MSCAフェローシップ申請書 Part B1 2. Impactを書こう

2. Impactでは、MSCA-IFが 研究者自身に/研究コミュニティに/社会一般に、それぞれどのような良い影響を与えるのか、あるいはどのように研究成果を還元していくのか、を述べます。ここでも重要なのは内容の具体性実現可能性です。いつものように2.1項から2.3項まで順を追って説明します:

2.1 Enhancing the future career prospects of the researcher after the fellowship

この項では、MSCA-IFの後に自分(申請する研究者)がどうなりたいのか、そうなるためにMSCA-IFの経験がどのように有効に働くのか、を述べます。あなたはMSCA-IFの2~3年後、どうなりたいですか?また、10年後、20年後にはどんな研究者(研究者とは限らないかもしれないけど)になっていたいですか? 私は申請書を書く前に考えに考えて、でもなかなか明確な答えを出せなかったのですが、申請書では以下のように書きました。

【MSCA-IF直後】Horizon2020のERC Starting Grant(*) に応募し、欧州でアカデミックポジションを得て独立した研究者となる

(*) 独立して間もない研究者のためのグラント。MSCA-IFが独立研究者になるためのトレーニングを兼ねたフェローシップであるのに対し、ERCはより成熟した研究者が対象となる

【長期展望】自分の研究分野で新しい研究を立ち上げ、国際的なリーダーとして活躍できる研究者になる。

そして、MSCA-IFを通して身につけるスキルによる自己成長、またMSCA-IFで研究成果を上げることによる自分の学術界でのポジション向上により、これらの目標に近づくことができると説明しました。

具体的な将来の姿を描くのはなかなか難しいと思います。描いた姿通りにならなきゃいけないわけではないので、自分の将来の選択肢の1つ、というくらいの気持ちで書いてみてはいかがでしょうか。申請書を読む人に「この研究者に出資する価値がある」と思わせられるような野心的な目標でありつつ、同時に「この研究者ならMSCA-IFの後にこうなれるだろう」と実現可能性を感じさせるような目標、つまり説得力のある目標を述べましょう。

MSCAは「EU圏外の研究者がEU圏内に移動(mobility)する」ためのフェローシップですから、mobilityがどのように自分のキャリア形成に影響するのかをきちんと述べる必要があります。なぜ欧州に来たいのか? MSCA-IFの後欧州に残って働きたいのか (それは何故)?  それともMSCA-IFの後は自国に帰るのか、他の地域へ行くのか (何のために?) ということを、()内の疑問に対する答えも含めて丁寧に説明しましょう。

私はさらにこの項で、ホスト機関がMSCA-IFを通してenhancement(強化)されること、さらにMSCA-IFの研究成果が最終的に社会へ与える影響(将来展望)についても述べました。これらは2.1項の範囲外のように思えますし実際EURAXESS Japanのコーディネーターも不要と言ったのですが、ホスト機関の研究者が「必要だから書くように」と譲らなかったので結局それに従いました。結果的に私の 2. Impact のスコアは満点だったので、書いて正解だったのかもしれません (関係無かったかもしれませんが)。とはいえ他の例がわからないので、これから申請する方は自分のドラフトをレビューしてくれる人の意見を聞いて判断して頂くのがよいと思います。

2.2 Quality of the proposed measures to exploit and disseminate the project results

2.1項が研究者自身へのimpactであったのに対し、2.2, 2.3項では研究成果の社会への還元について述べます。「何を、誰に対して、どのような方法で還元するのか」を具体的に述べましょう。また、2.1項と同じく、野心的でありつつ実現可能な内容にしましょう。欲張って「あれもやる、これもやる」と書いても、審査員に「本当に2年間で出来るのか?」と疑問を持たれてしまいます(特に研究者のCVに書かれている実績とかけ離れた内容の場合は)。

皆さんは dissemination, exploitation, communication がそれぞれどのような行為を指すか、ご存じでしょうか。私はドラフトを書いた時点ではよく分かっていませんでした。だいたい下記のような位置づけのようです:

[dissemination] 学会・論文発表などにより研究成果を公表し、広めること。

[exploitation] 研究成果を市場や商業化につなげること。新製品開発 (商品化)、特許の獲得など。

[communication] 研究成果や研究内容等を世間一般に広く知らしめること。いわゆるアウトリーチ活動。

このうちdisseminationとexploiationが2.2項、communicationが2.3項になります。これらの項、特に2.2項は、ホスト機関がどのように研究成果の公表や知的財産権の保護を戦略的に行うのかを十分に説明する必要があるので、ホスト機関と協力して書き上げましょう。

