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三十歳の日記(10/12-11/12)

十月十二日
 アレルギーが爆発して二時間しか眠れなかった。
 また昼夜逆転しつつある。すぐに緩む。これはいかん。
 二時間しか寝てないと流石にふらふらだ。昔は一睡もせず働けてたのになぁ、と思う。エンヤと少し前に「なんてことない切り傷とかがいつまでも治らんようになってきたね」と話したが、こういうのはどんどん進行していくんだろう。嫌だ。
『デリケート』の本文校正の日々。

十月十四日
 秋葉原駅に着くと既に湯船さん早ちりとりスリンキーがいて、当たり前のように約束を守ってくれることがこんな嬉しいのかと思う。
 パソコン屋さんを色々回って、買った。最初に入ったのはガレリアのショップだったが、最後にまたそこに戻ってキーマウを色々触り、目星をつける。サイゼリヤに入ってメシを食ったが、土曜の秋葉原のサイゼリヤは激混みだった。ドリンクバーのジュースのところのタンクが空で、映画館でバイトしていた時にこれの交換をよくやっていたので代わりにやってあげたい。オレンジジュースのボタンを押したらもう水しか出てこなかった。
 皆に感謝を述べて、解散。スリンキーと中央線に乗る。その場でキーマウを発注する。
 それだけでくたくたになるような人間なので、帰宅するなりすぐに寝た。まだ十九時とかだった。

十月十六日
 起きてすぐに玄関の前に置かれたキーマウを回収する。開封。かっこいい。
 パソコンを買うときに「佐川さんは時間守らないので注意して下さい」と言われたが、それはどう注意すればいいのか。そしてなんでそんな相手と君はまだ関わっているのか。十二時から十四時の間に届く、と言われたので待っていたが、十三時五十分になった段階で、うーん、どうしよかなこれは、と悩んでいた。すると十三時五十五分に届いた。
 セットアップしていく。ケーブルをHDMIしか持っておらず、とりあえずそれをグラボに挿す。このケーブルだと120FPSしか出ないようだ。まぁ良い。Amazonでディスプレイポートのケーブルを頼む。グラボのドライバ、steam、OBS、をインストールして、本体設定をいじっていく。Apexをインストール。ここら辺でタイムアップ。働きに向かう。
 帰宅して、そのままRazerとlogicoolのドライバもインストール。本体設定をまたちまちまいじって、まぁこんなもんだろう、といよいよApex Legendsへ。EAアカウント作成に手間取る。自分はCS機でプレイしていたくせにストリーマーの話をよう書こうとしていたな、とぼんやり思う。射撃訓練場に入って設定を諸々イジる。キーバインドを変えたり感度を決めたり。午前四時だ。

十月二十八日
 シンクに汚く溜まった食器たちを洗い、りんごの皮を剥く。その匂いで、小学生の時に熱を出した母ちゃんのためにりんごを擦りおろしたことを思い出す。りんごの皮を包丁で剥けることを母ちゃんによく自慢していたので、母親が布団から「しんちゃん、りんご剥いて擦りおろしてくれんね?」と言い、それをやった。台所はまだその時の俺には高くて、椅子かなんかを置いてその上に乗り、包丁でりんごを剥くと、擦りおろしのギザギザのやつで深皿に向かってしゃぐしゃぐとやっていく。固形の状態で見ていた時よりも随分と多く見えて、「これ多くないか?」と思った。その「これ多くないか?」と思ったことを鮮明に覚えている。木のスプーンを添えて母ちゃんの枕元に行くと、母親は喜んで食べた。大人っていうのは熱を出した時も誰にも頼らずに自分でどうにかするんだな、すごいな、と思っていたので、初めて頼られたことが嬉しかった。
 その景色を思い出しながらりんごを食った。それだけでもう生きていくのに充分なのかもしれない。

