見出し画像

着実に進化する各国のオープンバンキング制度

 銀行とFintech企業が協調できるエコシステム形成などを目的として、オープンバンキングの制度が2010年代後半から各国に導入され、一定の期間が経過しました。
 日本では2018年の改正銀行法の施行により、電子決済等代行業という新たな登録業種が設けられ、同業による銀行情報へのアクセスをつうじて、家計簿や会計等のサービスが提供されてきています(マネーフォワード社も電子決済等代行業の登録を行っています)。
 近年、海外でもオープンバンキング関連の動きの活発化が見られますので、それらを概観します。

オープンバンキングの基本的枠組み(筆者作成)


【EU】
 2018年頃から「PSD2*¹」と呼ばれる決済サービス関連の指令法令がEU域内で施行(国内法化)され、約6年が経過していますが、2022年5月からPSD2が当初の政策目的を遂行できているかについて、欧州委員会によるレビューが実施されています。
 レビューに対しては欧州銀行監督機構(EBA*²)が意見書を提出しており、オープンバンキングから「オープンファイナンス」への移行(投資や保険などより幅広い金融データをオープン化の対象とする)や、EU域内でも統一が取れていない「API*³」の標準化をEBAが支援するといった内容も記載されています。
 レビュー後の政策対応についてはまだ動きが見られませんが、「PSD3(PSD2へのレビューを受けた新たな法令)」 の案が2023年前半にも欧州委員会に提出されるという報道も見られるところです。

【英国】
 当初はEUの一員として「PSD2」の枠組み下でオープンバンキングを推進してきました。また、元より2000年のクルックシャンクレポート*⁴や2012年に問題化したLIBOR不正*⁵の中で大手銀行の寡占体制が批判されてきた中、競争政策としてのオープンバンキング促進も見られてきました。
 その制度体系は、2020年1月のEU離脱後は少し独自の進化を始めています。細かいところでは、90日ごとに銀行側で必要とされてきた利用者認証を不要とし、Fintech企業側での認証で代替・同意のもと無期限に延長できるようにするなど、ユーザビリティに配慮した小回りの利いた制度変更などが見られます。
 また、大きな枠組みでは「オープンバンキング実施機構(OBIE*⁶)」という、大手9行の出資で設立された非営利組織が当局の監督下でAPIの標準を策定するなど、官民連携が密に行なわれている状況が見られます。
 英国では電子決済等代行業者に相当する事業者(AISP・PISP*⁷)が順調に増加しており、APIの利用回数もOBIEが積極的に公表するなど、オープンバンキングが最も順調に進んでいる国の一つだと考えられます。

【米国】
 米国ではリーマンショック後に導入された金融規制法である「ドッド・フランク法*⁸」により、オープンバンキングの義務付けが行なわれており、歴史的にはEUよりも古くから枠組み自体は存在していました。しかし実態としては、制度執行に必要な規則類が整備されず事実上休眠状態にあり、政府による政策介入は最小限に留められ、銀行と新興事業者の関係を基に民間が主導する形でFintechビジネスが興隆していますする状況が続いていました。
 しかし、バイデン政権への移行後に制度検討の加速が指示され、金融関係で消費者保護を主眼とする「消費者金融保護局(CFPB*⁹)」が、オープンバンキング制度の導入に関する試案を2022年10月に公表しています。本試案に基づいて実際に制度が導入された場合には、米国のこれまでの政府のスタンスを大きく変えるものになると考えられます。
 試案の内容で特徴的なところは、クレジットカードの事業者をオープンバンキングの対象に含めようとしているところです。サービス利用者が自己の負債を適切に管理できるようにという、借入が盛んな国情が背景に見て取れます。
 また、小規模の金融機関は規制対象外となる方針も打ち出されており、各国制度のこれまでの状況をしっかりと観察した結果からか、民間側に負担をかけ過ぎない制度設計にしようという意思も感じられます。
 実際の制度導入は2024年を予定しています。

米国のオープンバンキング制度関連の経緯(各種資料より筆者作成)

【豪州】
 豪州ではデータポータビリティ*¹⁰の考え方を基にした「消費者データ権利(CDR*¹¹)」と呼ばれる枠組みの下で、オープンバンキングの政策が推進されてきています。これは欧州の一般データ保護規則(GDPR*¹²)を見本としています。当初は銀行のデータのみが対象でしたが、現在は電力セクターも対象に含まれており、規制産業におけるデータにアクセスする利用者の権利を強く捉えている傾向が見られます。また、政策導入も大手事業者から始めて、徐々に小規模事業者へ対象を拡大するなど、民間側の負担にも配慮しています。
 データ参照を政策の主眼とし、決済に関するオープンバンキングについては目立った政策は見られなかったところですが、2023年に入ってから、財務省が決済を高度化する方向性を打ち出しており、その中でCDRの制度を拡張して決済系を取込む案も提示されています。
 このようにオーストラリアでは、各国の良いところ取りをしながら、現実的に勧められている印象があります。

 オープンバンキングの制度は各国で着実に進化をして、エコシステム全体として最適な規制環境・事業環境を構築すべく、政策当局も民間も継続的に努力を続けています。日本でも各国の状況から学びつつ、日本の金融や事業環境に沿った形で、必要な制度改正と環境構築を持続的に行っていく必要があるのではないかと考えます。

【参考】各国のオープンバンキングの政策比較表(各種資料より筆者作成)


*1 Payment Service Directive(決済サービス指令)の略。EU域内の決済関連サービスの根拠法令であり、PSD1では基本的な関連サービスを整理、PSD2ではオープンバンキング促進等に向けて項目を追加。施行にはEU域内各国での「国内法化」が必要
*2 European Banking Authorityの略
*3 Application Programing Interfaceの略。ITサービスが他の外部のITサービスと連携する際に必要となる窓口機能
*4 英国の銀行業界の競争状況について財務省に提出された分析報告書
*5 基準金利の一つであるロンドン銀行間取引金利(LIBOR: London Interbank Offered Rate)を銀行が不正に操作していた問題
*6 Open Banking Implementation Entityの略
*7 Account Information Service Provider(口座情報サービス提供者)、Payment Initiation Service Provider(決済開始サービス提供者)の略
*8 Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act(ウォール街改革、および消費者保護に関する法律)の略称
*9 Consumer Financial Protection Bureauの略
 (研究所ブログ参考リンク)https://moneyforward.com/mf_blog/20160819/cfpb/
*10 企業に提供したデータを個人が管理し、自由に移転することができる仕組み
*11 Consumer Data Right(消費者データ権利)の略
*12 General Data Protection Regulationの略。個人情報とプライバシー保護の強化を目的とした法令


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?