2.2項は、分かりやすくするためにdisseminationとexploitationの項目に分けて書きます。dissemination は学会発表や論文発表、学内外(社内外)セミナーなどが想定されますが、「誰をターゲットに」「いつ」「何の成果を」「どのような方法で」行うのか、明確に書きましょう。例えば、「Scientific xxx(研究分野名) community をターゲットに、WP1を終える月(後ほどガントチャート上に示す)に、WP1で行う***実験の結果を、International xxx Conferenceで発表する」「ホスト機関の研究者や学生を対象に、年に2回、学内のセミナーで研究成果を発表する」という感じです。disseminationの手段として十分効果的であることを示すために、発表する学会や雑誌が適切と分かるような情報 (雑誌なら impact factorやその分野での位置付けなど) を添えましょう。

雑誌等への公表の際は、Open Accessにするかどうかというのも重要なポイントです。社会に広く知らしめるという観点では Open Access にするのが望ましいですが、高額な投稿料がMSCA-IFの研究費を圧迫する恐れもあり、成果をすべてOpen Access で投稿するのは非現実的な場合もあります。Open Accessについてホスト機関がどのようなポリシーや戦略を持っているのか問い合わせたうえで、どのように扱うのかを述べましょう。

Exploitationでは、研究成果のどの部分がどのように市場や商業化に結び付けられるかを説明します。製品開発につながるとか、得られた知見や技術を特許化できるとか、そういうものがあれば説明しましょう。その際に、研究に関わる機関がそれぞれ研究で得た知的財産(Intellectual property right) をどのように扱うのか、詳細に説明しましょう。ホスト機関やパートナー機関には恐らくIPRを専門に扱う部署があるはずなので、それらの部署の支援を受けて適切にIPRを取り扱うことをアピールすると良いと思います。学術要素の強い研究の場合なかなかExploitationの項を書くのが難しいと思いますが、この項(特にIPRの取扱)は他の項に比べ記述が不十分になりがちで減点対象になりやすい気がしますので、気を付けて下さい。どうしても商業化に結び付く要素が無い場合は、その旨を明記した方が良いと思います。何も書かないと「必要なことが書かれていない」と判断され減点対象になってしまいます。

2.3 Quality of the proposed measures to communicate the project activities to different target audiences

この項ではcommunicationの具体的な方法として、誰をターゲットに何をいつ(どのくらいの頻度で)行うのかを述べます。Guide for Applicantsにも具体的にpress article やEuropean Researchers' Night(*)など挙げられていますので、それらを参考に2年間に行うアウトリーチ活動を書き出しましょう。項の冒頭で自分のプロジェクトやフェローシップにおけるcommunicationの目的を簡潔に述べたあとは、communication の方法ごとに小項目に分けて簡単に記述するのがお勧めです。

(*) EUからの資金協力を得て、EUとその関連国内の機関が開催する、一般向けの科学イベント。

私の申請書から小項目の一例を挙げます:

[Website] 研究室のホームページ内に本プロジェクトの専用ページを作り、研究成果や関連する分野のニュースなどを紹介します。ページはフェローシップ開始後2か月以内に立ち上げ、フェローシップ期間中2-3か月ごとに更新します。インジケータ(*): 訪問者数、検索ワード。ターゲット: 専門家、一般市民、科学愛好家。

(*) communicationの状態や効果を知る指標。Guide for Applicantsにはインジケータを示せという指示はありませんでしたが、私はホスト機関研究者の勧めでインジケータについても言及しました。

私の申請書では、website の他にもプレスリリース、ビデオ(YouTubeチャンネル)、European Researchers' Night、大学のオープンキャンパスなどを挙げ、上記と同じようにそれぞれについて内容、時期(頻度), インジケータ、ターゲットを述べています。

しつこいようですが、ここでも 十分野心的(効果的)かつ実現可能性の高い具体的なアウトリーチ活動計画が重要です。どれか1つ欠けてもダメです。このポイントさえ押さえていれば完璧に書くことができる箇所で、ここで減点されるのは非常にもったいないので、きちんと書きましょう。


もう8月に入ってしまいました、今年度申請予定の皆さんはドラフト執筆も佳境に入ってらっしゃるでしょうか。次回は 3. Implementation についてお話します。


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