十月二十九日
『味方の証明』を書くのと『デリケート』の校正で日々がもういっぱいいっぱいだ。美工藤さんと伝ちゃんという二人の主人公を行き来して、二人の微妙な違いを考える。ほぼ同じだが、何か細かく色々と違う。それはつまり作者である俺の変化だった。伝ちゃんの方がもっと理屈っぽいというか、冷静だ。美工藤さんの方がぶっとんでいる。美工藤さんだったらやることも伝ちゃんは「いやそれダメでしょ」と言ってやらなさそうだ。しかし全体的に見ると美工藤さんの方が無力感に包まれていて、誰しもに定期的に訪れる肝心な時にとんでもなくアクセルを踏んでチャンスを掴むのは伝ちゃんの方かもしれない。伝ちゃんの方がもっと打算的に生きている。『巨木とスプリングフィールド』の留美ちゃんはどうだろうか。そして思い至ったが、俺は自分の二十代の全てを投影する主人公たちをほとんど女性で書いてきた。あんまり気付いてなかった。「女の人を主人公で書きたい気持ち強いな」というのは知っていたが、具体的にそれは、美工藤絵理、山田留美、翡翠山伝、の三人だった。こうして目の前に現れると不思議な気持ちだった。ひらがなの「く」を左に九十度回転させたような折れ線グラフだ。アルファベットの「V」と言えばいいものを、なんでわざわざ「く」で言ったんだろうか。この三人の中だと留美ちゃんが一番おとなしいというか、臆病というか、朴訥と生きている感じがする。『味方の証明』はもう一体今どのぐらい書いたのかわからない。やっと伝ちゃんがトライアウトに合格して競技プロになった。こっからまたALGS本戦までの日々を書くのか。いつになったら終わるんだろう。しんどい。しかし、そのしんどさの先にしかないので、やる。そしてちゃんと言うと、別にしんどくない。しんどいけどもちろん楽しい。いつか、ちょっと前に、「書くのしんどくないんですか?」と聞かれて「いや全然平気っすね、今のところ」と答えた。答えた直後に自分で「へ〜そうなんだ」と他人事のように思っていた。金にはなってないけど生業であることに変わりはない。仕事だ。業務として、作業として書いてる。しんどいとか関係ない。仕事なんだから。

十一月五日
 手の調子が悪い。毎日死ぬほど洗い物をしているので今まで一度も荒れなかった方が奇跡みたいなもんだ。ユースキンAを塗りまくって寝ようとしたが、なんだかやたら暑くて眠れない。寝てるのか寝てないのかよくわからない狭間をうろうろし続けた。
 中央線沿線で右翼と左翼の喧嘩が毎週のように行われている。拡声器を用いて爆音で何か言葉が交わされているが、なんと言っているのかはわからない。たくさんの人が素通りして自分には関係のないフリをしているが、これはもっと緊張感を持って捉えるべき事象だった。今までこんなことはなかったんだから。言葉のやり合いから爆弾のやり合いになってようやくみんなは困った顔をするが、今の政治、今の東京はもうこんな感じであることを他人事じゃなくみんなに考えてほしいけど、そういう私も日々を凌ぐことに精一杯で、誰かに詰問されたら「うーん」とか言ってしまうだろう。というか誰やねんその詰問してくる奴は。
『デリケート』の校正を終えて新島さんに送信したのはいつのことだろう。日記がどんどん虫食いになっていく。次の打ち合わせが最後になる。この本ができたら、この本を理由に色んな人や会社を相手にグイグイ行きまくって嫌われようと思う。多分一人ぐらいはお気に召してくれるだろう。それでいい。肝心な時に前ステできない自分が嫌だった。詰められない奴は勝てないとあれほどゲーミングモニターの中から学んだというのに。
 夜中、兄がオープンカーで迎えに来た。そのまま秋葉原に行き、PCのデバイスを見て回る。新大久保のゲーミングカフェに行く。思ってたより綺麗で居心地が良く、兄にApexを教えた。「兄ちゃん行け! 兄ちゃん行け!」と何回も言った。子どもみたいに。兄といるとあの頃のままの、ただの弟になる自分が不思議だ。
 あと何があったっけ。yzeerのインスタライブが痛快だったな。「裁判だったら五秒で有罪」もおもろかったし、「仲介仲裁中毒でチューチューチューだよ」も良かった。しかし何より痺れたのは「日本でビーフやっても意味がないのは殺し合いになんないから」という発言だった。暴力と音楽を完全に分けて考えている方が、それを混ぜて考えてる人たちより強く見えた。怖く見えた。
 明日は二十七度になるらしい。夏を始めようとしてるのか?

十一月六日
 地球温暖化が深刻化しているというニュースを見て、そうだよね、と思う。十一月で気温二十七度は百年ぶりらしい。今はもう地球温暖化のフリがあるからみんな「まぁまぁまぁ」とそれなりに呑み込めるが、百年前の十一月は大盛り上がりだっただろう。みんな長屋から飛び出して袴の帯を振り回し、野良犬の大群が押し寄せ、井戸の真上にミラーボールが降りてくる。BPM170の四つ打ちに合わせて全員が首を振って踊り狂った。

