パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ハヅキ
「ねえねえ、見てこれ、ひどくない?」
姉・巴月が悲しそうにピサの斜塔と同じ角度で斜頭していた。
「みてこのアイパッドの絵。わたし描いたバイキンマン。めっちゃ自信あったんに」
アイパッドで絵を描くと、コンピューターが自動的に題名をつけてくれる機能があるらしい。
彼女は自分の描いたバイキンマンにつけられた題名がいたく不満らしく、その題を私に見せてきた。
それも、
愚。
あるとき、2人で地元でのお祭りに行った。警報が出るくらい風の強い日で、どこかの家から剥がれたトタンがわたしの頭上に飛んできたことがあった。
目前に迫るトタン。
あ、まずい、ぶつかる・・・しゃがむべきか?逃げるべきか?
と思考をぐるぐるさせるわたしに
「目を閉じずに、その場を動くな!」
と巴月が叫んだ。
トタンはわたしのすぐ横にガシャンと音を立てて落ち、彼女の指示に従ったおかげでわたしはかすり傷ひとつなかった。
巴月はその場を見て瞬時に物事を理解し判断するのが得意だ。一方、判断の遅いわたしは常に思考回路がショート寸前。
そんな、トロいわたしでも巴月の描いた絵にバイキンマン要素がまるで無いことは瞬時に理解できた。
要するに、似ても似つかないし、言うなれば、全く似ていない。
うんこ味のカレーとカレー味のうんこくらい、ヒッピーとホッピーくらい、似ても似ついていないのだ。
巴月は大学で芸術系の勉強をしていただけあって味のある絵を描く。
ある時は飛んでナンボのカラスから翼を奪い、足を三本与えた。左右均等に物を見るはずの目が顔の上と下にそれぞれえがかれたのは、飛べないカラスに空への視野をひろげてあげたいと言う彼女なりの優しさなのだろうか。
そんな配慮はいらんので、翼を返してあげてほしい。
そして、巴月の絵もなにかの役に立てないかと、LINEスタンプにしたことがある。
購入してくださった方からは
「相手に送ると、大体これなんの絵なの?って聞かれますが、わたしもわからないよーって答えてます」
との感想をいただいた。
芸術を勉強していた人間が真剣に描いた絵なのに、誰にもなにかもわからない。
名実ともにノーバティノウズ。
そんな絵を描かせるために両親は必死に働いて巴月を大学に通わせたのか。
親の愛情とは、山よりも高く、海よりも深い。
「あんたね、オカンとオトンに感謝しられよ。あんたにお金いっぱい使ったから二人の老後のお金ないかもしれんやん」
と巴月に言うと、
「それ言われたらほんまにぐうの音もでんわ、ぐう。」
得意の判断力で己の立場の弱さを瞬時に理解した彼女は、自ら張ったぐうの伏線をちゃっかり回収し、さっさと逃げていった。
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