扇の下でタバコを吸いながら母ちゃんに電話。誕生日おめでとう、と言ってしばらく話す。『味方の証明』の続きを書く。吉祥寺のルノアールで待ち合わせをする場面で停滞していたから、摘子に大きな荷物を持たせてみた。すると澄ちゃんが「それ何?」と聞く。それは中古のエアマックス95で、伝が辞めてから摘子はよく外出するようになった。でもそれは澄ちゃんには摘子がショックを受けているように見えていた。と、摘子が大きな袋を一個持っただけで書くべきことがどんどん出てくる。やっぱりとにかく景色の詳細だ。かと言って何もかもガッチリ決めてしまうのは良くない。間違いなく今までで一番良いのが書けている。新潮の〆切に間に合えばいいな、とは思うけどこれは焦らずに進めたい。
 えっちゃんのアルバムが発売されていた。それを聴きながら書いていた。無茶苦茶良い。ベースとドラムが完全にチャットモンチーのそれで、これは一体どういうことだろう、と考える。機材、音色の関連なのかもしれない。もしくはただ、えっちゃんが歌ってる後ろで鳴ってる音はあっこさんと久美子さんの音と思う脳みそのクセみたいなものかもしれない。全曲良かった。

十二月九日
 多分この日に井上くんと会った。嬉しかった。下高井戸シネマでアボカドをやって一年が経った、という話になって、あれはもう体感としては三年前ぐらいで、まだ一年なんだと思った。

十二月十日
 朝早くに電話で起こしてほしい、と恋人から頼まれていたから八回ぐらい鬼の呼び出しをかますものの全く起きなくて諦める。
 働き、帰りの電車で落合とぺっちゃんとポテサラと通話しながら雀魂。「電車の中だから喋れんわ」と言って、みんなの声を聞きながら打つ。集中できずに無茶苦茶負ける。途中、ポテサラが「ぐちやまって鼻炎だよね? ねえ? なんかよくずるずる言ってるよね? 鼻炎でしょ? それだけ応えて」と詰めてきたので、「鼻炎」とだけ言った。周りにいた人たちは突然男が「鼻炎」とだけ言ったのでとても怖かったと思う。
 この日あたりからやたらと寝付きが悪くなって、元々悪いのに更に悪化していく。

十二月十一日
 体も脳みそも休めてないという実感が強いまま働く。あくつさんに「疲れてる?」と一発で見抜かれて、凄いな、と思う。そして嬉しくもあった。

十二月十二日
 休日だったけど何をしていたのか全く覚えてない。一度家を出るものの、歩いてる途中にいやダメだこれ、出かけられる状態じゃない、と思って新高円寺のナチュラルローソンにだけ寄ってすぐ帰宅する。Apexをやる。なんか割と勝って、もうすぐでプラチナⅡになる。ダイヤに行けるかもしれない。恋人が来て、一緒に風呂に入り、『ジェイン・エア』を読む。上巻のラストシーンが凄まじく、軽く泣く。上巻読み終わる。恋人になんで泣いていたのかを説明していたらさっき読んでいた時よりもひどく号泣して、それを聞いていた恋人もなぜかもらい泣きをしていた。
 ロチェスター様が、自分は過去に過ちを犯して、その記憶から逃れるための今を過ごすことで精一杯だけど、ある人に出会ってからそれが好転した、とジェイン・エアに向かって言う。その「ある人」というのは当然自分の屋敷で家庭教師をやっているジェイン・エアの事だけど、ロチェスター様には同じ貴族身分の婚約者が居て、多分ロチェスター様はいよいよその人と結婚する直前になって、「やっぱりジェイン・エアだ」と思ってそう持ち掛けた。「もし君がそういう、過去に過ちを犯していて、でも今出会った安心できる人のために身分の差や世間の慣習を乗り越えることは可能だろうか?」とジェイン・エアに聞く。孤児院で育って大切な友人たちを亡くしてきて、ずっと一人きりだったジェイン・エアは「他人に頼って問題を解決するとかそういうことじゃないと思う、なんかもっと広い問題だと思います」みたいな返事をしてしまう。でもそう応えるのも当然だった。俺たちはここまで400ページかけてジェイン・エアがどう育ってきたのかを見てきて、彼女が本当の意味で一人きりで生きるしかなかったことがわかっている。そこでロチェスター様は「その人っていうのが、今の婚約者なんだけどね」と嘘をつく。俺たち読者にだけわかっている。「それジェイン・エアのことやん!!!気付いてジェイン・エア!!!今ロチェスター様はお前に一緒になろうって言ってるんだよ!!!」と思う。
 だけどそこでロチェスター様は深呼吸をしてちょっとそのあたりをぷらぷら歩いて、諦める。
 その経緯を恋人に話していたら俺の顔面はびしょ濡れになっていた。

十二月十三日
 働き終えて、帰宅して、iMacの大画面で第一回加藤純一ボドゲ王を観ながらメシを食う。釈迦さんがやっぱり鋭い。設楽さんと結構似てるのかもな、とか考える。明らかにかっこいい。無茶苦茶モテるだろうし。色んな配信者とコラボする時にも釈迦さんがバランサー的な、実は裏回しをしてることが多い。キャラが突出してる方が圧倒的に有利なはずのストリーマーの世界でこの一歩引いてるスタンスはかなりレアな存在だと思う。