十一月八日
 体の不調がずっと続いているがこれは季節的なものだと目論んでいて恐らく正解なので焦らない。たくさん寝る。起きたらだいぶ良くなっていた。
 金がないことを思い出した。金がないことすら忘れていた。もうしばらく聴いてないレコードを集めて地面に置く。紙袋を探す。くまざわ書店の紙袋がちょうどよさそうで、そこにヴァイナル(←嫌な言い方)を縦に詰めるとあまりにもぴったりで、くまざわ書店の紙袋はアナログレコードを持ち運ぶ用に作られたのかもしれない。新宿に行く。ユニオンに入って「これあげるからお金ちょうだい」と言うと「わかった。一時間待って」と言われ、タイムスに。行列ができていた。ブルーボトルに。行列ができていた。スタバに。行列ができていた。もう新宿は平日だろうと落ち着いてコーヒーを飲ませる気が全くないようで、らんぶるに引き返す。らんぶるは座れた。『味方の証明』を書く。二時間ぐらいぶわ〜っととんでもない勢いで書いた。ユニオンに戻ると、レコード二十八枚で二万六千円もくれた。紀伊國屋へ。ただうろうろして、帰る。帰るなりPCをつけて、VALORANTへ。少し前からちまちまやっていたが、まとまった時間がようやく取れたので初めて本格的に取り組んだ。デュエリストを使いたかったのでレイナを解放して、アンレートへ。VALOは女性キャラがみんなかっこよくて最高だ。バイの感じがまだわからない。永遠にヴァンダル持てなくて、多分何かを間違っている。それでもMVPを二回取ったりした。だいぶおもろいな、と思う。一試合一時間ぐらいかかるけど、Apexよりもイラつかないし心も乱されない。おじさん向けFPSという感じがする。

