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カナダとニュージーランドのオープンバンキング制度

 これまでのnoteで欧州、米国などのオープンバンキング制度をご紹介してきましたが、今回はカナダとニュージーランドの制度をご紹介します。
 両国とも隣国である米国、豪州のオープンバンキングの制度の影響を受けていますが、独自に進化している部分もあります。例えばカナダは「Reciprocity」と呼ばれるデータの相互融通の仕組み、ニュージーランドでは豪州には無い送金の機能が追加されており、各国がそれぞれの国の実情に応じて、進化を遂げている状況が分かります。

<過去のnote>


カナダ


 カナダにおけるオープンバンキングは、消費者保護の観点が米国と類似しており、2024年6月には「消費者主導銀行法(Consumer-Driven Banking Act)」が成立しています(注1)(注2)。制度の所管はカナダの金融消費者庁(Financial Consumer Agency of Canada 以下FCAC)に置かれており、API(注3)を国家標準として策定し、オープンなデータへのアクセス環境の整備に注力しています。なお、同法では参照系(データ参照)だけが制度の対象とされています。具体的に対象となるデータは、預金口座、投資口座、クレジットカード、プリペイドカードをはじめとする決済商品、クレジットライン、住宅ローン、その他のローンといった金融データが含まれており、オープンファイナンス的な側面を有しています。さらに規則で定められるプロダクトやサービスも今後対象として追加される見込みです。
 カナダのオープンバンキングの特徴は、データのReciprocity(互恵性)です。これに基づき、データの共有を行う事業者は、データのやり取りを相互的に行うことが求められ、データを受け取る側も必要に応じて同様のデータを提供する義務があります。これにより、データが一方通行で流れるのを防ぎ、バランスの取れたデータ提供が可能となる仕組みの構築が図られています。このReciprocityを担保するためには、オープンバンキングにおけるすべての参加者(銀行やTPP(注4))が、消費者の許可を得たデータ移動の要求に対して従う状況が必要です。2018年にカナダの財務大臣が設立したオープンバンキングを検討する諮問委員会の報告書(注5)によると、消費者は銀行間でのデータ転送に加え、銀行からTPPへのデータ転送、TPPから銀行へのデータ返送、あるいは他の参加者間での双方向データ転送を要求することが可能とされています。こうした仕組みにより、すべての参加者間でのデータのやり取りがReciprocityとして機能し、データの提供が一方通行で終わることなく、バランスの取れた相互的なデータのやり取りが可能となります。
 ただし、このReciprocityの規定には例外もあり、「派生データ」についてはReciprocityの対象外とされています。派生データとは、元データを加工することで、その有用性や商業的価値が大幅に向上したデータのことを指します。派生データをReciprocityの対象外とすることで、データを活用する企業のデータ利用を促進する狙いがあります。 
 技術標準の策定に関しては、財務大臣が指定する技術標準化団体が主導することとされています。この技術標準化団体は、APIの仕様やデータ交換に関する技術要件を策定する役割を担っています。APIを用いた安全なデータ取得により、消費者の金融情報を安全に管理することが可能となります。技術標準化団体には、主にアメリカ・カナダで活動し、FDX APIによって金融業界を統一することを目的とした非営利団体である「FDX」が指定される見込みです(注6)。
 カナダのオープンバンキング制度は、消費者保護と技術的な標準化に重点を置くことで、消費者にとって利用しやすく、安全性が高いデータ共有環境の構築を目指しています。APIを国家標準として策定し、データのReciprocityや派生データの取り扱いについて明確な規定を設けることで、サービス提供者と消費者双方にとってメリットのある制度設計となっています。


ニュージーランド

 ニュージーランドにおけるオープンバンキングの法制度は現在審議中(注7)(注8)であり、「Customer and Product Data Bill(顧客および製品データ法案)(注9)」が2024年5月に議会に提出されました。この法案には更新系APIに関する規定も含まれており、消費者は支払い指示に関連するサービスも利用できる見込みです。
 ニュージーランドでは、標準化団体の政府による指定や認定は行いませんが、民間主導の取り組みを尊重するため、銀行業界の民間団体である「Payments NZ API Centre(注10)」が提案するAPI標準を採用することが検討されています。この標準化の方針により、柔軟なシステム構築が可能となり、市場のニーズに合わせた迅速な動きが期待できます。
 この法案では、データ提供事業者は「データ保有者(data holder)」として定義されています。データ保有者の第一段階としては、大規模な銀行(注11)が指定される予定で、次に小規模な銀行やその他の金融機関への適用が協議されています。これにより、段階的に枠組みが拡大される計画です。
 また、データを受け取る事業者は「認定要求者(accredited requestor)」と定義されており、大臣によって基準を満たした事業者が認定された上で、データへのアクセスが許可されます。この認定制度には、認定要求者が「金融サービス紛争解決制度」に参加する義務も含まれており、消費者が安心して金融データを共有できる環境が確保されます。
 更新系APIについては、まずはニュージーランド国内でのニュージーランドドルによる支払いに対して義務化される予定です。これにより、消費者が支払いをスムーズに行えるようになり、利便性が向上することが期待されます。また、自動支払い、口座引落、口座開設/解約などの機能も今後追加されることが想定されています。
 さらに、データへのアクセス料金についても議論が進められており、無料化する案や段階的な料金とする案など、複数の選択肢が検討されています。アクセス料金の設定は、銀行がシステムに投資するインセンティブを生み出す一方、認定要求者に対してはディスインセンティブとなり得る為、慎重な議論が必要です。この料金に関する議論は、海外では基本的なデータへのアクセスについては無償化とする場合が多いのですが、どのような結論になるか注視する必要があります。
 このように、ニュージーランドのオープンバンキング制度は、段階的な導入を行う点などでは隣接する豪州と類似する方式を採用していますが、更新系も対象に含めたり、標準化の具体的内容の策定は国家組織では無く民間組織に委ねるなど、アプローチについては異なる側面も見受けられます。
  


(Fintech研究所 研究員 川村弘希)



 (注1)参加対象機関の指定等を含む法令・規則類が追加で整備されると目されており、制度全体が完成している状態ではない。
(注2)Consumer-Driven Banking Actの原文
https://lois.justice.gc.ca/eng/acts/C-36.75/page-1.html
(注3)Application Programing Interfaceの略。ソフトウェア同士が情報をやり取りするためのインターフェースのこと。
(注4)Third Party Providerの略。データを受け取る事業者を指す。
(注5)諮問委員会報告書
https://www.canada.ca/en/department-finance/programs/consultations/2021/final-report-advisory-committee-open-banking.html#a5.6
(注6)FDXのカナダでの活動内容
https://www.financialdataexchange.org/FDX/FDX/About/FDX%20Canada%20FAQ.aspx
(注7)ニュージーランド議会の法案審議状況
https://bills.parliament.nz/v/6/770a5f4e-2185-4f1f-1395-08dc75512299?Tab=history
(注8)ニュージーランド法案のディスカッションペーパー
https://www.mbie.govt.nz/have-your-say/exploring-a-consumer-data-right-for-the-banking-sector
(注9)Customer and Product Data Billの原文https://www.legislation.govt.nz/bill/government/2024/0044/latest/LMS700098.html
(注10)Payments NZ API Centreの公式サイト
https://www.apicentre.paymentsnz.co.nz/
(注11)まずは、ANZ Bank New Zealand Limited・Bank of New Zealand・ASB Bank Limited・Westpac New Zealand Limitedの4行が対象。その後Kiwibank Limitedも対象となる。

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