十二月十四日
 珍しく昼に起きる。Apexを起動するとぺっちゃんがやっていたので久しぶりに一緒にカジュアルをやる。ぺっちゃんが仕事に戻り、その後は一人でランク。プラチナⅡまであと90ぐらいまで盛る。そこから順調にバリバリとRPを溶かしていき、真ん中まで戻す。そんな甘くないか、と思う。ムラとパリはもうプラチナⅡになっていた。ムラなんかこの前始めたばっかりなのに凄すぎる。俺たち親死にーズはマジで全員弱すぎる。
 夜になって、新宿に行く。紀伊國屋で『帰還兵はなぜ自殺するのか』と『円』を買う。恋人が来て、安いイタリアンを食う。スタバでアーモンドミルクラテを頼む。「甘さを足したいです」と言ったら「バニラかキャラメルかホワイトモカかチョコレート入れられますよ」と教えてくれたので、チョコレートを入れてもらった。「ホワイトモカ」が一体なんなのかはわからない。恋人が大荷物だったのでタクシーに乗って恋人の家に帰宅。無茶苦茶眠かったのですぐに寝る。まだ二十二時ぐらいだった。

十二月十五日
 朝の五時ぐらいに起きて、風呂に入り、勝手に冷凍庫を漁ってうどんを作る。豚肉とキノコを入れて、鶏がらスープと醤油。谷崎潤一郎『蓼食う虫』を読む。おもろい。意図が明確だ。最初のシーンはこの二人が夫婦のような動作の交換を行っているのに夫婦ではない、という説明のための場面で、その端的さこそが伝統的な文学らしさの核だと思った。文体や時代の古さに伝統があるんじゃなくて、「一個の説明のためにこの場面がある」という書き方そのものが伝統的な書くという行為だと思った。そして俺はそれが全てだと思った。この二人が夫婦のようでもう夫婦ではない、ということを最初に説明しないと、と思ったら、それが最も端的に現れやすい家という場をファーストシーンにしよう、という経路なのは簡単にわかる。だから現代文の授業で柴崎さんや滝口さんや千葉さんの小説が取り扱われる事って起こり得るんだろうか、と考える。「作者の言いたいことを書きなさい」というあの問題は古典にしか通用しない気がする。
 またすぐに寝た。起きたらもう十八時で、最近全然寝れてなかったから気持ち良い睡眠だった。悪夢ばっかりだったけど。恋人の尻や腹や、尻と腹の間にある骨盤なんかを撫でてそこに腕や脚をぴったりと絡みつけている時にしか感じられない安心感というか甘い感じは本当にここにしかなく、このまま一緒に死のうぜ、と思う。
 恋人の機嫌が悪く、まあまあ、と宥めながら一緒に部屋の掃除をする。何か楽しいこと起きないかな、と外部に委ねるんじゃなくて、どんなことでもそれを楽しくできるかどうかだよ、と俺は本当に良いことを言った。それは俺が完全な田舎で育ったからかもしれない。何もなかったからあるもので楽しむしかなかった。
 俺の家に行く。風呂に入り、恋人はすぐに寝て俺はApex。プラチナⅡまであと200RPぐらいだった。盛って、溶かして、盛って、溶かして、と繰り返して朝の七時、遂にその時が来た。味方はプラチナⅣに上がってきたばっかりっぽいバンガロールと、ダイヤ軌道のパスファだった。俺はもうずっとボイチャオンでやっていて、知らない人たちと一時的にでも言語を介して結託する気持ち良さを知っていた。少し前に落合に「キャラ迷子になってるわ」と相談すると、「ぐちやまはジブ」と言われたからずっとジブラルタルを使っていて、ジブはハンマーすら取っていないのにドームが元来の俺の性格に合っているのか、ジブを使い出してからかなり調子が良かった。セノーテ洞窟の岩の下でかなりゴチャつきながらも4パーティーぐらいを処理して、その間もドームがぶっ刺さりまくり、最後はバンガの人だけフォーカスを合わせられなくて負けた。でも4キル4アシストの2位で、これは間違いなく行っただろ、と思いながらチャンピオン画面を見ていたら、今まで黙っていたパスファの人がボイチャをオンにして「ありがとうございました」と言ってきた。なので俺も「ありがとうございました。惜しかったですね〜」と応える。「いや〜、ドームに何回も助けられました」と言ってくれて、RPのゲージが右にぐぐぐと伸びていく様を気持ち良く眺めて、俺はプラチナⅡになった。外は早朝で青いまま、暖房の吹く音を聴いて、やっと来たか、と思っていた。6100RP。長かった。ダイヤに行けるかもしれない。そのまま気持ち良く寝た。

十二月十六日
 いつもより早起きしてApex。地道にコツコツとマイナスを喰らっていき、プラチナⅢに戻るも、一発ドデカチャンピオン獲ってすぐにプラⅡに戻す。もう下がらんぞ俺は。舐めんなクソが。
 タバコ吸ってゆっくりして、働きに向かう。働き終わったあと、自販機で缶のライフガードを買ってゴクゴク飲む。暗い公園の木の下で。警察官が二人通った。もう長いことこの日記を書いてるな、と思った。紙の束にして読んでもらいたい、と考えた。そして思いついたのが、新宿のコインロッカーに置きっぱなしにしとくから、読みたい人いつでも持って行っていいよ、というシステム。だけどコインロッカーの場合、開け閉めの時に金がかかる。でもなんかそういうワクワクするようなことができたらな、と思っているし、とにかくフィジカルだ。公園の掲示板に勝手に短歌を貼りに行ったことがあった。すぐに剥がされたけど。ああいう、直接訴えかける何かを俺は欲している。
 高円寺の駅前に一人の若者が地面に両手をついて吐いていた。わからない。こんなド平日に吐くまで飲む気持ちが。これは攻撃じゃなく、シンプルなわからなさだった。どうしたんだろう、という。そしてその横を歩いている俺は周りから「若者」と判断されるだろうか。二十八歳だ。「おじさん」に見えているかもしれない。吉野家は閉まっていた。だからこうして黙って家に向かって歩いている。

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