十一月十一日
 日記のような形でそのまま小説にできないだろうか、と思い、というかもうその技術は完全に身につけているので、そうしようと思いそちらを書き進めていると、こっちの本来の日記で書くことがなくなってしまうというか、レイヤーを一個下に(現実に)落として書く感じになり、そのモチベーションがまるで湧かず、すっかり十一月十一日だ。打って変わってやたらと寒かった。
 恋人と出会って仲良くなった最初の頃、なぜかやたらと周りから悪口を言われていた記憶があり、そのことをふと思い出す。しかし当の悪口を言っていた奴らはみんなバラバラになって全員が別れて二度と会わなくなった。こちらは形は変われど今だに仲良くやっており、だから、へ〜い、調子どぅ? 残念だったね〜? こちらはまだ仲良くやってま〜す✌️ピースピース
 やっぱ別れるんかい全員。ダサいですね〜。私の恋人は頭っからつま先まで、全身の隅から隅までが常軌を逸してかわいく、放っているオーラや動いたあとの残像までもが苺のような爽やかな匂いを帯びてとっても魅力的なので、あそこには多かれ少なかれ嫉妬のようなものが含まれていたんだろうな、と今では冷静に推測できている。悪口というのは自分が世界をどう見ているかを端的に表していていつもおもしろいな、と思う。粗品さんがジャニーズに対して何か言って炎上したとき、インスタやツイッターに書かれた悪口のほとんどが容姿に関するものだった。相手に攻撃しようという意図から「ブス」と言う人は、つまりブスなことがウィークポイントだと思っており、自分が言われたくない言葉だ。そういう人が顔面が整っているアイドルを好きになっているという事実がある。もちろんそれだけではないだろうけど、世界を見る時に容姿にかなりステータスを振り分けている。悪口を本当に相手に効くように刺したかったら相手をよく観察して、自分が言ってて気持ち良い悪口ではなくて、刺さる言葉を選ばないといけない。ほぼ愛情のような観察を使わないと、効く悪口は言えない。悪口のほとんどがあまり効果的に見えないのは、攻撃力よりも自分の快楽を優先しているからだ。粗品さんが自分の容姿をそんな本気で気にしているわけがない。あのとき俺が間接的に言われたものの中に「狭い世界で一生二人でやってろ」みたいな言葉があった。つまりそれはその人にとっては狭い世界というのは恥ずべきことであり、広い世界で生きている人の方が優れている、という価値観だった。狭い世界とは何を指していたんだろうか。閉じ切った、ドメスティックな関係性ということだとしたら、全ての一対一の関係がそれに該当する。俺はYouTubeのカップルチャンネルを見るのが割と好きで、それはまさに閉じ切った色んな関係を見れるのがおもろく、当然「キモいなぁ」と思うものが大概だが、全ての関係が大概キモいのである。キモさはマジさの証拠であり、俺はキモくなることを気にしてマジになれないぐらいだったらキモくてもマジを選ぶ。一対一の関係で広さを担保するというのは、距離感のことを指していたのかもしれない。距離感というのもまた曖昧な言葉だ。それは会う頻度で決まるのか、会う頻度は少なくても相手によりかかったら近距離判定になるのか。近距離なことは恥ずかしい? と己に問うてみると、全く恥ずかしくない。じゃあ遠距離なのは恥ずかしい? と問うてみると、それも全く恥ずかしくない。つまり一対一の関係において距離によってそこに恥ずかしいとか恥ずかしくないとかは入ってこない。遠距離がスマートでかっこいいと思っている人にとっては俺の距離感は恥ずかしいものだったらしい。おもしろいな、と思う。バイト先を転々とするのも楽しそうだが、一個の仕事をずっとやってる奴の方がかっこいい。広さとか狭さとか実はそもそも存在しないと思う。あるのは浅さと深さだけだと思う。バイト先を転々としていても全ての仕事をマジでやってたらそれは魅力的だし、それをやってるだけでみんなから好かれるはずだ。どこに行っても彼は上手くやれるだろうよ。逆にずっと同じ場所にいてもそれをマジでやらないんだったら何もやってないのと一緒な気がする。広さ/狭さで悪口を言われたが、あれは俺の深さに対しての悪口だったんだろうか。だとしたら単純に逆だと思うというか、深いことが恥ずかしいなんてこと、あるんだろうか? 浅さを突く心情はありそうだが、深さを突く心情って本当に唾棄すべきものでしかない。そう思うと、俺が俺に悪口を言うとしたら何を言うだろう。やっぱり「書く話がおもんない」とかが一番効くんだろうか。うーん。いやでも絶対そこそこおもろいからなぁ。これは自信とかじゃなくて蓄積されてきたデータがあるからそう思う。この日記を読んでるみんなが、おもろいね、良い具合だね、といつも言ってくれてるから。ブスと言われても、そもそも容姿を気にしてないので刺さらない。つまんないと言われても、これもどう考えてもそこそこおもろいから刺さらない。あ、匂いとかはどうだろう。山口あいつ臭い、みたいな。笑っちゃうな。というかもはやありがたいフィードバックだ。臭いんだ俺、おもろ、気を付けよ。そう思うと、人を単発の言葉のみで傷つけるというのは大変に難しい。暴力はそれ自体が理不尽さを多分に含んでいるのでやはり傷つけやすいけど、下手したら俺はもう本当に何を言われても芯からは傷つかない無敵の人間なのかもしれない。いや絶対そんなわけない。逆だ。全ての言葉にほんの少しだけ傷つく、という感じか。単発で深く刺さるものは何もないけど、全部がじわじわ削ってくる、みたいな感じか。言葉というのは全てそういう遅効性の性質を持っている。何の根拠もなく恋人に大丈夫だ大丈夫だと言い続けていたらゆっくり大丈夫になっていったのと同じように、量の多さと時間の長さを用いてずっと言われたらそれが効き始める。つまり俺もいくらトンチンカンなことだろうとたくさんの人に長い時間それらを言われ続けたらめっちゃ効くだろう。おもろいなぁ。千葉さんの小説や柴崎さんの小説はこの遅効性の感じで刺さるというか、モーションセンサー爆弾的な威力というか、一行の文章でドン! ではなくて総体で殺しに来てる感じがある。
 帰宅して、風呂に入りながら恋人とビデオ通話をして、眉間に皺を寄せてその時にできる皺の線形がお互い全然違うので笑った。
 髪を乾かして、羽毛布団を引っ張り出してすぐに寝た。

十一月十二日
 早起き。VALO。エントリーする時にレイナだとムズイな、と思ってジェットを使ってみた。モク&ブリンクで入るのが一番いいだろ、という意図からそうしたが、実際使ってみるとブリンクを発動するまでのE連打が難しくてとても使えそうにない。レイナに戻す。オペとマーシャルが当たるようになってきたが、マップによって刺さりやすい場所とそうでない場所があるので、とにかくマップを覚えないといけない。しかしこれはApexからの経験でわかるが、マップは覚えようとして覚えるものではないというか、とにかくぶん回して距離感とか間合いを体に染み付かせるしかない。数字でここからここまでの距離は十八メートルとか言われても、実際にそこに立たないと何もわからない。
 裏画面に行ったりゲームを閉じたあとにPCがフリーズして電源ボタン長押しでのあまり良くないシャットダウンの方法を繰り返していたので調べると、windows11になってからVALOとの相性がかなり悪くなったようで、岸さんがツイッターで落ちない設定を教えてくれていた。それに従って変更する。
 家を出る。公園で4WDのラジコンを操作する少年を見た。

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