『服が爆散する病』第三話
美里との図書室での秘密の逢瀬(?)の翌日。
蓮はとあるショッピングモールへと来ていた。
理由は至極シンプルで、転校生ともっと仲良くなりたい、だから三人で買い物に行こうと麗奈に誘われたからだった。
昨日、図書室で下半身の制服が爆散したばかりの彼。
本来であれば、土日をかけて今後どうするかを思案する予定だった。
しかしだからと言って、麗奈の誘いを断れば、美里をまた不安にさせてしまうかもしれない。
そう考えた彼は、二日連続の徹夜によって、なんとか一つの解決策を導き出しことに成功していた。
「お、早いね、蓮」
「おはよう」
モール内の待ち合わせのベンチに座っていた蓮にかかる二つの声。
それは麗奈と美里のものであった。
「大切な友人を待たせるわけにはいかないからな」
言って、蓮は振り返る。
「ぶはっ! ちょ、蓮、どしたの?」
振り返った蓮を見て、麗奈は吹き出してしまった。
「何かおかしいか?」
「いや、おかしいって言うか、なんというか……。なんで、サングラスしてるの? 初めて見たんだけど」
そう、蓮が二徹の中、導き出した答えはサングラスをするというものであった。
外出の際に紫外線を気にしてサングラスをする。
今の時代、それは特段、おかしなことではない。
加えて、彼にしてみればそこに、自身の視線やピントの云々は周囲から悟られることはなくなるという効果もある。
本来の理由を隠しつつ、紫外線対策にもなる。
まさに一石二鳥。
非常に理にかなった方法である。
だが、もちろんこれは今回だけの急場しのぎであることも蓮は理解している。
休日の外出であるからこそ、サングラスをつけていってもそこまで違和感はない。
けれど、このお出かけが終わってしまえば、来る月曜までに別の案を用意しなければいけない。
(割といい線だと思ったけど、麗奈、爆笑しているな)
(やっぱり急にサングラスするのは変だったかな)
(いや、でもここで麗奈に流されてしまっては意味がない)
蓮は麗奈の笑いを払いのけるように咳ばらいをし、話を続ける。
「近年は紫外線に関する研究も進んでいることは麗奈も知っているだろう?」
「んん? まー良くはないってことは知ってるけど」
「そうだ。今の時代、若い頃からの紫外線ケアが重要だとされている。肌に関しては既に周知の事実ではあるが、目についてはまだそこまで広まってはいない」
「あ、私、この前ニュースで見たよ」
美里が思い出した、という感じでハッとする。
「たしか警察官の人も、パトカーに乗る時は紫外線対策でサングラスつけることになったんだよね?」
「その通り。まだ一部の地域でしかないが、警察官もサングラスを着用するようになった。つまり、今世の中的には目の保護というのもトレンドの一つだと言っても過言ではない」
美里の合いの手が嬉しかったのか、蓮は思わず笑みを零す。
「ふーん、そうなんだ。でもここ屋内……」
すっと、蓮は頭上を指さした。
見上げると、そこは太陽光を多く取り込むためにガラス張りの天井となっていた。
「屋内でもこうやって太陽光が入ってきていれば、そこには紫外線も存在している。対策を講じる理由になる」
「どう思う? 美里ちゃん」
話しを振られた美里はおずおずと言葉を発っする。
そこには昨日、蓮を問い詰めたときの勢いはなかった。
「う、うん、似合ってると思うし、理由もちゃんとあって、素敵だなって思うよ?」
「そ、そうか。ありがと、美里」
蓮は昨日の下半身制服爆散を思い出し、思わず声が詰まる。
それにもしかしたら、美里は昨日のことで自分がサングラスをしているんじゃないかと勘繰るかと思っていた蓮だが、今のところ、そのような感じもない。
蓮はホッと胸を撫でおろす。
「それに、二人の分も早くに来て買っておいたんだ」
(鉢合わせの危険性を加味して、家からつけてきたけど、本当にこれはよかったからな)
(ぜひ二人にも目の保護の重要性を身をもって理解してもらおう)
蓮はウッキウキでサングラスを二人に手渡しする。
「えー、私たちもするの?」
「そそそそ、そんな。私なんて似合わないよ」
蓮は不思議そうに首を傾げる。
「そうか? きちんと美里に似合うものを選んだつもりだぞ。サングラスも今は形状が多種多様だからな。顔の形や肌の色、用途に合わせて好みのものを選ぶことができる。あ、もちろん、俺の価値観で選んだから、もしかしたら美里の価値観にはそぐわないかもしれないが」
美里は少し逡巡したのち、サングラスを受け取った。
「蓮君がそこまで言うのなら」
そして、美里は照れくさそうにハニカミながらサングラスを付けた。
「おお、似合ってるじゃないか。な、麗奈」
「うん、確かに似合ってる。さすが蓮だね」
蓮と麗奈は力強く頷く。
「よし、じゃあ、私もつけてあげようかな」
麗奈はニカっと笑ってサングラスを受け取り、自身も装着する。
「うん、麗奈も似合っているじゃないか」
「もう、蓮は変に真面目だよね。まあ、そんなところもいいんだけどさ」
麗奈は蓮のわき腹をツンツンとつつく。
「ちょ、やめてって」
「まったく。それじゃあ、今度から三人で遊ぶときはこのサングラスしよう。友情の証ってことで」
麗奈の提案に、嬉しそうに頷く美里と蓮。
「さすが、幼馴染。俺に対する理解があって助かる」
「全くだよ。ほら、じゃあ行くよ」
サングラスを装着した三人はそのまま買い物すべく、モール内を歩き始めた。
その後、三人は気の向くままにいろいろな店を見て回った。
そして、気が付けば昼食時。
蓮はあらかじめ目星をつけておいたイタリアンに向かおうと、後ろを歩いていた二人に話し掛けようとした。
しかし振り向いた先に二人はおらず。
少しだけ道を戻ると、そこに二人がいた。
けれど、二人だけでなく、男二人もセットだった。
「なんで屋内でサングラスしてんの?」
「ちょ、外しなよぉ。せっかくの可愛い顔が台無しじゃん」
「ちょっと! これは友達にもらった大事なものなの。触らないで」
「そ、そうです。やめてください」
(ナンパか。まったく)
蓮はすぐに二人の元に駆けつける。
「二人とも、俺の友人なんでそういう絡み方するのやめてもらっていいですか? 怖がってますし」
蓮は相手を刺激しないよう、物腰柔らかに話し掛ける。
「んだてめえ!」
しかし、ナンパな男二人にはそんな蓮の気遣いなど届くわけもなく、一瞬で沸点である。
ナンパな男のうち一人が蓮に殴りかかる。
蓮は空手、剣道、柔道などありとあらゆる武術も会得しているため、避けることは造作もなかった。
相手にこちらの力量を悟らせようと、あえてギリギリで躱す蓮。
「んだよ! この! この! くそっ! 全然当たんねえ!」
苛立ちを募らせるナンパな男。
(このまま相手の体力切れを狙おう)
そう考えていた蓮であったが、相手の闇雲なパンチを避けたときにサングラスを弾かれてしまう。
ギリギリで避けていたがゆえに、普段身に着けることのないサングラスの分だけ目測を誤ってしまったのだ。
そして、不幸だったのはその外れたタイミングであった。
美里が相手を挟んで正面に来る位置。
そこで外れてしまったのだ。
しかも、美里はサングラスを外していた。
大事な友人からもらったサングラスを奪われないように、先ほど
いじらしい。
しかしそのいじらしさゆえに、蓮は美里とばっちり目が合ってしまったのだ。
瞬間、流れ込むエロス。
戦いの最中など関係ない。
彼にとって、エロスはTPOをわきまえないがゆえに恐ろしい存在なのだ。
(ま、まずい!)
そしてもちろん弾ける衣服。
しかし、不幸中の幸いか、今回は下半身ではなく、上半身が爆散した。
露わになる、彼の鍛え上げられた肉体美。
そんな蓮の状況にざわつく周囲。
麗奈も美里も戸惑うような視線を向ける。
「え? 俺にこんな力が?」
ナンパな男は、蓮の服の爆散が自身の拳によるものだと判断しているようで、突然の潜在能力覚醒可能性に戸惑っていた。
戸惑う男を尻目に蓮は「逃げるぞ」と声を潜めながら、蓮は麗奈と美里をの手を引いた。
そして、そのままモールの隅にあるエレベーター前へとたどり着いた。
「蓮、ありがと、助かったよ」
「うん! ほんとにありがとね」
「いや、二人に怪我がなくてなによりだよ」
蓮は大切な友人の無事に何よりも安心する。
気が付けば、蓮も上半身に服を着ていた。
常備服である。
「ホッとしたらお腹空いてきたな。とりあえず、三階にあるレストランに行こう。おいしいイタリアンの店が入ったらしいんだ」
タイミング良く開いたエレベーター。
乗る際、蓮はエレベーターのドアの端にサングラスをぶつけてしまった。
ギリギリで躱す癖がなぜかここでも生きてしまい、ドアギリギリで入ったものの、普段身に着けることのないサングラスの分だけ目測を誤ってしまったのだ。
癖って怖い。
そしてそのまま、ドアが閉まり破壊されるサングラス。
しかも、それを咄嗟に拾おうとしてくれた美里のサングラスもバッグから落下し、そのまま運命を共に。
「おん」
無情にもエレベーターは動き出してしまった。
と思った終秒後、今度は停止する。
『エレベーター内に異常発生。緊急停止します』
「え? 噓でしょ?」
「そんな……」
一難去って、また一難。
モール内のエレベーター内。
サングラスという障壁を失った蓮はノーサングラス美里、そしてイエスサングラス麗奈と共に閉じ込めれてしまったのだ。
蓮、本日二度目、今週通算三度目の爆散の危機。
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